15・暗殺者
魔法の短剣は? いや……これで一人の足を止めるくらいは出来るかもしれないけど、少なく見ても10人はいる覆面の男たちを相手に、こんな小さな短剣一本が何の役に立つんだ?
他に武器になりそうな物はないか? 水筒、薬袋、魔物解体キット……あとはレイクサーペントを捕らえるのに使おうと思っていた、『風鳴竜』の浮袋から作った投網くらいだ。
ウインドドラゴンは翼を使って空を飛ぶのではなく、体内に発生したガスを浮袋に溜めてプカプカと宙に浮くのだけど、その収縮性に富んだ浮袋は、しっかり洗って脂肪と肉を落とすと網目状の繊維質だけが残る。さらにそれを数日掛けてよく乾かすと、掌サイズまで小さくなるのに、広げれば部屋いっぱいにまで広がる網になるんだ。
ウインドドラゴンの浮袋から作られた便利で丈夫なその網は、昔きら漁師の間では『竜網』と呼ばれ、重宝されているのだ。
「魔法の短剣と丈夫な網……」
「何をブツブツ言ってんだ。ほれ、詠唱を始めるぞ」
「ナラハト、この短剣を狙ってカミナリ落として!」
「はあ? そんな事したらお前に当たるぞ」
訝しがるナラハトを無視して短剣の柄頭に投網を絡み付け、ついでに飲み水をブッかけた。こうすれば、より電撃が通りやすくなるだろう。
さあ、狙いはどうする? 文字通り一網打尽を狙いたい。よし、真ん中にいるアイツに決めた。
長々と説明しているヒマはないが、ナラハトなら長年の付き合いで分かってくれるはず!
「シュッと投げるとブワッと広がるの! 分かった? 分かったよね?」
「さっぱり意味分からんけど、ここはお前を信じるとする」
ナラハトは半笑いで、それでも力強くうなづいて魔法詠唱を始めた。
するとその動きを早くも察したか、男たちの中から声が上がる。
「魔法が来るぞ! 詠唱が終わる前に取り押さえろ!!」
状況の分析と判断が早い。感心している場合ではないけど、そこはさすがにプロの犯罪者集団だ。
だけど、こっちだってプロの魔法使いとプロの研究者……魔術科の逸材と魔物学科の俊英だ。
お前らの常識を超えた物を見せてやる。
「急げ! ナラハトを止めろ!」
雄たけびを上げ、覆面男たちがナラハト目掛けて殺到する!
だけど、それこそが僕の狙い目だ。
「ロディ、いつでも撃てるぞ!」
ヴァイオラの杖にはめ込まれたシャードが強い輝きを放つ。
「ナラハト! これにブチかまして!」
僕は投網を取り付けた短剣を見せつけた。当然、ナラハトは”なんだそれ”的に眉をしかめる。
「どうなっても知らんからな!」
武器を振り上げた男たちが飛び掛かってくる直前、僕は狙いを定めて魔法の短剣を放った。
まるで尻尾のように投網を引きずりながら、短剣は集団の真ん中にいた男の足に突き刺った。そして、その後を追うように網が広がり――――
ドドォオン!!
凄まじい雷光、一瞬遅れて轟音!!
杖の先から放たれた雷撃は短剣を直撃し、竜網に伝わった。視界いっぱいに紫の電光が走る!
凄まじい雷撃の威力に男たちの殆どが地面に倒れ伏したものの、運よく直撃から免れた数人が、倒れる仲間を踏み越えて逃げていくのが見えた。
「これに懲りたら二度と来るんじゃないぞ!」
逃げ去る背中にナラハトが声を掛けたその時、男たちが消えた闇の向こうから激しい水音とくぐもった悲鳴が聞こえてきた。
「なに、今の?」
思わずナラハトに声を掛けると、彼は暗闇に向こうへと、じっと目を凝らしていた。
「ロディ、こいつはアレだ。お目当てのが出たぞ」
僕はランタンを高く掲げて、闇を照らし出してみた。
すると、夜明け間近の薄闇の中、何やら大きな生物がうごめくのが見えた。
「レイクサーペントだ……」
レイクサーペントは先日鍋にしたワイワームの近縁種だが、ワイワームが『空飛ぶ蛇』と形容されるのなら、レイクサーペントは単なる大蛇だ。ただし、大蛇は大蛇でも規格外の大蛇だ。
その大きさを手近なもので例えるのなら、そこに生えてる立ち木ほどにもなる。
ワイワームが成人男性を飲み込んだ記録があるが、レイクサーペントは成人どころか成牛すら丸飲みにするんだ。しかも、動くものには見境なく喰らい付く習性があるので、迂闊にテリトリーに侵入すると熟練の冒険者でも危険だという。
だが、レイクサーペントの恐ろしさは、その大きさや貪欲な食欲だけではない。
全身を覆う灰色や茶色かかったウロコは、湖畔の風景に溶け込むように馴染んでしまう。しかも、しなやかな巨体は静穏性が高く、その強力な毒牙でもって獲物を声も出させずに仕留めるのだ。
「レイクサーペントって、群れるのか?」
「いや、交尾の時期以外は単独で行動するんだ」
「なら話は簡単だな」
ナラハトが囁くように詠唱を始めると、杖の先に手毬ほどの大きさの雷球が発生した。目を細めないと直視出来ない眩しさだ。手をかざして光を遮っていると、間を置かずに次の雷球が生み出されていく。
杖を振ってポンポンと光る玉を作り出すその姿は、傍目には楽し気にも見えるのだけど、そこらに漂う雷球は触れただけで人一人が黒焦げになるほどの凶悪な威力をもつ。しかも、並の術者なら3つも発生させれば上出来と聞く雷球が、合わせて5つも出現した。
次第に辺りは雷球によって、真昼のように明るく照らし出されてきた……って?
