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5 救済

オリキャラが苦手な場合は※ ※ ※から※ ※ ※へ飛んでください。救済する場合はそのままお読みください。


 エリーセの悪霊が、仰向けになって横たわっていた。胸に(クイ)を打たれ、その周りには、どす黒いドロドロとした瘴気(ショウキ)が流れ出し広がっていた。

「エリーセ姉さま……、なぜ…………」

 膝をついて、(オレ)と同じ姿をした姉の顔を(おが)んだ。ブラウンの髪が乱れていたが、どこか安心したような微笑(ほほえ)みが浮かんでいるような気がした。

 俺はあふれ出る涙を懸命(けんめい)(こら)えた。

「……さよなら…………」

 エリーセ姉さまの髪を指で綺麗(キレイ)に整えてあげると、静かに別れの言葉を(つぶや)いた。



※ ※ ※



――スルリと、エリーセの手が伸びて、俺の手を(つか)んだ。

「ああっ!?」

 銃弾が穴をあけて裂けたワンピースからのぞくエリーセの純白の肌には、弾痕(だんこん)どころか傷ひとつついていなかった。

 地面に(クイ)だけを残して、俺の手を引くように半身を起こすと、杭があけていた胸の穴は、すでにふさがっていた。

「そんな――! エシュリンの(くさび)が効かないなんてありえないっ!! 瘴気(ショウキ)はまったく消えたのにッ、カナデちゃん!」

 不意を打たれ叫び声をあげる(ユイ)は、あたかも俺を人質にとられているようなかたちになり、動けなかった。――いや、銀気(ギンキ)が、片翼の女神の聖なる(ちから)がエリーセに通じない以上、もはや聖女の唯には打つ手がないのかもしれない。


 エリーセが俺の手を緩めて後ろを振り返るやいなや、彼女の目から強烈な銀色の光がほとばしった。

 光の粒子がはじけ飛び、空気を切り裂いてブウーンとノイズが走る。銀光線(シルバーレイ)が真っ直ぐ走った後も、粒子となった光の跡が空気中に残っていた。

 銀光線(シルバーレイ)がいっけん何もない、だが暗黒のような(いびつ)(カゲ)の空間を捕らえる。

 バチッバチバチッと乾いた音をたて空気が(ハジ)けた。

 突如(とつじょ)、陰から黒い霧が湧き出ると、その中から()い出してきたように、(カブト)に牡牛のような角を生やし漆黒(しっこく)(ヨロイ)を身にまとった黒騎士(クロキシ)が現れた。

 赤い口が耳のあたりまでざっくりと大きく裂ける。

「コノ (クサ)ッタ スクラップノ 役立(ヤクタ)タズノ 人形(ニンギョウ)ガ――――!!」

 金属質で耳障りな罵声(ばせい)がこだました。

 おぞましい瘴気の悪寒(おかん)に吐き気を(もよお)してしまう。

「クッ! よりによって、黒騎士がこんなときにッ!」

 すぐさま俺は立ち向かおうと剣を構えた。

 ――だが、どうする?

 (くや)しいが、銀気がない俺の剣では、黒騎士の分厚(ぶあつ)い鎧を(つらぬ)けない。

 ……唯は……、ダメだ! 銀の弾丸は撃ち尽くし、莫大(ばくだい)なエネルギーを使うエシュリンの(くさび)で銀気の力も使い果たしているはずだ。なにより、戦士でもない唯姉(ユイネエ)を黒騎士にぶつけるなんて、できるわけがないッ! 

