3 メイドと幽霊
人々でにぎあう商業地区を抜けてなだらかな坂道をのぼっていくと、豪華な建物が並ぶ行政地区だ。大きな門をふたつ通り抜けると、巨大な城門の前に出た。ここがリムウェアの城だ。この城郭の中にお屋敷がある。
城門の脇には警備隊の詰所があった。
サングラスにバンダナ、水兵服で完璧に変装した俺は、自信をもって受付の窓口に向かった。
「すみません。メイドのユナさんに面会をお願いします」
リムウェア家のお屋敷で働くユナのような女の子たちは、メイドと呼ばれていた。
「ええと、お嬢ちゃんはユナの――」
応対に出た年配の警備隊員オムには、チラリと不審な表情が見えた。
さすがに城門を預かるベテラン隊員だな。街のだれも見抜けなかった俺の変装を、一目で怪しむなんて……。でも、いきなりここで身元調査をされるわけにはいかない。
ちゃんと名前だって考えておいた。カナデの仮名だからカナだ。
俺はサングラスを外し額にかけると、視線を合わせてから、緑色の目を伏せて改めてお辞儀をした。
「カナといいます。お里から突然出てきてしまって、なにも連絡してないんですけど、ユナ先輩しか頼れる人がいなくて……」
噛まないように落ち着いて丁寧に答えると、甘ったるい声になっていた。
「ユナの後輩かぁ。そうか、船で渡ってきたからサングラスとバンダナに水兵服なのか……それなら納得だ。あんな遠方の猪郡部から大変だったろう。呼びにやるから、それまで、詰所の中に入ってかけて待っていなさい」
何の疑問も抱かれることなく、まわりの隊員も親切に接してくれた。ユナを待つ間、膝をきちんと揃えてちょこんと椅子に腰かけていた。ちらっと控えめにまわりの顔色をうかがうと、ほれぼれとした表情で見つめられていた。
サングラスを外しても、俺がカナデだとわからないものなんだな……。
詰所でもらった、冷たい麦茶の入った鏡面コップに映る自分の顔をみると、バンダナを巻いて銀髪を隠しているせいか、愛らしくとても幼くみえた。
学校で剣道部だった頃に、手拭いを頭に巻いていると女子部員に間違えられたことがあったが……、これは……ど、童顔すぎるだろっ……小学生か!? 俺はれっきとした高校生なんだぞ! ……もしかして、受付で怪しまれたのは、家出少女にでも間違えられたのか? 隊員がやけに優しいのも、田舎からのはじめてのお使いを、温かい目で見守られたからなのか? いや、いくらなんでもそんなはずは……。鏡面コップで歪んで見えるからそう見えるだけだっ! きっとそうに違いない――。
手の甲で冷や汗をぬぐう。俺はだんだん不安になって膝がかすかに震えてきた。
……お、落ち着け……要は他人の目にはどう映るかだ……!?
俺は背中に汗をかき、心臓の鼓動が早くなっていた。
「後輩のカナちゃん……? うむむ……、たくさんいすぎて顔と名前が……。ん? ひえっ!? カ、カ、カナ、カナ……デさ、――――!!」
詰所に入ってくるなり変装を見破って目が点になり、名前を叫びかけたユナに跳びつくと、慌てて口をふさいだ。
「よかったー! 分かってくれたんだっ!! でも、ユナ先輩ったら大きな声をあげたらご迷惑でしょ。ふたりだけで向うでお話しましょうよ」
本当は簡単にバレちゃいけないはずなのだが、ユナのおかげで俺はなぜか自信を取り戻したように元気になった。嬉しくてユナの手をひいてニコニコ顔でスキップするように詰所を出た。
隊員たちが、なにか微笑ましいものを見たような温かい目をしていたが、ユナが大きな声をあげてはしゃいだせいだろう…………たぶん。
「まったくもぉー、カナデさまったら、いきなり、びっくりさせないでくださいよぉ~」
情けない声でいうユナは、栗毛をショートカットにした、ネコ目でボーイッシュなメイド少女だ。以前はエリーセ姉さまの専属メイドだったせいか、双子さながらの容姿をした俺は特になつかれていた。
「あらためて、お帰りなさいませ、カナデさまっ! でもー、なにやってるんですかぁ? お似合いのかわいらしい水兵服まで着ちゃって、あんなに嬉しそうに、まるでドッキリ大成功~な~んてして、女優になれますよっ!」
すぐにいつもの調子を取り戻すと、楽しげにユナは笑っていった。
やっぱり、ユナの噂話に担がれただけだったのかなと思いつつ、念のために聞く。
「もうっ、ユナったら、あんな深刻そうな手紙を送っておいて……。心配したんですからね!」
