閑話 手料理はお好きですか? 2
「やっと着いた……」
上麦は後半、半ば八谷に手を引かれながら赤石の家へとたどり着いた。
「帰りたい……」
上麦は、いの一番に赤石の家に入り、置いてあった椅子にどさり、と座り込んだ。
「よく分かるよ」
赤石は、買ってきた食材を冷蔵庫に入れながら言う。
「赤石、何作るのよ!」
八谷が腕まくりしながら赤石に近づいた。
「お前がカレーって言ってたからな。カレーを作る」
「カレーね!」
八谷は袋の中から野菜を取り出した。
「ピーマンいるわね!」
「まだカレーロース作ろうとしてるのか。普通のカレーだ」
赤石は野菜の皮を剥きだした。
上麦は椅子に座ったまま近くのリモコンを取り、勝手にテレビを見始めた。
「私は何すればいいのよ!」
「のんびりしててくれ」
「それじゃあ私の料理スキル育たないじゃないの!」
「育てに来てたのか……?」
赤石は眉を八の字にする。
「じゃあ野菜むいてくれ」
「分かったわ!」
赤石は八谷と分担して料理を始めた。
「出来たわ!」
「ああ」
野菜の準備が出来た赤石と八谷は、具材を煮込み始めた。
「じゃあカレールーを入れる」
「二つね!」
「ああ」
「あと、コーヒー牛乳を……」
「え!?」
八谷は口をあんぐりと開けた。
赤石は関係なく、コーヒー牛乳をカレーに入れた。
「ちょっと! 何してるのよ! 馬鹿よあんた! なんでそんなことしてるのよ! 全然料理のこと分かってないじゃない!」
「カレーは味が濃いからこれくらいなら隠し味になるんだよ」
「そんなわけないじゃない!」
八谷は困った顔で慌てる。
「じゃあチョコレートも入れておくか……」
「止め! 止めなさいよ!」
八谷が赤石の手元からチョコレートを奪おうとしたが、
「あーーーーーーーーーーーー!」
チョコはカレーの中に入った。
「赤石、八谷さん、うるさい! テレビ聞こえない!」
「なんで怒られてんだよ」
「あぁ~あ……」
八谷は諦めたように、カレーを見た。
「あんたがこんなに料理音痴だとは思わなかったわ」
「そっくりそのまま返してやるよ、その言葉」
「あんた、料理はレシピ通りにって言っておきながら、全然レシピ通りじゃないじゃない」
「一般に敷衍してる隠し味なら問題ないんだよ」
暫くの間カレーを煮込み、出来上がる。
「出来たぞ、上麦」
「カレーだ!」
上麦はテレビを消し、勢いよく食卓へと向かった。
「カレー食べる!」
「はしゃぐなよ、飛び散るぞ」
身の丈に合わない大きな服を着た上麦に、赤石は注意を向ける。
「カレー! カレー!」
上麦は自分の更に盛られるカレーを、スプーンを持ったまま体を揺らし、待っていた。
「カレー好きなのか?」
「食べ物が好き!」
思えば上麦は色んな所で色んなものを口にしていた気がするな、と赤石は記憶をめぐらせる。そして上麦の上背を見た。
「何見てる! 食べてるのに大きくならないの不思議がった! 駄目!」
「そうか」
赤石は上麦から視線を外した。
「上麦さん、注意した方が良いわよ。赤石、カレーにコーヒー牛乳とか入れてたわよ」
「まあ牛乳でもよかったけどな」
「絶対まずいわよ」
「?」
上麦は小首をかしげる。
「なんで? カレーにコーヒー牛乳、よく聞く。まずくないと思う」
「え?」
「……」
赤石はふ、と鼻で笑う。
「な、なによ!」
「食べたら分かる」
上麦はカレーを口いっぱいに頬張った。
「美味しい! 普通の味!」
「普通が一番だよ」
赤石もカレーを食べ始めた。
「嘘よ……」
八谷もまた、カレーを食べ始めた。
「…………」
無言で咀嚼を繰り返す。
「お味は?」
「普通に美味しいわ」
「そうか」
赤石は食べ進めた。
「まあカレーは誰が作っても簡単に出来るし上手いからな。よっぽど無茶なことしない限り」
「まだまだ料理道は遠いわね……」
「遠ざけてんだよ」
「普通が一番!」
三人はカレーを頬張った。
「赤石、おかわり!」
「ああ」
赤石は上麦から皿をあずかり、盛った。
「まずくなかったら全部おいしい!」
「良い舌してるな。料理はレシピ通りにやれば、普通は失敗しないし、普通に美味いものが出来上がる。この世の摂理だよ」
「白波、包丁持てない」
「まあ適材適所だ」
八谷は悔しそうな顔をしながら、カレーを食べた。
三合のご飯が、消えた。
「赤石、ご飯美味しかった! ありがとう!」
上麦は背伸びをした。
「ああ」
「来てよかった! これからも料理をどんどん作って欲しい! 作るのは嫌いだけど食べるのは好き!」
「また気が向いたらな」
「満腹!」
上麦はお腹をさする。
「じゃあ帰ると良い」
短針は八の字に届こうとしていた。
「そうね。上麦さん、駅?」
「白波、駅! 八谷さんは?」
「私も駅から近いから駅まで行くわ」
「じゃあ俺も行くよ」
赤石は自転車を取り出した。
「い、良いわよ、悪いし!」
「悪いというなら、もうここまで来た時点で相当悪い」
「そ、それはそうだけど……」
八谷はもじもじとする。
「乗った! 赤石進め!」
上麦は赤石の自転車の籠に荷物を置き、荷台に乗った。
「おい止めろ、二人乗りは道路交通法違反だぞ」