 現に唯は真っ青な顔をして、身動きひとつとれていない。疲れ果てて立っているのもやっとなんだ。こんな時、勇者の優人(ユウト)がいてくれたら――。エリーセの悪霊だって復活しているっていうのにっ。

 俺は必死の形相(ぎょうそう)で歯ぎしりしていた。


 …………バラの香りがした…………。


「……カナデ、下がって……」

 エリーセがちらっと俺を見ていった。ブラウンの()んだ(ヒトミ)の奥には、キラリと光が灯っていた。

「え?」

 どういうこと――!? 俺はエリーセ姉さまから声をかけられて、心底びっくりしてうろたえた。

「黒騎士は……私が呪うかどうかを見届けるために、隠れて監視していたのよ……」

 エリーセが素早く黒騎士から俺を守るように、仁王立(におうだ)ちになる。白いワンピースの裂けた胸元から、桜色のふくらみが見えた。

 赤い目に怒りを(たた)えた黒騎士が、赤褐色(せっかっしょく)に鈍く光る大剣を振りかぶり、口汚く(ののし)りながら突進してきた。

使(ツカ)(フル)サレタ ポンコツメ! (クサ)リハテ 魔獣(マジュウ)デスラ (ハラ)(コワ)ス! 全部(ゼンブ)マトメテ 廃棄処分(ハイキショブン)ニ シテクレルワ!!」

 まるでガラスを()(むし)るような汚れた声だった。

「なんと無礼な……! 魂まで魔獣に売り渡した下郎(げろう)の分際で……。人の形をしてはいるが、ただの魔獣――もはや人ではあるまいが!!」

 (ほお)を上気させ、凛然(りんぜん)たる態度でエリーセはいった。

 眉がキッとよると、エリーセは前に進みながら攻撃に出た。(ヒトミ)が銀色に輝くと、黒騎士を(にら)みつけた目がまばたきするたびに、銀色の光をパルスレーザーのように連射していった。

 激しいスパークが走り、すさまじい衝撃に俺は後ずさった。

 黒騎士の鎧は銀光線(シルバーレイ)のシャワーに撃たれ、穴だらけになると、燃え出し、大きな火の玉に包まれた。炎の中でもがき狂ったように暴れる黒い影は、負け犬の悲鳴のような叫び声を上げた。

「ゴフッ……タ、(タス)ケテクレ……(ワシ)ハ ラブレ男爵(ダンシャク)ニ (メイ)ジラレテイタダケダ! (ココロ)ヲ ()レカエルカラ (タス)ケテ……モウ(カラダ)ガ (シビ)レテキタ……()ニタクナイ!」

「――さっさと尻尾(しっぽ)を巻いて(マガ)ツノ(トウ)にでも帰りなさい。二度と目の前に現れないでッ!」

 エリーセは裂けたワンピースを(ひるがえ)し、クルリと黒騎士から(きびす)を返した。

 後ろから、猛然と黒騎士は丸太(まるた)のような両手で、エリーセの首を(つか)んだ。エリーセの(のど)に黒騎士の太い指が食い込む。そしてそのまま、後ろ向きのエリーセを空中に()り上げた。ネック・ハンギング・ツリーだ! 

 巨漢(きょかん)の黒騎士と小柄でほっそりしたエリーセ姉さまとでは、身長に差がありすぎる。どんなにもがこうとも脱出などできるはずがない。黒騎士の怪力で、か細い首をへし折られるのは明らかだった。

 黒騎士は、真っ黒なごつい仮面に薄笑いを浮かべていた。

「エリーセ姉さまーッ!!」

 俺は脱兎(だっと)のごとく全速力で駆けつけると、両腕を上げてがら空きとなった黒騎士の脇腹と背中に向けて剣を放った。渾身(こんしん)の一撃を、力の限り何度も繰り出した! まるで巨石をバットで殴っているよかのような衝撃で、手がしびれ血がにじんだ。

(アワ)レナ 水兵(セーラー)ノ 小娘(コムスメ)ヨ。(ツギ)ハ、オ(マエ)ダ。オトナシク ()ッテイロ!」

 黒騎士はガラスが割れるような声で笑っていった。

 案の定、分厚い漆黒の鎧に弾き返され、俺の(ちから)はまったく通用しなかった。気力だけでキッと(にら)み返しはしたが、どうしようもない虚無感(きょむかん)に包まれた。

