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路線バス運転士俳優山田ひろしの常識  作者: バスバスキヨキヨ


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34/40

僕の初主演作『名バス運転士ホームズ』がいよいよクランクイン

 撮影初日は、僕の中では、あっという間にやって来た。それまでに顔合わせなどは済んでいたので、今日いる人はスタッフの人を含めて、僕の記憶に残っている。内容が特異なだけに、出演者自体が少なく、さらにレギュラーとなれば片手で余るほどというのもある。それに、スタッフの人は『路線バスに乗って一人旅』で応援に来てくれた人がちらほらといるのだ。顔と名前が必ずしも一致するとは言えないけれど。主役という唯一無二の面目は保てられていると言っていいだろう。

 今日はオープニングで使うシーンにほとんどの時間を割いてあった。ほぼ僕がバスを運転しているイメージビデオのような映像だ。僕がバスに慣れるためと、監督は考えてくれたのだろう。監督は、僕が常日頃バスを運転しているのを知らないのだから。しかし、何も考えていなかった僕は、そんな監督の優しさを踏みにじってしまう。

 いきなりバスをスムーズに動かしてしまった。やってしまったと思ったのは、みんなの驚く顔を見てからだ。わざとらしく下手に運転するのも、逆に調整が難しいからと、自分にだけ言い訳をして、そのまま何食わぬ顔で続ける。それに、監督は僕の運転に惚れ込んで、このドラマのオファーを出してくれたのだ。

 ただ、みんなに不審がられないように、言い訳も考えておいた。この撮影に臨むにあたって、しばらく自動車教習所で練習させてもらったと。トラックを上手に運転して監督を興奮させた時と同じ嘘だけど、同じだからこそ信憑性があるのだ。現に、全員が納得してくれた。このドラマを撮影している間に、僕を本物のバス運転士だと思う人は現れないだろう。

 撮影拠点として、わざわざ潰れた自動車教習所を借りてあったので、しばらくはここでの撮影だった。ちなみに、すべての撮影が終わるまでずっと借りておくらしい。撮影にはほぼバスがつきものだから、無難な選択のようだ。

 自動車教習所跡地での僕のバスの運転を見て安心した監督は、いよいよ公道を使っての撮影に切り替えた。レギュラーのリカさんとエキストラの人が20人ほど、監督が指定した場所に座ったり吊り革を持ったりして配置につく。経費削減なのか本人が売り込んだのかは分からないが、エキストラの中の約1名がすごく嬉しそうにしている。公道を走る時は安全のために車内での撮影は極力するつもりはないらしく、特に初日である今日はすべてが車外からの映像なので、1人だけ浮いていても問題ないだろう。

 ただ、リカさんはわざと気配を消しているのもあるが、どう見てもリカさんよりもエキストラの中の約1名が目立っていた。おかげでリラックスはできたけれども。

 監督とカメラマンを乗せた誘導車からほんの少しだけ離れて公道に出た僕は、これが例えドラマの撮影であろうとも、バスを普段運転している時と同じように安全運転に徹していた。それでも、たまに無線に入ってくる監督からの指示が、これはドラマの撮影だということを忘れさせないでいてくれる。誘導車以外にもカメラマンが乗った車が並走したり後ろに回ったりしながら、いろいろな角度から撮影をしている。さらに道の途中にもカメラが何台か設置されているのが分かったが、監督の指示もあって気づかないふりをして安全運転を続けた。

 そして1時間も走っただろうか。何のトラブルも失敗もなく順調に撮影は進み、出発した自動車教習所跡地に戻ってきた。すると、それを見計らっていたかのように、健二さんがちょうどやって来た。ここからは、オトボケ刑事役の健二さんを混じえた撮影に入るのだ。

 まずは事件が起こったバスの中での捜査をしている様子を撮影したが、健二さんは、このオープニングでは良い意味でオトボケ刑事の本領を発揮しなかった。本編とは違って、仕事がすごくできる感じを出している。誰の演出かは知ろうとしない方がいいのだろう。あくまでもオープニングだし、何よりもノーギャラなので、少しくらいのわがままには監督を筆頭に目をつぶることにしたようだ。

 そして本日予定していた撮影は終了となった。はずだったが、考えていたよりも順調に行き過ぎたようで、大幅に時間が余る。さらに、健二さんも今日の仕事が物足りなかったようだ。監督がエンディングで流れるシーンも撮ると言った時は、撮影時間が限られている僕は本当に嬉しかった。

 監督や健二さんの気が変わらないうちに、僕は急いでシャーロックホームズの衣装に着替えてすぐに、バスの運転席に陣取った。今度は、バスの中の出演者は僕しかいないので、準備は早い。それを知ってか知らずか、健二さんとリカさんも急いでくれる。おかげで、僕は全く待たされずに撮影が始まる。