「あの、ごめんなさい……。でも、もう二度とあんなことはイヤなんです。だから、一度、カナデさまに確かめていただければと思ったから――」
とたんに、ユナは複雑そうな顔になった。
あんなこととは、エリーセ姉さまが手遅れになってしまったことだろう。ユナのトラウマだった。俺の膝に泣きつかれたこともある。
「ええ、必ず幽霊の正体をつきとめましょう!」
お父さまだけじゃなく、ユナにだってこんな顔をさせちゃいけない。エリーセ姉さまを思いやるみんなのためにも。
「カナデさまは……あたしが幽霊を見たって、信じてくれるんですか!?」
「だってユナは、みんなのためを思って、わざわざ手紙で知らせてくれたのでしょう? 何も見なかったことにしておいてもよかったのに……。ただ、カナデ・リムウェアとして公にエリーセ姉さまの幽霊退治をするのは、とても許されそうにないことなので、こっそりと帰ってきました」
「あ、ありがとうございます、カナデさま! ――それで、今日はどうしましょう? そう。とりあえず、カナちゃんは、メイドの勤労体験にでも来たってことにしておきましょうか? 先輩のあたしが紹介したことにして」
「お屋敷の中を見て回るには、カナデではなく変装姿のカナのままが都合がいいですからね。カナデとして表だって動いてしまっては、幽霊は警戒するでしょうし……」
「幽霊って警戒するんですかぁ? カナデさまは、やっぱり見当がついていらっしゃるんですね」
「まだ、ただの推測にすぎませんが、だいたいは……。それに、本物のエリーセ姉さまの守護霊なら、お父さまを苦しめるわけないです!」
「そう、そうですよっ! エリーセさまのニセモノをやっつけてやりましょう!」
ユナはハッとして目を丸くすると、グッと両コブシを握りしめて気合を入れていった。
偽物の化け物か……。幽霊の方がまだましなのかもしれないけどな……。
さっそく俺は、メイド見習い勤労体験の面接を受けた。面接官は、メイドのシェリ主任。金髪ウェーブのロングに青い目が特徴のどこか上品なお姉さんっぽい感じの人だ。一般的な職務のメイドさんなので、俺との直接の付き合いはほとんどなかったから、カナデだと見破られる恐れは少ないはずだ……。
「それにしても可憐すぎるわね~。本当にユナさんの後輩なのかしら?」
シェリ主任は、いきなり見透かすように言った。
「は、はいっ――! カナです。よろしくお願いします」
甘く見ていた俺は、不意を突かれて緊張したのか顔が熱くなってきた。
すると、彼女は俺の手を見た。
「あらあら、細くて綺麗な指だこと。まるで白魚のよう……。ナイフより重いものを持ったこともなさそうねぇ」
「あのっ、主任。カナちゃんは、こう見えても剣を握っているんですっ! それに、街のみんなを救うために魔獣だって倒して――!」
隣に座って、俺の紹介人となっているユナが、キッと険しい目つきで思わず言い返していた。
「ちょ、ちょっと、ユナっ!?」
自分からバラしてどうするのっ! 慌てて俺はユナを止めに入った。
「とてもそうは見えないわね~。ところで、家事はちゃんとできるのかしら?」
「はい。手ほどきを受けて、最近、家事の勉強をはじめたところですから」
家事の先生は、王都で一緒に暮らしているマリアお母さま――王太后でシリスの母親だ。
「ふ~ん、今までどなたかに、大事に身の回りの世話をされていたのかしら? いくらなんでも、家事も満足にしたことのない娘をメイドには……。せめて何かひとつ得意なものがあればいいのだけど――」
シェリ主任はため息交じりにいった。
――得意っていわれても……魔獣討伐は勇者の優人とは比べるべくもないし、政治は侯爵のお父さまや王族のシリスに頼りきりだ。……それにどれもメイドの仕事とは全然関係がない。それはメイド長のリリアンナさんが全部やってくれていたから……。異世界に来てからひとり頑張ってきたつもりだったけど、まわりのみんなに助けられていたんだ……。
俺は焦った。まさか、我が家のメイド見習いの、勤労体験の面接で落とされるなんてっ! これでは幽霊調査どころではない。
「信じらんないっ! こうなったら、カナちゃんの料理の腕前を見せつけてあげてくださいよぉ!」
ユナが栗色の髪を怒りで逆立てていた。言いたいことが言えない悔しさと、俺に対してのあまりにもさんざんな評価に、ありえないとプリプリ怒ってしまっていた。
「あの、得意な料理があるんですが――」
