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路線バス運転士俳優山田ひろしの常識  作者: バスバスキヨキヨ


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贅沢な晩ごはんは、お好み焼き

「実は……」

 ちょうどその時、小野さんの携帯電話が鳴った。僕は自然と口をつぐむ。命拾いしたのかもしれない。いや、ただの延命だ。それはさておき、脇見運転はしたくないので小野さんを見れないが、気配で小野さんが携帯電話を眺めているのが分かった。まだまだ冷静に運転できている証拠だろう。

「マネージャーか。だから、携帯電話を預けときたかったのに」と言って、電話に出るのかと思いきや、小野さんが一向に出ようとしない。僕に遠慮でもしているのだろうか。

「電話に出ないの? 僕に気を使わなくても大丈夫だよ」

「そういうのじゃないんですけど。うーん、どうしようかな」

「何か問題でもあるの?」

「だって、ひろしさんとのデートを邪魔されたくないから」

「デートお? からかってないで、電話に出た方がいいんじゃない?」

「からかってないんだけど……」

「もしかしたら、さっきのシーンの事で何かがあったのかもしれないよ。それなら僕も関係があるだろうし」

「ひろしさんがそこまで言うなら」と言って、やっと小野さんは電話に出てくれた。僕は運転に集中する。それでも会話は聞こえてくるが。聞きとれた範囲では、小野さんが発したのは「おねがい?」と「ひろしさんに?」と「はいはい、分かりました」と「はい、お疲れさまです」とだけだ。そして電話を切ると、すぐに内容を僕に説明してくれた。

 なんでも、良い意味で予定が変わったらしい。僕と小野さんがトラックを乗り降りするシーンやトラックの中での会話のシーンは、明後日に他のシーンのついでに撮る予定だったから、それまではトラックを借りておくことになっていた。だけど、トラックを使うシーンは、今日まとめて撮れてしまった。なので、もう必要ないのだ。なのに、図体が大きいので邪魔だと。僕はトラックが少しかわいそうになった。

 それはそれとして、業者の人にトラックを取りに来てもらおうとしたら、急な変更なので人手がないからできないと言われたと。だけど、持ってきてくれるぶんには、対応してくれるようだ。それで、僕に白羽の矢が立つ。当然の成り行きだろう。

「まったくもう。ひろしさんを何だと思ってるのよ。ねえ、ひろしさん?」

「僕なら大丈夫。むしろ嬉しいくらいだよ」

「まあ、そう言うのが分かってたみたいですね。ご丁寧に住所と地図まで、もう送ってきてくれてるから、私がナビしますね」

 仕事は増えたが、僕にとっては趣味のようなものなので、全く嫌でもなんでもなかった。それに、この追加の仕事をきっかけに、さっきまで何の話をしていたのかうやむやになっているようで、安心もあったし。おそらく、僕が運転が上手な理由は、小野さんの頭から離れてくれただろう。

 身も心も無事に、業者の会社までトラックを運転してくると、小野さんのマネージャーらしき人が先に来て待ってくれていた。小野さんと僕と、それからもちろん塚谷を、送っていってくれるのだろう。小野さんだけを乗せて、そのまま帰るということはないと……信じよう。

 指定された場所にトラックを停めても、塚谷はまだ眠っていた。この期に及んでも、僕はなぜだか起こす気になれない。やはり昨日今日の塚谷の頑張りを目にしていたせいなのだけれど、それだけなのだろうか。愛おしい気持ちが出てきて、もう少し塚谷の寝顔を見ていたかったのかもしれない。

 しかし、いつまでもこのままというわけにはいかない。それでも僕は躊躇していると、気を利かせてくれたのか真意は分からないが、小野さんが塚谷に呼びかけてくれた。

「美樹ちゃーん、起きてー」

 塚谷は起きない。小野さんは、なぜか嬉しそうだ。

「美樹ちゃーん、ごはんだよー」

 塚谷が分かりやすいというのもあるが、小野さんは人を見る目があるのだろう。早くも塚谷の性格を知ってしまったようで、塚谷はあっさり目を覚ました。僕はと言えば、頑張って笑いを堪えている。