 僕がバスを発車させると、乗り遅れたオトボケ刑事と女子大学生が、そのバスに乗ろうと悪戦苦闘するのだ。リカさんも演じる女子大学生は、知力と体力を駆使する。が、オトボケ刑事は、らしく、無計画に走って追いつこうとしていた。普通に考えたらバスが余裕で逃げ切れるのだけれど、それだと楽しいエンディングにならない。

 建前上は女子大学生の策略にしてやられた感じで、僕は女子大学生を乗せる羽目になった。ついでにオトボケ刑事も乗せるのかと思わせておいて、バスは走り去る。僕の判断か女子大学生の指示か二人の共謀かはお茶を濁す。アイコンタクトがあっただけで、判断は視聴者の人に委ねるのだ。オトボケ刑事にしたら、誰がどうこうよりも、バスに乗れなかったのが痛いだけだ。

 ただ、オトボケ刑事は諦めない。必死で追いつこうと残り少ない体力なんて気にせずバスを追いかける。そんなオトボケ刑事に根負けしたのか、バスは止まる……と思いきや、再度引き離した。「ああ無情」と言ったか言わずか、オトボケ刑事は歩くほどのスピードになったが止まらない。

 走り去ったはずのバスが、いつしかオトボケ刑事のすぐ後ろをゆっくりとついていっていた。そのまま気づかれないようにバスの運転席で僕がニヤニヤしていると、女子大学生に叱責されてやっとオトボケ刑事を乗せるのだ。そして、最後は3人仲良く笑顔でエンディングシーンも終わりとなった。

 簡単に言葉で表せば危険を感じた人もいただろう。なので少々説明を。実際の撮影は安全に配慮されて行われた。健二さんはほとんど走ってないし、リカさんもバスに近づく時はバスを停めた状態だ。なにより僕は運転しづらい19世紀のイギリスの服を着ているので、健二さんが本気で走れば簡単に追いつけるほどのスピードしか出さなかった。

 これで今度こそ、実り多い初日の撮影は終わりとなった。それからも監督をはじめスタッフの人たちは僕に無理強いすることはなく、週に2日だけの撮影の約束を守ってくれながらも、本編の撮影は順調に進んだ。もちろん、合間では本物のバス運転士としての仕事もやっている。

 そして念願の記念すべき、僕が主演のドラマの第1話が完成した。

 最初の事件は、悲しいかな、殺人事件で幕を開けることになる。ドライブレコーダーのような最新機器がない設定とはいえ、バスという密室で何人もの目撃者になるかもしれない人が同乗していながらも、よくもまあ完全犯罪を成立された作者の人に、まずは敬意を払いたい。この作者というのは、脚本家の人と我らが監督だ。2人が考えたトリックは、現実には不可能なのかもしれない。だけど、本当にできるのではと信じてしまう要素がふんだんいあった。だからこそ、物語としては入り込める作品になっているのだ。

 素晴らしいのは、トリックだけではない。ストーリーが類まれなのだ。登場人物を極限まで少なくしたことにより、話を寄り道させづらいというのに。普通なら、それで2時間も流そうとしたら、内容がすかすかの間延びした駄作になってもおかしくない。

 だけど、この作品は、自信を持って名作だと言える。重厚感があって、最後の最後まで飽きが来ないし。その分、数少ない出演者たちのセリフはとんでもなく多いが、役者冥利に尽きるので演じていて楽しかった。このドラマの総意だろう。ノーギャラの健二さんも本当に生き生きとしている。

 第1話が完成してすぐに、関係者だけが集まって観せてもらった。ドラマでは異例のイベントだ。一応希望者だけの観覧会は、言うまでもなく関係者全員が進んで参加していた。おそらく誰もが自分が一番の希望者だと思っている。監督や僕を含めて。

 観終わると、内容も犯人も動機もトリックも何もかも知っているはずの僕が、無意識にスタンディングオベーションをしていた。いや、僕だけでなくて、そこにいる誰もが立ち上がって手を叩いている。それも、監督や画面に向かってではなく、僕に向かってだ。

 本来なら、これを制作した監督に向けて称賛が送られるべきなのだろう。しかし、その監督までもが僕に向けて手を叩いているのだ。この光景に僕は涙がとめどなく出てしまい、みんなの称賛に応えられない時間がゆっくりと過ぎている。すると、隣にいた塚谷が肘で僕を小突く。ぎこちないながらも、僕はなんとか手を上げて感謝を表した。僕が主役を演じられるように尽力してくれたすべての人が幸せになりますように、と心から祈りながら。

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