閑話 手料理はお好きですか? 1
夏休み最終日、赤石は地元の大型ショッピングモールに、買い物に来ていた。
「……」
無言で買い物かごに食材を詰めていく。
「え」
「?」
赤石の右隣で、女の声がした。
赤石が顔を向けると、そこには八谷がいた。
「よお」
「あ、うん……久しぶり」
八谷は赤石に歩み寄り、左の腕にかけていた買い物かごを右にかけた。
「何してるのよ、あんたこんなところで」
「スーパーにいるのに買い物以外ないだろ」
「そういう意味じゃないわよ。なんであんたがスーパーに来てるかって意味よ」
「? どういうことだ? 普通誰でもスーパーくらい来るだろ」
赤石は小首をかしげる。
「お母さんにご飯作ってもらうんじゃないの、普通?」
「ああ」
合点する。
「今日は両親が夜遅くまでいないから自分で料理を作る。夏休み最終日だし、ちょうどいいかと思った」
「へ、へえ~……」
両親が不在にしている。八谷は少し、どぎまぎとする。
「ま、まああんたの料理の実力じゃあ、別に大したもの作れないわよね!」
「まあ平々凡々なものが出来上がるだけだ。対して食い物に興味もないからな」
「あ、そ……」
「……」
「……」
思っていた返事と違う返答が来たことに、八谷は少々焦る。
「で、でもどうせそんなこと言ってまずいんでしょ?」
「人によるだろうな」
「~~~~~」
要領を得ない返答に、八谷は眉を顰める。
どのタイミングで赤石の料理を食べる方向性に持っていくか、どのような話の流れで赤石の家に入れるか、八谷は悩んでいた。
「あ」
「え?」
「ん」
八谷を挟んだ先に、上麦がいた。
赤石と八谷に気付いた上麦も、喉を鳴らすことで返事する。
「見ないで」
「なんでだよ」
上麦は赤石たちに近づいてきた。
「赤石と八谷さん、ここで何してる?」
「買い物」
「私も買い物よ」
上麦が八谷と赤石のカゴの中身を覗いた。
「なんでカゴ二つ? 一つで良い」
「なんで俺がこいつの分までおごらないといけないんだよ」
「違う?」
上麦は人差し指をおとがいに当て、斜め上を見る。
「カップルだと思った」
「ち、違うわよ!」
真っ先に反応したのは、八谷だった。
「ね、ねえ赤石!」
「さっきたまたま出会った。でかいスーパーに行くと知り合いと会う確率がかなり高くなる」
「確かに白波もそう」
赤石は自分の籠と八谷のカゴの中身を見比べた。
八谷のカゴの中にはカレールーと、その他ピーマンやタケノコなど、カレーを作ろとは思えない食材。対して赤石のカゴの中にはカレーの具材のみが入っていた。
なるほど、と得心する。
「白波ご飯食べたいからご飯買いに来た。赤石、前はありがとう」
「ああ」
「……」
赤石と上麦は無言で食材を手に取った。
「え、前って何? え?」
取り残された八谷は赤石と上麦を見る。
「赤石、高梨によくしてくれた。白波も一応お礼言う」
「あ」
八谷は顔を真っ赤に染めた。
「あのあと、あんた高梨さんと二人で何してたのよ……?」
「礼を言われた。今後どうなっていくかはあいつ次第だ」
「高梨の味方でいた赤石えらい。悪いやつだと思ってた」
「俺はいつでも善人だよ」
赤石は苦笑する。
「赤石、高梨と仲良いから信用する。でも悪人かもしれない」
「なんでだよ」
「赤石……」
八谷と上麦の視線に、赤石は顔をそらす。
「顔逸らした。悪人がやること」
「じゃあずっと見てろって言うのかよ」
「そう」
赤石は上麦を見た。
上麦も赤石を見る。
「……」
「……」
「……」
無言の時間が続いた。
「あ、試食コーナー」
「え!?」
上麦が振り向いた。
「お前が悪人だな」
「やっぱりやり口汚い」
口元を拭い、上麦は赤石を見た。
「ね、ねえ赤石あんた何買うのよ」
八谷が会話に入ってくる。
「食料」
「何作るのよ」
「シチューとハンバーグ。お前もまたまずい料理作ろうとしてるのか?」
赤石は八谷を半眼で見る。
「何よ、まずい料理って! 私だって日々成長してるのよ!」
「赤石の料理美味しい。ほっぺた落ちそう」