 エリーセは両手で黒騎士の手首をつかみ返すと、銀色に輝く細い爪先(つまさき)を黒いガントレットを(つらぬ)くように突き刺した。スーッと指先(ゆびさき)が、黒騎士の手首の中に(もぐ)り込んでいく。

 黒騎士は苦痛に顔を歪め、情けない金切(かなき)り声をあげて両手を離した。

 とたんに、エリーセは黒騎士の顔を蹴り上げると、一回転して着地した。

 地べたに尻餅をついた黒騎士は、赤褐色の大剣を拾うと(ひさ)をつき立ち上がった。

「ダッチワイフメ! 滅茶苦茶(メチャクチャ)ニシテ (コワ)シテヤル!」

 汚れた言葉と死臭(シシュウ)のする殺気をはなち、大剣を構え、にじり寄ってくる黒騎士。

 すると突然、大剣がガランと大きな音を立て地面に落ちた。

 黒騎士が信じられないという顔で手を見ていた。手首から先がドロドロとどす黒くなって溶け出していた。見る間に、腕や肩まで溶け出すと黒い霧となり蒸発していく。

 黒騎士は、しゃがみ込み、叫び、泣いて助けを()うていた。

 脚も溶け出し、バランスを欠いた体が倒れ土下座(どげざ)するような姿勢になった。

 泣き言を叫びながら、黒騎士は地べたをのたうち回っていた。

(もと)の魂よ、迷わず天に帰りなさい……」

 エリーセは銀色の瞳から銀光線(シルバーレイ)を発した。

 白銀色の光を発し猛烈な炎が黒騎士の残骸(ざんがい)を包んだ。辺りは強烈な光に満たされた。

 ――――光が消えると、黒騎士は雲散霧消(うんさんむしょう)していた――――。


「あ、あの黒騎士を……、圧倒して討ち破るなんて…………」

 唖然(あぜん)として立ち尽くす俺に向かって、エリーセは、目から今度は温かな光を俺の全身に照射していた。まるで何か探るように……。そして、フラッシュのように身体を銀色に輝かせると、彼女は俺と同じ、銀髪、緑の瞳になっていた。

「――瘴気(ショウキ)ウイルス駆除成功。電子頭脳の再構成、銀器炉の再稼働、流体形状オールクリア――」

「えっ、なに? どうかしたの、エリーセ姉さま……?」


「――私はコードネーム・ギンカク。流体形状型プロトタイプの人造(ジンゾウ)人間です。アナタが……カナデが妹であるとの認識が、電子頭脳の一部の領域に、今は、あります」


「へっ? ……私が、人造人間ギンカクの妹って……なにをいっているの? ということは、あなたは、エリーセ姉さまじゃないの?」


「――遥か昔、我が艦隊は圧倒的多数の魔獣の奇襲を受け壊滅。レジスタンスを続けるも、私は女王型魔獣に喰われ、腹の中で瘴気(ショウキ)ウイルスに身体を乗っ取られたため、スリープ状態に移行し活動を停止しました。そして近年になり、瘴気の呪いに身体を喰われ、魔獣を成すために女王型魔獣に(とら)われたエリーセの魂が、魔獣に変質させられることなく因果を越えて存在し続けたため、同時に存在していた私に憑依(ひょうい)しメモリーされたのでしょう――」


「人造人間のギンカクに、エリーセ姉さまの魂が憑依したのね? ……でも、魔獣に堕ちなかったはずのエリーセ姉さまの魂が、なぜ、私たちを呪いに来るのよ!?」


「――勇者により女王型魔獣が倒されたといっても、ギンカクの身体は、瘴気(ショウキ)ウイルスから解放されていませんでした。より強力な次の司令塔である(マガ)ツ魔獣から、スリープ状態にありながら強制的に暗殺命令を実行させられました――。しかし、首を()ねられた際に瘴気(ショウキ)を分離し電子頭脳の再構成と、胸に激烈な銀気(ギンキ)のエシュリンの(くさび)を打たれたことにより銀器炉心(ギンキロシン)臨界(りんかい)を起こし再稼働に成功しました。また、銀気の込められた弾丸を体中に幾度も撃たれたことにより、ウイルスの瘴気は完全に消滅しました。瘴気のウイルスパターンの解析にも成功しており、感染される恐れはありません。現在の身体は補完(ほかん)のため、カナデをモデルとして再構成しています――」