俺は水兵服にエプロンを着けて、お屋敷の厨房に立っていた。
「本当に、できるのかしら……」
横目で見ながら心配そうにシェリ主任が呟いた。
俺は慣れた手つきで、お味噌汁をつくっていく。
侯爵家には味噌や具材もなんでも揃っている。そもそも、日本の食材と同じようなものを探し出したのは俺だ。味にうるさい一緒に異世界に飛ばされてしまった俺の幼馴染の優人たちや、なぜか和食が大好物のひとつになってしまったシリスやお父さまのために、頻繁につくってあげているからお手の物だ。唯からもレシピをたくさん教えてもらっている。
――お味噌汁が出来上がった。
シェリ主任がお椀からひと口啜る。
「ん……おいしい!! 確かに侯爵さまが好まれる味だわ。これなら食が進むかもしれない……。すごいわ……カナちゃん、このお味噌汁、侯爵さまにお出ししてもいいかしら?」
「ええ、もちろんです!」
俺は思わず頬を染めてニコリと微笑んだ。
「やったよぉ~! カナちゃんは、本当はもっとスゴイんだからねっ!!」
ユナが跳びはねて喜んでいた。
ユナは、お屋敷の出来事をすべて把握しているといっていいほどの噂好きだ。
メイドさんたちの間をそれとなく回り、カナは、魔獣の襲撃によって唯一生き残った天涯孤独の身で、数少ないツテであるユナを頼って、遥か遠くから船旅をして来たとの噂が流された。そして“カナデさまの推薦状”がものをいい、なんとか住み込みでメイド見習いの勤労体験に加わることができた。もちろん、推薦状は俺が書いたものだから本物なんだが、さすがに書いている時は凹んだ……。
一度、イメージが固定されるとおかしなもので、誰も俺をカナデだと疑う者はいなかった。王都にいるメイド長のリリアンナさんには、あらましは伝えてある。簡単に見破られそうな、お屋敷にいる俺のお付きの数名のメイドさんたちとは、全然職場が違うからたぶん大丈夫だろう……。秘密の幽霊調査が終わるまでは、なんとか頑張らないと――。
「ユナさん、カナちゃんの具合はどうかしらー?」
「あっ、シェリ主任。カナったら疲れて熱出しちゃったみたいなので、お薬飲んで寝ています。夕食は部屋で食べさせますから」
「まるでお嬢さまみたいに、驚くほど可憐でかわいらしいい娘さんなのよねぇ。やっぱり、長旅の後で、不慣れなメイド仕事はキツかったのかしらー? 個室の空き部屋を自由に使っていいから、しばらくゆっくりと休ませてあげなさい。面接では厳しいことをいったけれど、メイドのなり手は貴重なのよ……。全然、焦ることはないからって、ユナさんからも伝えてあげてね」
俺は、メイド見習いのカナとして、昼間はメイド仕事を手伝っていた。銀髪はバンダナで隠しているし、問題のない場所ではサングラスも着用している。ブーツにオーバーニーソックス、普段のカナデからは想像もできないセーラー服に短パンかミニスカ姿。そのせいか、“水兵”というふたつ名を、メイドさんたちからいただいた。田舎から出てきたメイド志望の小娘ひとりに興味を持つ者はほとんどいなかった。
だからといって、メイドの仕事ばかり熱心にしていては、肝心な幽霊調査ができなくなってしまう。タイミングを見計らって、体調不良ということで抜けさせてもらったのだ。
シェリ主任、いらない心配をかけてしまってすみません……。
夜になり、ユナが持ってきてくれた夕食を部屋でそそくさとすませると、エリーセ姉さまを見たという、お父さまの部屋の窓がよく見通せる場所に出かけた。そこは、昔使われていた離れの洋館だった。
借りた合鍵で扉を開けると、きしんでギィーと大きな音をたてた。俺は洋館の中へ忍び込んだ。そこは大広間になっていた。大きな窓から入り込む月の光が照らすだけで、人の気配はまったくなかった。調度は古ぼけていたが贅沢なつくりだった。
窓から見えるお父さまの部屋にいつ幽霊が出るかと待ち受けていたが、別段何の変化もなく時間だけが過ぎていった。窓から見上げると夜空に満月が浮かんでいた。
ユナが入れてくれたポッドのコーヒーを飲む。ユナも一緒に来るといったが、感づかれると不利になるからと説得して断った。当然、危険に巻き込まないためだ。
シーンとした暗い部屋にひとりでいると、俺は異世界でセーラー服なんて着て、いったい何をしているんだろうと、少しセンチメンタルになった。昨日は黒焦怪人退治、今日は幽霊探し……。自分の姿、性別まで変わってしまった。日本に戻る手立ては本当にあるんだろうか?