「なんで知ってるのよ上麦ちゃん?」
「白波に料理作ってくれた」
上麦は両手で自分の顔を挟んだ。
「高梨の家でだな。果物剥いただけだろ。あれは料理じゃない」
「果物剥けるのすごい。白波出来ない」
「家庭科の調理実習どうやって切り抜けたんだよ」
「あかねと三葉が全部やってくれた」
「ダメ人間だな」
「赤石ほどじゃない」
赤石たちはスーパーを回りながら、必要なものを買っていく。八谷だけがカゴの中身を増やすことが出来ずにいた。
「ね、ねえ赤石、あんたまた私に料理教えなさいよ」
「日々成長してるんじゃなかったのか」
「人に教わるのと自分で成長していくのとじゃ成長スピードが違うじゃない!」
「今日も作るつもりなのか? そのカゴの中身で何を作るつもりなんだよ」
「え?」
八谷は自分のカゴの中身を見た。
「カレーロース」
「聞いたことがない」
「クリスマス? サンタクロース?」
上麦が八谷の顔を覗き込む。
「違うわよ。青椒肉絲にカレーをかけて美味しくするの」
「小学生みたいな発想止めろ。美味しいものに美味しいものをかけても美味しくなるとは限らない。頭を使え」
「な、何よ!」
八谷が赤石の肩を叩く。
「あ、そ、そうよ上麦ちゃん!」
「八谷さん何」
「今日赤石の家両親いないのよ!」
八谷は人差し指をピンと立て、上麦を見た。
「変態!」
小さな身長から赤石を見上げ、上麦は言った。
「おい止めろ、俺が狙ったみたいになってるだろ」
赤石は苦い顔で八谷を見る。
「赤石が、今日親いないから家来いよって!」
「言ってねぇ」
「変態!」
「夜も遅いし泊まって行けよ、って!」
「言ってねぇし、親は夜には帰ってくる」
「変態!」
「新学期だしいいだろ、って!」
「変態!」
「おかしいだろ」
上麦が赤石を指さした。
「八谷さんこんな男の家駄目。大変なことになる」
「来なくていいよ」
「え、えっと~~~~~」
八谷が言葉を探す。
「じょ、冗談よ!」
「どこから?」
「赤石のご両親がいないのは私が訊いたから分かったのよ」
「なんでそんなこと聞いた?」
上麦は純真な目で八谷を見る。
「え、えっと話の流れで……」
「どんな流れ? そんなことなる?」
「え……あんまり覚えてないわ……」
八谷は閉口した。
「話の流れだよ。俺がスーパーで買い物してるのが八谷にとっては不思議だったらしい。だから作ってくれる人がいないことを教えた」
「なるほど。確かに赤石とスーパー似合わない。買い物カゴ持ってるの変」
「そうか」
赤石にレジの番が回る。
「そ、そこで今日赤石が自分で料理作るらしいのよ! だ、だから上麦ちゃん、今から赤石の家にでも行って茶化さない?」
「赤石の家?」
赤石は現金を出した。
残された八谷は上麦に問いかける。
「赤石が今日料理作ってくれる?」
「そ、そうよ! 上麦ちゃん料理作るの面倒くさいでしょ?」
「でも白波自分で料理作りたい……」
「そ、それに赤石の家気になるでしょ!?」
「ん~~~~~…………」
上麦は悩む。
「ほら、私一人だったら赤石に何されるか分からないけど、上麦ちゃんがいたら私も安心なのよ!」
「確かに、八谷さんが一人で行くと心配。赤石が何するか分からない」
「だ、だから二人で行かない?」
「分かった。赤石の家、白波も行く」
「じゃ、じゃあ赤石に伝えましょ!」
八谷と上麦はレジに入った。
「赤石、私と上麦ちゃんが今からあんたの家行くけどいいわよね?」
「はあ?」
赤石は顔をしかめた。
「なんでだよ。今十七時だし、明日学校だろ? どう考えても今じゃないだろ」
「今行きたいと思ったら今行くのが正解なのよ! そうでしょ、上麦ちゃん」
「ん~~~」
上麦は購入したラムネを舐め、満足そうににまにまとしていた。
「それにそれだけ言うなら、あんたの料理テクニックも私が見てあげるわよ!」
「別に何も言ってないだろ」
はあ、と赤石はため息を吐いた。
「じゃあ早く帰れよ」
「わ、分かってるわよ! 行きましょ、上麦ちゃん!」
「ん~~」
赤石は八谷と上麦を連れ、帰路に就いた。