「そんな……、冗談でしょ、エリーセ姉さまっ! この星は、中世の文明レベルで騎士の世界なのに、そもそも、人造人間だなんてそんなことあるわけ――」

「……カナデちゃん、実は――、教会の古い文献を読むと、航海日誌があるのよ」

「唯……、航海日誌って、海を船で旅した時の日誌でしょ?」

「それがね、ここの文献は、宇宙(うちゅう)なのよ。ほら、王都には、ゴーレムだっているじゃない!」

「そうだ、ゴーレム! 遺跡や、王城も――」

 俺は王都で見た数十メートル以上ある大型(おおがた)ゴーレムや、地下の金属プレート製の通路でできたダンジョン遺跡、まるで巨大宇宙船の一部のような王城、王都を走る巡回軌道を思い出した。

 そうか、ギンカクは超古代のゴーレムなのか! だから、目からレーザービームを撃てるのか……。

 ゴーレム兵器にはさまざまなタイプがある。俺が知る人型(ひとがた)のゴーレムは、全高三メートル弱の金属の巨人だ。球体のボディから円柱の脚と腕が伸び、鉄兜(てつかぶと)のような頭がついた完全なロボットだった。それに比べ、ギンカクは、まさに人型と呼ぶにふさわしいルックスだ。いや、そんなもんじゃない! エリーセ姉さまや俺と、まったく同じ姿なのだ。それに加えて、エリーセ姉さまの魂まで入っているとなると、確かに、まぎれもない人造人間なのかもしれない……。


「――片翼の女神さまにお()いしたことありますか?」

 唯は修道服の上着を脱ぐと、エリーセ=ギンカクの肩に、銀の弾丸と杭によってズタズタにされた白いワンピースの上からそっとかけてあげながら聞いた。

 彼女はかわいらしくコクッと(うなず)いていた。


 まわりには、壊れた窓枠と、砕けたガラスの破片が飛び散っていた。

 警備の騎士たちが慌てて駆けつけてくる。

「私です。カナデ・リムウェアです! 早く、お父さまを安全な場所へ。賊が他にも侵入しているかもしれません。警戒態勢を!」

 水兵(セーラー)服姿のカナデお嬢さまを見つけたとあっけにとられ騒ぎ立てる騎士たちを前に、俺は頬を染め恥ずかしさに耐えながらも、唇を(とが)らせてきぱきと指示を出した。

「唯、お父さまの容態はどうでしたか?」

「ぜんぜん心配ないわ、カナデちゃん。ただ、やっぱりショックが大きかったみたいね」

「瘴気の呪いは大丈夫(だいじょうぶ)?」

「それが不思議なことにまったくないのよ。いつでもできたはずなのに」

「今、黒騎士から守ってくれたように、エリーセ姉さまの魂が、全霊で、瘴気ウイルスの暗殺命令から守ってくれていたのかな? 私が養子になったのは、エリーセ姉さまが亡くなった後の話だから、妹だって知っているわけがないからね……。もしかしたら、お父さまを狙う敵だと思ったのかも。ユナは襲われなかったから」

「たぶん、そうかもしれないわね。でも今は、カナデちゃんのことを、ちゃんと妹だと認めているみたいよ……。ところで――、これから彼女をどうするつもりなの? 魂はエリーセさまでも、身体は(はる)か昔の、とんでもない(ちから)を持った女神の兵士(ソルジャー)よ。もしかしたら、教会の教義にあった天女(てんにょ)と呼ぶに相応(ふさわ)しい存在なのかも……」