でも、今はそんなことを考えている場合じゃないと、俺は深呼吸でもしようと立ち上がった。その時、お父さまの部屋の窓の明かりがついたり消えたりと、数回にわたり点滅した。
「こんな夜中に、いったい何を?」
俺の心臓はドキドキと鼓動をはやめた。
窓を凝視する。
ガシッと肩を掴まれた。
「――――!?」
驚きと焼けるような冷たさに、全身総毛立った。
「ユ、ユナでしょ? ドッキリは、なしにしましょう――」
ゆっくりと振り返った。
そこには、白いワンピースを着た、生気のまったくない、青白く冷たい俺がいた。
いや違う! ブラウンの髪と瞳!! エリーセ姉さまッ!?
「キャァアア――――ッ!!」
ぞっと寒気がして、思わずかん高い悲鳴をあげていた。
まるで、死の臭いのする黒い霧が、掴まれた右肩から体内に潜り込み、指の先まで凍らせた気がした。
身をくねらせて手をむりやり振りほどくと、床に転がった。
ダガーを抜こうとしたが、掴まれていた右肩が痺れて、まったく手に力が入らなかった。
クッ、恐怖で身体が萎えたのか!?
そのまま前転して、大きなテーブルの下へと逃げ込んだ。
エリーセは、まったく表情のない顔をしていた。人間離れした滑るような奇妙な動きで俺に近づくと、テーブルを蹴り飛ばした。
重量のある大きなテーブルが、まるで缶けりの空き缶のように空中を舞うと、壁に叩きつけられた。
壁が崩れ轟音が鳴り響く。
とっさに、エリーセの軸足を刈るように蹴りを入れた。
だが、鉄柱でも蹴とばしたのかと思うほど、びくともしなかった。
さらに両足で蹴り込み、反動を利用して床を滑るように扉まで転がる。
振り返ることなく、ダッシュで洋館から逃げ出した。
そろそろ、警備の騎士が気づくころだ。
騎士との鉢合わせを避けるように、だんだんとふらつき出した頼りない足取りでお屋敷の裏にまわりこむと、慎重にユナが待つ部屋まで戻った――。
「カナデさまっ!! 大丈夫ですかっ! 何があったんですかっ!?」
痺れた右肩を押さえるようにして倒れこんだ。
「あ……っ……み、水を……」
血の気が引きクラクラして、ノドが焼け、吐き気がひどく気分が悪かった。
コップの水をもらった後、ユナに水兵服を脱がせてもらうと、肌には掴まれていた手の跡がどす黒く残っていて、右腕まで薄紫色に変色しだしていた。右手は冷たくなり、まったく力がはいらなかった。
「大変!! すぐにお医者さまをっ、マコミッツ先生を呼びますっ!!」
「――いえ、これは、瘴気……。これを治せるのは、聖女の唯だけ……! 教会の唯に頼まないと……。私の名で、内密に伝えて、お願い…………」
寒気が酷くなり全身が細かく震えだした。
「でも――! 時間だってかかるかもっ!!」
「……もしぐずったら…………夜会といえば……すぐに……唯は…………」
胸が苦しくなり、目の前がだんだんと暗くなっていった。
「…………ごめんな……さい……シ…リス………………」
全身を襲う苦痛の嵐に翻弄されながら、うわごとのようにいった。




