8・ご利益は僕に
「では、いただきます!」
食べ物を前に手を合わせて頭を下げるのが、ヒィズル式の食前の作法らしい。
僕を除いた皆がそうしていたので、見よう見まねで三人に倣って同じように頭を下げてみる。
────さあ、どうするロディ? ここからが正念場だぞ。
この際、ワイワーム汁だけは仕方がないとしても、ワイワーム団子だけは何がなんでも避けたい。
あの、首だけになり果てても足首に喰らい付こうとしていたワイワームのあの執念。あの生命力。
ああ、思い出しただけでも怖気が走る。
テーブルの上に乗った鍋料理からは、湯気と共に食欲を誘う香りが立ち昇り、添えられた春野菜の緑が目にも鮮やかで、見た目だけなら実に美味しそうに見える。
問題は材料なんだよ、材料。
それ、魔物なんだよ、魔物。
動いたら負け、みたいな気持ちで鉄鍋を睨んでいると、ヴィヴィがテキパキと鍋の中身を取り分け始めた。
その手際の良さ。さすが飲み屋のお姉さんをやっているだけの事はある。
「冷めないうちにどうぞ」
「あ、すいません」
美人に料理を取り分けてもらうというのも悪くないものだけど、冷めないうちに、と言われましても。
しかし、ヴィヴィとは初めて食事を共にするのだけども、これは大した健啖家っぷりだ。
とは言ってもガツガツ食い散らかす訳でもなく、具をお椀に掬っては淡々粛々と食べ進め、また静々と具を掬う。
それはもう、見惚れるようなお食事ぶりで、おかげで飛蛇鍋は、みるみる内に減っていく。
その大半をヴィヴィとヴェイロンで平らげてしまいそうなのだが、僕も全く手を付けない訳にはいかなそうである。
健気なことにイーリスが、ワイワームの肉団子を口にしたのである。
「お兄ちゃん、食べないの?」
その澄んだ目で見つめられてしまっては、僕だけが箸もつけずに逃げ切る訳にもいかない。
ちなみに箸というのはヒィズル地方で使われている二本の棒だけで構成されたシンプル極まりない食器で、上手く扱うには少々練習が必要だが、使い熟せれば中々便利な物である。
「懐かしいわぁ、この舌ざわり。私、この軟骨のコリッコリしている所が好きなのぉ」
ホフホフしながらヴィヴィは熱々の肉団子を口の中で丹念に転がし、こっくりと飲み込む。
その妙に官能的な一連の動作に、不本意ながらも、ついつい目を持っていかれてしまう。
なんだってこの女は、ただ食事をしているだけというのに、こんな感じになってしまうのだ?
才能か? そういう才能なのか? それとも僕の心が目が濁っているから、そんな風に見えてしまっているだけなのか?
「懐かしいって、ヴィヴィさんはヒィズルに行ったことでもあるんですか?」
邪念を振り払うため、ヒィズルの話にもっていく。そして、肉団子をスルーする為に汁だけ啜る。ヴィヴィからは「うふっ、ちょっとだけ、ねっ」と、思わせぶりなセリフが返ってきた。
……それにしても思いの外に美味いな、この汁。薄味なのに旨味が強く、穏やかな風味の底にコクが感じられるというか。
ただ、それでもクセのある独特なヒーズル風味に違いなく、グビグビ飲みたい、というほどではないけども。
「そういえば、イーリス。シェルはどうした? 居ないのか?」
「さっきまでお部屋にいたみたいなんだけど、シェルさん、お留守みたい」
「そっか、そいつは残念だ。あいつも飛蛇鍋、好きなのにな」
ヴェイロンとイーリスの間で、僕が『ウマ小屋』に来てから、まだ数える程しか姿を見ていない、引きこもりの駄エルフの話が交わされた。
なんだ、あの人もワイワーム鍋が好きなのか。となると、僕も長く『ウマ小屋』に住んでたら、そのうちヒィズル料理にハマってしまう日が来るのだろうか?
それはそれでゾっとしない話である。
「で、どうだ? ヴィヴィ。『竜石』は出そうか?」
「むふっ、まはひょっろわらんないわよ」
「そうか。結構デカかったから当たり引きそうな気がしたんだけどな」
「おふっ、ふぉんらりふぁんたんひ、りゅふへきふぁんてでなひわほ」
熱い肉団子をハフハフしているヴィヴィが、いったい何を言っているのか僕にはサッパリ聞き取れないが、どうやらヴェイロンにはしっかりと伝わっているらしい。
しかし、『竜石』とは何だろう? 聞きなれない単語だが、ドラゴンにまつわるヒィズルの言葉なのだろうか?
だとしたら、そいつはドラゴンマニアとして聞き捨てならない話である。
「あの、さっきから二人で何の話をしているんですか?」
「ああ、ヴィヴィは飛蛇鍋から竜石を探す名人でね。ああやって肉団子を口の中で転がして探すんだ」
ははぁ。あの卑猥な口の動きはそういうことだったのか。いや、それは置いといて、竜石とは何だろう?