「ギンカクの電子頭脳の中には、エリーセ姉さまの魂がメモリーされて眠っているんだから、きっと大丈夫――」


 エリーセ姉さまの魂が憑依した人造人間ギンカクの傍に寄り添うと、彼女の頭に持っていたバンダナを巻き、(ひたい)の上にサングラスをのせるようにかけてあげた。

「妹のカナデからのわがままなお願いなんだけど……。エリーセ姉さまの魂には、リムウェアと私たちを末永く見守っていてほしい……。ギンカクは、エリーセ姉さまの幽霊じゃないわ。お屋敷のメイド見習いに来たカナよ。そして、お父さまの介護と、いつか遠くない未来にベビーシッターもお願いしたいの……」

 素直な気持ちを伝えた。

 彼女は、黙って耳を傾けていた。

 そして、いつか夢で見た姉のように柔らかく微笑んだ後、

基地(ベース)の防衛並びに要人の警護が新しいミッションですね。分かりました。お父さまと未来の(おい)っ子・(めい)っ子のお世話、喜んでお引受けいたしますわ。こういったら怒られるかもしれないけれど、何にも縛られず好きなお花の手入れをしながら、みんなと自由に楽しく過ごすのが夢だったのよ」

 というと、姿勢を正し右手をちょうどバンダナとサングラスに当てるように、軽くビッと敬礼した。

 もし断られたらという不安は杞憂(きゆう)だった。

 それより、なにやら“エリーセ姉さまとギンカク”がミックスしているかのような言動(げんどう)を聞いて、力が抜けたような気がした。なんだか、“(オレ)(わたし)”と似たようなものかもしれない……姉妹揃って運命っておかしなものだ……。


 なにはともあれ、お帰りなさい、エリーセ姉さま! 幽霊騒動はこれで一件落着(いっけんらくちゃく)だ。

 ふうーっと気を抜いていたら、エリーセ=ギンカクに――きっとエリーセ姉さまの魂に誘われて――ふわりと優しく抱きしめられていた。柔らかくて、温かくって、甘い花の蜜のような香りがした。縁側の陽だまりで日向(ひなた)ぼっこをしているような抱き心地のよさだった。お互いに、はにかんで頬を赤らめた。


「カナデさま~。アレレ? カナデさまとカナちゃんが仲良く一緒にいるなんて!? いったい何がどうなってるの?」

 あまりのショックで気絶していたユナが、意識を取り戻したらしく元気に走り寄ってきた。 

「はじめまして、ユナ先輩(センパイ)! ふつつかもののカナですが、ご指導よろしくお願いします」

 さっそく、彼女はカナになりきっていた。

「先輩っ!? あたしが、メイドのお仕事で本当にセンパイって呼ばれるの! よ~し、カナちゃん、これからはあたしが責任をもって面倒(めんどう)見るからね~。それで実はね、庭師のおじいさんには悪いんだけど、いまいち古ぼったくなったバラ園のお手入れを、前からしたかったんだぁ」

「フフフッ、バラの花って、私、大好きなんですよ!」

 フワッと嬉しそうに笑う彼女の姿が、エリーセ姉さまの笑顔と重なって見えた……。

 つられて、つい笑ってしまう。

 異世界に飛ばされて悩んでいたことが嘘みたいだ。みんなと過ごす時間はどこでだって同じで、素晴らしいって思えた。

 リムウェアに帰ってきてよかった!

 気持ち良い初夏の日差しに照らされて、緑色の瞳で澄んだ青空を仰いだ。



※ ※ ※



 軍務省のブレザーの制服に身を包み、(オレ)は王都にある軍務省ビル四階の執務室に帰ってきた。だが……、部屋の荷物の大半はすでに段ボール箱に片付けられて、ガランとした空き部屋となっていた。

 ボロかったけど、俺が異世界で自分の力を認めてもらって手に入れた執務室だった。

 仕事を途中でほっぽり出して、突然、田舎に帰ったりしたらクビになって当然か……。俺の秘書だったアリサは、元気でやってるのかな……?