「うーん、おはようございます……って、なんで小野さんがいるのですか? ここはどこ? うーん、あっそうだ。私は、ひろしさんのせいで、トラックのこんな狭い所に押し込められて動かないように命令されたんだ。ひどいと思いませんか、小野さん?」

 もしかしたら、塚谷も僕と同じで寝起きは機嫌が悪いのだろうか。いや、塚谷云々ではなく、人間誰しも寝起きは機嫌が悪いのだ。

「いつまで寝ぼけてるの? 美樹のおかげもあって無事に撮影が終わったから、約束の贅沢な晩ごはんに行くよ。もちろん行くんでしょ?」

「行くに決まってるじゃないですか。だけど、寝起きの私の顔をそんなまじまじといつまでも見ないでください」

「はいはい。じゃあ、先に出てるから、気が済んだら早くトラックから降りてきてね」

 僕と小野さんがトラックから降りるとすぐに、塚谷は笑顔で降りてきた。いちいち変わり身の早い塚谷に突っ込むようなことはしない。塚谷の笑顔が伝染した僕と小野さんは、ただただ幸せな気分だったし。

「あれ? ここって、どこですか?」

「ああ、事情があって。ここは、トラックを貸してくれた業者の会社だよ」

「私たちは、どうやって帰れば? ああ、トラックに事務所の車を積んできたんですね」

「まさか。小野さんのマネージャーらしき人が迎えに来てくれてるよ。ついでに撮影拠点まで乗せていってもらおうよ」

「小野さん、本当ですか?」

「うん。一緒に乗っていってね」

「ありがとうございます。うちの山田ひろしが迷惑ばっかりかけて。そうだ。この後、お好み焼きを食べに行くんですけど、お礼にご馳走させてもらえないですか、小野さん?」

「ええー、私も行っていいの? 行きたい。いや、絶対に行く。ありがとう、美樹ちゃん」

「いえいえ、そんな。今日の成功は、小野さんの協力なしではありえなかったんだから。それに喜んでください。今日のお好み焼きは、豚とかイカだけじゃなくて、具材の全部乗せなんですよ。それが、ひろしさんの奢りだから、私たちは世界一の幸せ者になれますね」

 僕が贅沢な晩ごはんを食べたいと言ったので、もしたしたら高級フランス料理なんかもあると、内心ビクビクしていた。だけど、贅沢というのがお好み焼きで具材の全部乗せという方向に行って、安堵もあったが、それ以上に素直に嬉しかった。塚谷を抱きしめたい気分だ。

 なのに、塚谷はといえば、いつの間にか小野さんと腕を組んで本当の仲良し姉妹かのように歩いていた。誰とでもすぐに仲良くなれる塚谷を微笑ましく思う。思うが、嬉しい気分の僕と、塚谷を取られたのかと意味不明な嫉妬をしている僕が、共存していた。顔はものすごい笑顔だったけれども。

 そして、笑顔の3人が歩いていった先には、小野さんのマネージャーらしき人が待っていた。

「わざわざ迎えに来てもらって、本当にありがとうございます」

「いえ、そんな。監督に直々に頼まれたのもありますけど、私も何か役に立ちたいと思っていたので、喜んできましたよ。と言いたいところですけど、うちの小野を迎えに来ないといけなかったので、本当についでです。だからそんなに気にしないでください。それよりも、山田さんのおかげで、小野もそして私も最高の仕事ができました。ありがとうございます。あれっ? そちらの方は、もしかして山田さんのマネージャーの方では? どうも見かけないと思ったら、山田さんを迎えにきていたんですね」

「あ、いえ、話すと長くなるので。申し訳ないんですけど、うちの塚谷も一緒に乗せていっていただけませんか?」

「どうぞどうぞ。そのつもりで来たので、是非乗っていってください。行き先は、最初の撮影でいいですよね?」

「はい。ありがとうございます」

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