「お前、竜石ってのはあれだよ。リエッダでは『シャード』って呼んでるドラゴンドロップだ」
「シャードが、ですか? ワイワームからシャードが採れたなんて話、聞いたことも無いですよ」
シャードとは大型個体のドラゴンの体内で生成される水晶に似た生体鉱物で、古来から竜の血が凝結し、結晶化した物と考えられいる。
その由来から一般的に『竜血晶』と呼ばれているが、民間ではその希少性と透明感のある美しさから『竜の落し物』とも呼ばれ、宝石としても珍重されている。
もしも本当にワイワームからシャードが採れたとしたら、それは魔物学上での一大発見になる。
もしかして、このワイワーム団子の中にもシャードが……
「ロディ、いっちゃいなよ」
はっ、として肉団子の入ったお椀から顔を上げると、ヴェイロンが聖女を誘惑する悪魔の像みたいな顔をして僕を見ている。
「いや、でも、僕は……」
この肉団子を食べるというのは、なんていうか、人としてというか、渡ってはならない向こう淵へと踏み出しちゃうような気がして……
「うふっ、美味しいわよぅ」
じゅるり。ヴィヴィの舌なめずりが聞こえた気がする。
「お兄ちゃん……お団子食べないの?」
イーリスとマネキネコが、揃って底の知れない洞穴みたいな空虚な目で僕を見ている。
4つの静かな視線が僕一人に集中しているのをビリビリ感じる
エルディンガー院長を始め、魔導院のお歴々を前にした卒業弁論でも、これほどのプレッシャーは感じなかった。
「あのっ、僕は……あの……」
ええい! 毒を食らわば酒までよ!
僕はヴェイロンがチビチビやってたグラスを奪った。
「あ、お前、それは」
非難の声が聞こえたが、気になんてしてられない。
酒をグイッと飲み干してから、箸で肉団子を摘み上げて口元に運んだ。
はあっはあっはあっ――――どこからか荒い呼吸音が聞こえてくると思ったら、それは自分の喉から出ているのだと気が付いて愕然とする。
意を決して、ワイワームの肉を骨ごと潰して団子にした物を口に運ぶ。
そうだ、心を無にするんだ。心を無にすることさえ出来れば、此の世の全ての出来事は僕の預かり知らぬ事象の彼方で起きているカルマでいて……
って、腹が立つほどに美味いんだよ、コレ。じわり、と豊かに溢れ出す肉汁。
炙った表面の香ばしさに調和するワイルドな肉肉しさ。
そして、歯と舌を楽しませてくれる、コリコリとした軟骨がりッ――――!?
何か硬い物を思いっきり奥歯で噛みしめてしまい、僕は慌てて掌の上に硬い異物を吐き出した。
「おっ、奥歯、欠けた!?」
掌に乗せた硬い物に目を凝らす。それは、欠けた歯では無く、ともすれば飲み込んでもおかしくない程の極小の石だった。
「これは? もしかして……」
ランプの光を受けて虹色に輝くその石は?
僕の掌の上に全員の目が一斉に注がれる
「間違いない。シャード、ですね」
一瞬静かになった後、わっと歓声が上がった。
「おっ! ロディ、大当たりだ!」
「わーい! お兄ちゃんすごーい!」
「いゃあん! 先にイクなんてズルいわ!」
盛り上がる皆の前で、調子に乗ってシェードを摘まんで掲げてみたら、笑いと拍手で返ってきた。
今まで食事は静かに取るのが常だったから、食卓を囲んで大騒ぎするなんて僕にとっては新鮮ことで。
でも、それはとても愉快なことで、それでいて心のどこかがくすぐったいようで。
「お兄ちゃん! イーリスにも見せて!」
シャード見たさに、両手でマネキネコを頭の上に掲げたイーリスが駆け寄ってきた。
「ちょっとイーリス。それ、陶器だから落としたら割れちゃうよ」
いまやすっかり彼女のお気に入りとなったマネキネコ。
右手を挙げてるのが幸運を。
左手を挙げているのが良き人を。
いずれかを招くのがマネキネコの御利益です、と平たい顔の店主が説明してくれたけど、それって僕から見て右なのか? それともマネキネコから見て左なのかな?
まあ、そんなのどっちでも良いか。
確かに御利益はあったみたいだし。
***ドラゴンマニアは調べたい 第1話・終わり***
第1話の最後まで読んでいただき、感謝です!
ひとまず第一部にあたる『北方リエッダ編』のプロットは上がっていますので、書ききれるように頑張ります。
また、この作品は個人的には習作と思って書いていますので、感想・コメント以外にも、批評やアドバイスも喜んで受け付けております。
下手クソを鍛えるやる気持ちで、どうぞ宜しくお願い致します。