「あら、カナデさま! おかえりなさい。引っ越しが間に合わなくてっ。大きな荷物は業者に頼んだんですけど、細かいのはやっぱり自分でやらないと――。急いでやりますから」

 隣のドアが開くと、エプロンを羽織(はお)ったアリサが、忙しそうに段ボールに事務用品などを入れて抱えていた。彼女は機嫌がよさそうに鼻歌まじりでいい顔をしていた。

 ……辞めない、一緒にがんばろうといってくれたアリサだけど、やっぱり普通そうだよな……。

「あ、ああ、そうなんですか、大変ですね。それではお元気で、今までお世話になりました……」

 俺はシュンとして、その場を立ち去ろうとした。

「ダメですっ! そんな、せつなそうなお顔をなさっても――、今度は逃がしませんよ。いくらカナデさまといえど、ご自分用の荷物なんですから、少しは新しい部屋への引っ越しを手伝っていただかないと……。私だけでは配置の決めようにも困りますから」

「へ…? 私の執務室ってここじゃ?」

 俺は、唖然(あぜん)として聞いた。

「あっ、違うところに異動になったんです。リムウェア領のお屋敷の方へ手紙でご連絡さしあげたはずなんですが、行き違いになってしまったのかもしれませんね」


 さっそく、俺はアリサに連れられて、新しい執務室を見に行った。そこは、明るく綺麗なエレベーター付きの軍務省ビルの四階だった。大きな扉はシュッと自動で開いた。広々とした室内に、調度は機能的で洗練された凝ったものだった。

 当然、エアコン付きだ。新鮮な空気で部屋の中は満たされていた。

「エアコン、ちゃんとあるんですね」

「エアーコンディショナーのことでしたか。なるほど、略してエアコン――、いい名前ですね。まだとても高価な貴重品ですが、今後、量産の(あかつき)には、エアコンと名付けましょう!」

 窓から外を眺めると、王都の街並みがキレイに見えた。窓を開けると、さわやかな風がサーッと吹き抜け、俺の銀色の髪がサワサワと揺れて心地よかった。


「でも、いったい何があったのかしら? この変り様は……?」

 きょとんと俺は首を傾げた。

「カナデさまは、お手紙を読まれてすぐに発たれたということは、怪人(カイジン)による民の被害や退治の陳情(ちんじょう)を読まれて、捨てて置けなかったのでしょう?」 

「いえ……、怪人……? そのようなことがあったのですか――」

 俺は思わず唇を()んだ。

 実家に姉の幽霊(ユーレイ)がでたから急いで帰ったなんて、とてもじゃないけどいえない――。


「冒険者からの報告によると、カナデさまが、街道を荒らして町や村を蹂躙(じゅうりん)し続けていた黒焦(クロコゲ)怪人を、見事に退治されたのではありませんか! それも、なんとダガーひとつで、冒険者どころか討伐騎士団でさえもできなかったことを……。物流にダメージを受けていた商業ギルドや街道沿いの多くの町や村の人々から感謝感激が、雨あられのように王城に寄せられています!」


「あっ、あの黒焦怪人ですか――馬車を襲ってきた!」

 まさか、王城にまで黒焦怪人との戦いで(あわ)てて剣を忘れてしまった話が伝わっていたなんて……。もしかして、話し上手だった冒険者ロイが、おもしろおかしく報告したの? 馬車で笑い転げて聞いた仮面少年リックの話のように!

 失態(しったい)を思い出すと恥ずかしくなって、みるみるうちに(ほお)が赤く染まるのがわかった。


「――なにより、非公式で内々にですが、これから、シリス殿下(でんか)がご婚約(こんやく)の発表をされることも大きく影響を! おめでとうございます、カナデさまッ!!」


「……え…………、~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」


 (わたし)(たき)に打たれたような衝撃(ショウゲキ)を受け、息を()んだ。 

 シリスが婚約って、いったいだれと!? ……そう……、留守の間に、シリスはだれかと婚約したのね……私に何の相談もなく…………。

 シリスはわざわざお(ヨメ)さん探しにリムウェアまで来たけれど、なんの(ちから)にもなってあげられなかったし、無事にいい人が見つかってなりよりよッ!