「窮屈な世の中なった」
「全くだよ」
上麦は降りた。
「でも白波足疲れた。白波こぐ」
「いいぞ」
赤石は上麦を自転車に乗せた。
「…………」
赤石は自転車のハンドルを持つ。
上麦の脚は、地面までまだまだ距離があった。
「ぴったりだな」
「どこが! サドル高い! 馬鹿にした!」
「サドルが高い方が早く簡単にこげていいんだよ」
「赤石馬鹿! 下げて!」
赤石はサドルを下げた。上麦は満足そうに、走り出した。
「あ、赤石」
「なんだ」
「悪かったわね、突然押しかけて」
「全くだ。明日から学校だぞ」
「夏休み、終わるわね」
「そうだな」
「楽しかったわね」
「まあ休みは例外なく楽しい」
八谷と赤石は二人で歩き、その前を上麦が自転車でこぐ。
「夏祭りとかプールとか、今年の夏は色んな所に行ったな。多分来年はこうはいかない」
「私もどっちも行ったわ……」
行きはしたが、赤石と帯同していたわけではなかった。
「明日からは毎日会えるわね」
「そうだな」
「修学旅行楽しみね」
「微妙だ」
「なんでよ!」
八谷は赤石の肩を叩く。
「また料理とか勉強とか教えなさいよ」
「暇ならな」
「……」
「……」
「赤石、私たち仲良くなったわよね」
「気持ちの悪いことを言うな」
赤石は八谷から一歩距離を取る。
「何よ、それ! おかしいじゃない!」
「お前らしくもない」
「私らしいって何よ」
八谷はぷい、とそっぽを向く。
「……」
「……」
「赤石」
「なんだ」
「赤石と聡助ってなんで上手くいかないのかしら」
「……」
八谷は、赤石に櫻井と仲良くなって欲しい。
仲良く幸せに暮らせればいいが、そうはいかない。そううまくいくわけには、いかなかった。
「性格が違うんだろ」
「……」
「……」
「どこのあたりがそう思うのよ。あ! そうよ、私がそれとなく聡助にそう言って、赤石が嫌だって思うところ改善してもらったり――」
「余計な気を回すな。一度嫌いになった人間を好きになるのは、難しい」
そして櫻井が赤石のために何かをする人間ではないことは、赤石自身よく分かっていた。
「……」
「……」
八谷は黙り込み、地面を見た。
「じゃあ特にどこが嫌なのか教えてよ」
「そうだな……」
赤石は八谷を見た。
お前みたいなのが櫻井を好きであること、そういうところが、一番嫌いだよ。
そうは、言えなかった。
「まあ色々だな。お前と高梨が上手くいかないのと一緒だ」
「私は高梨さんとだけじゃないわよ……」
八谷は最近、どんな人間とも上手くいっていない。
そんな気がしていた。
「いつからお前はそんなに落ち込むキャラクターになったんだよ。明るく明朗快活にいけよ」
「赤石はそっちの方が良い?」
八谷が赤石の目を見る。
「さあな」
「ねえ」
「俺は何でもいいよ」
「何がいいのよ、あんたからして」
「……」
詰めてくるな、と思った。
「好みを共に出来ること、かもしれないな。分からない」
「好みを共に出来ること……」
八谷はぶつぶつと呟く。
赤石は八谷に対して、負い目を感じている。
「赤石が考えてることって、よく分からないわよね」
「そうか?」
「そうよ。もっと私に、あんた自身のことを教えなさいよ」
「全て開示してるつもりだ」
「あんた、なに考えてるのか何もわからないのよ。好きなもの、好きなこと、嫌いなもの、嫌いなこと、教えなさいよ」
「突然言われても困る」
赤石は返答に窮した。
「ちょっとそこ、遅い! 白波の自転車の方がもっと速い!」
「てめぇ、自転車返せ」
「変態! 来ないで!」
赤石は上麦を追いかけ、上麦は走って逃げた。
「危ないから速度を落とせ!」
「じゃあ走る駄目!」
赤石は歩いた。
上麦も速度を落とした。
そうこうしているうちに、三人は駅に着いた。
「じゃあ白波ここでお別れ。駅着いてからお母さんに来てもらう」
「悪かったな、いろいろ」
「ううん。白波美味しかった。お母さんに報告する」
「報告ってなんだよ。なんで俺が悪いことした、みたいなニュアンスになってんだよ」
にひひ、と上麦は笑った。
そして赤石と八谷は上麦を送り出す。
「じゃあお前の家行くぞ」
「悪いわね……」
「まあ途中で事件に遭われても寝覚めが悪い」
「何よ、その理由」
赤石は八谷を家まで連れて行った。
八谷の別荘の前で、八谷は赤石に手を振った。
「おやすみ、赤石」
「ああ」
「……」
「……」
赤石は踵を返した。
「赤石!」
「……?」
赤石は振り向く。
「後でカオフしてもいいかしら?」
「まだ外だぞ」
「赤石が帰ったら!」
「好きにしろ」
赤石はまた歩みだす。
「電話で!」
「だから好きにしてくれ」
赤石はそのまま、帰り始めた。段々と、赤石の背中が小さくなっていく。
「…………」
八谷は小さくなっていく赤石の背中を見て、一抹の寂しさを感じていた。なんともしれず、目がうるんでいるような、そんな気さえした。
「赤石、おかえり」
八谷は赤石のカオフに対して、そう打ち込んだ。
「まだ帰ってないって言っただろ」
そう返事が返ってくる。
夜の寒さに当てられたか、頬を赤くした八谷はごしごしと頬をこすり、家へ入って行った。