「ちょっ――――!?」
僕は思わず息を飲んだ。ナラハトの実力に、では無い。
指揮者よろしく杖を振るうナラハトの背後に、それこそ立ち木のようにレイクサーペントが鎌首を持ち上げていたからだ。
ぬらぬらと光り蠢くウロコ。柱のように太い胴体。巨大な顎から覗く、ちょっとした短剣ほどもある2本の毒牙。本能的な恐怖に声も出ない。
あんぐりと大きく顎を開き、レイクサーペントはナラハトの頭にかぶりつく!
「なっ、ナラハト!」
友の名を叫ぶのでやっとだ。
それなのにナラハトは、涼しい顔をしたままヴァイオラの杖を高く掲げた。曲の終わりを告げるように。
すると、中空をクラゲのように漂っていた雷球が、何かの意志が宿ったかのように鋭い動きを見せてレイクサーペントに襲い掛かった!
絶え間ない激しい雷光に合わせて、ドンドンドン、と胃がでんぐり返るような破裂音が鳴り響く。
「やっ、やりすぎだよ!」
これじゃあ毒牙の回収どころの騒ぎじゃないよ!!
全てが収まって湖畔が静かな夜明けを迎えると、そこには酷い惨状が広がっていた。
地面には大きな穴が幾つも空いていて、バラバラになったレイクサーペントの肉塊が、そこかしこに散らばっている。
覆面の男たちは? どこに行ってしまったのだろうか。まるで夜明けとともに灰にでもなってしまったかのように姿を消していた。
「身元が知れたらマズいんだよ。ああいう連中はね」
僕の疑問にナラハトが答えてくれた。
「それは良かったアンデッドじゃなかったんだね~って、おい!」
「おう、いきなりどうした?」
「いきなりどうした、じゃないよ! どうするんだよ!? こんなにバラバラにしちゃって!」
「いや、大丈夫だろ。ほれ、そこ」
ヴァイオラの杖で指した先に目を向けると、巨大な蛇のそれにも似たレイクサーペントの頭部だけが辛うじて原型を留めて転がっていた。
器用な真似を……そう思いながら、未だにくすぶる煙を上げている頭部に近づく。
なんだかなー。なんかもう、こうなってしまうと恐ろしさも何も感じない。不気味といえば不気味なだけなんだけど、そんなのはもう解剖実験で慣れに慣れている。
「さて、始めるか」
そっくり残った頭部のそばに座り込んで毒牙を引き抜きに掛かる。
気を付けたいポイントは毒液腺から繋がった”毒液溜まり”、それが牙の内部にあるんだ。その存在を知らずに引き抜くと、毒液が飛び散って辺り一面が大変な事になるのだけれど、僕にとってこんな作業は朝飯前だ。ほら、一本抜けた。
「さすが。上手いもんだ」
いつの間にか傍で見ていたナラハトに、ちょっと持ってて、と抜いた毒牙を渡す。
「素手で触って大丈夫なのか?」
「うん、牙の先にだけ気を付ければ平気だよ」
「何かコレ、思っていたよりデカくて怖いな」
湾曲した白い牙は、鍛えられたナラハトの外見と相まって暗殺用の短剣みたいに見える。
「なあロディ。この牙も、やっぱりヤバいのか?」
「まあね。毒液腺から切り離されているとはいえ、毒液は牙の中にも残っているからね」
そう答えて、もう一本の毒牙の引き抜きに掛かると、ナラハトは屈むようにして僕の作業を見物し始めた。
なんだろう? 魔物の解体でも覚えたいのだろうか?
「なあ、レイクサーペントの毒って、喰らうとどうなっちまうんだったっけ?」
「そうだね。一度に大量に血中に入ると心臓が止まってしまうのだけど、神経毒だから……」
説明を終えない内に、首筋にチクリ、とした痛みを覚えた。
「あれ? か、身体が――――」
慌てて振り向くと、ブレる視界に困ったような、悲しいようなナラハトの顔が二重に映った。
「ナラハト……なんで、こんな、ことを……レイク、サーペントの、毒は……」
「悪いなロディ。オレにはこんな方法しか思い付かなかったんだよ」