 ――しょせん、異邦人(エトランゼ)で中途半端な私には、結婚なんてなんの関係もない話……。後でシリスのノロケ話でも聞いて、ツッコミ入れて大笑いしてやろうっと!

 私は、雪色(ゆきいろ)の髪を震わせて、フフフッと笑った。

 こんなにも感情が乱れて動揺(どうよう)しまくってしまう私って……。


「あ、あの……、その話はもうやめにしましょう。大したことではありません。ええっ、他愛(たあい)ないことですっ!」

 (わたし)は平静を装うと、うつむいてからチラリと上目遣いでアリサを見ていった。

「こんなに誇らしいことをご謙遜(けんそん)なさるなんて素晴らしいです! でも、そのように涙目になられたり、笑われたり、恥ずかしそうに真っ赤になられると、しっかりお顔には書いてありますからお気をつけください。……とても魅力(ミリョク)的ではございますが……。それでは、さっそくシリス殿下との会食(かいしょく)のご予定がはいっておりますよ」

「そうですか――う~ん、でも、遅れている引っ越し作業を終わらせなければ、後進(こうしん)に迷惑がかかりますね。――殿下(でんか)には誠に申し訳ないのですが、お断りしましょうか」

 私は腕を組んで、どことなく(トゲ)のある口調でそっぽを向いていった。

「いいえ、それは秘書官である私がおこないますから、ぜひ、シリス殿下とご一緒ください! カナデさまが突然ご実家に帰られて、いったいどれほど思い悩まれていたことか――」

 ふーん、悩んだんだ……。もう……しょうがないなぁ、シリスは……。

 つい()みを漏らす。

「そうだ、シリスにも引っ越しを手伝ってもらいましょう。実は、リムウェアのお土産(みやげ)もかねて、シリスとアリサの分も、旬の具材をたっぷり使った郷土料理のお弁当をつくってきたんですよっ!」

 私はニヤニヤと――、いえ、イキイキといった。

 なんと朝からマリアお母さまとリリアンナさんが、お祝い事でもあるかのように椀飯振舞(おうばんぶるまい)して手伝ってくださったのだから。

「ふぇっ! 私の分までなんて、本当ですか!? カナデさまぁー!」

 ダークスーツをスマートに着こなした長身のアリサは、とても強い力で私を胸の中へガシッと抱きしめてきた。

「キャッ――! ……っ……うぅ……」

 グッ……グググッ……ググググッ…………

 洋館で悪霊(アクリョウ)に肩をつかまれたときも、こんな凄いパワーだったような気がするッ!

「ちょ、ちょっと……」

 コロンの香りに包まれて見上げると、アリサはほっそりとした顔を赤らめ、切れ長の目を細めさせ、紅い唇から熱い息を吐いていた。

 どこかのぼせたような――気持ちよさそうな顔をしているような――。

「アリサ? や、やめてください……もう、困りますっ……!」

「……お願いです……先ほどからあんなに、お(ひめ)さまの魅力(ミリョク)を振りまかれては、もう――。すぐに落ち着きますから、もう少しだけこのまま……あぁ、カナデ姫さまの甘い匂い…………」

 グイッと抱きしめながら、何かに取りつかれたように、私の耳元でささやくアリサ。

 ――お姫さま? いけないっ! このままだと、アリサにいつか(おそ)われるかも。

 あれっ? ちょっと待って! もしかして、今、襲われているんじゃ――!?

 (わたし)はアリサの胸に顔を埋めながら、緊迫(きんぱく)感に緑色の(ひとみ)(うる)ませ、銀髪を揺らしてジタバタともがいていた。


 キャラクターや設定がだいぶ異なっていますが、パラレルワールドでの出来事ということでご容赦ください。柚様、読んでいただいた方、ありがとうございました。


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