14・襲撃者
僕が足を止めると、ナラハトも同じように立ち止まった。
すぐには言葉が出て来ない。目と鼻の先にある湖から聞こえてくる水音だけが、妙に耳に付いた。
じいから"もしもの時に"と渡されている短剣をさり気なく手で探る。見た目は普通の短剣に見えるけど、投げつけると初撃だけは狙った場所に必ず当たるという魔法の短剣だ。
「”ロディ”なんて名前、それほど珍しくはないと思うのだけど」
動揺を悟られまいと努めて明るい口調を装うと、ナラハトは「な〜んだ」と、つまらなそうな顔をした。
「カマかけたんだけど、引っ掛からなかったか」
「性格悪いなあ。まあ知ってたけど」
「実の名はロディアスとかロディオニウスとかカッコ良くない? あとメロディなんかもアリ?」
「メロディは女の子の名前じゃないか」
ツッこむと、ナラハトはさも愉快そうに「ロディギガンテとかロディダラオスとか」と、飽きもせずに同じネタを続けてきた。
「もう、いい加減しつこいよ」
「まあ、そういうなよ。クローディス」
今度こそ口から心臓が飛び出そうになった。
「どうした? 当たっちゃったか?」
今こそ魔法の短剣を抜き放った。
「ナラハト……君は何を、どこまで知っているんだ?」
短剣を突きつけられているにも関わらず、ナラハトは慌てるどころか妙に冷めた目で剣先を見つめている。
「クラウディア女王が一人で火竜を倒したってのはさ、ちょうど今から10年前でね」
ナラハトは、ヴァイオラの杖をずい、と僕に向けてきた。
「その時、どうも幼い男の子が巻き込まれたらしいんだよ。その子の名前がクローディス、ってね」
「君は何でそんな事まで知っている?」
「オレの周りには、頼んでもないのに色々と教えてくれるお節介が沢山いてね。ところでロディ」
僕に向けられたヴァイオラの杖が、チリチリと音を立てて放電を始めた。
「命を狙われた事って、ある?」
「……脅しのつもりか」
「あるの? ないの?」
「覚えはあるけど、襲われた事はない」
そう口にした途端、ヴァイオラの杖から稲妻が迸った!
あまりに突然だったので、避けるどころか身を守る余裕も無い。
いつか、こんな風に命を狙われる日が来るのではないかと恐れていたのがまさか今日で、しかも親友と信じていた男に僕は殺されるのか。どうせだったらドラゴンに殺されるのが希望だったのだけど、ヴァイオラの雷撃で死ねるのなら、それはそれで狙い通りとも言えるだろうか……
って、絶命するまでの時間というのは意外に長いものなんだね。ワイワームに襲われた時の方が、よっぽど死を覚悟したものだけど。ああ、そうか。雷撃で死ぬというのは、こういう感じなのか。誰かが言っていたな。”死ぬ以外は何でも良い経験”って。なんだ、死んでみるのも良い経験ではないか。
「ロディ、ボケっとするなよ」
切迫した声に目を開けると、頭上を走る雷光が、まるで傘のよう広がって僕らを覆っていた。
「次の矢が来るぞ。雷壁の魔法はそれほど長くは展開できないからな」
「矢? 矢って?」
「矢は矢だよ。ほら来た!」
空気を裂く音が聞こえた直後、暗がりから何かが飛んできた!
ちっ、とナラハトが舌打ちして杖を翳すと、飛翔体は新たに展開した雷の傘に阻まれて地面に落ちた。
「どこの誰だか知らないが、こんなんじゃラチが開かないぞ。出てこい!!」
ナラハトが闇に向かって声を上げると、闇から抜け出てきたように数人、いや、数十人の男が姿を現した。
覆面を被ったうえに全身黒づくめの出で立ちからしても、まともな目的を持った集団とは思えない。
そんな正体の知れない不気味な男たちに向かって、ナラハトが大声出して問いかけた。
「なんだ、お前ら? 揃いの服なんか着て……さては早朝お散歩サークルだな」
お散歩サークルは、人に向けて矢を放ってきたりしないでしょ。
と、心の中でツッこみを入れておく。
「オルセニク・セパニ・ケ、ユガ・ナラハト」
イシュラッド語? 幸い僕は学院で学んでいたのでイシュラッドの日常会話くらいは聞き取れる。
”お前はユガ・ナラハトだな”と、黒づくめの男は確かに口にしていた。
覆面で顔は分からないけど、男たちはその筋肉質な体つきからしてもイシュラッド人だと思われる。
「オレ狙いだったのかよ……つまんねえな」
ナラハトは凄く残念そうな顔をした。
どういう意味だよ? 僕が狙われた方が面白かった、って言いたいのか!?
だが、ナラハトに文句をつける前に、黒服の男たちが手に手に武器を取り出した。
「ようやく見つけたぞ、ユガ家の御曹司」
「ははっ、オレってつくづく人気者だな。で、どこでバレたの?」
「風呂で派手に暴れてくれたからな」
「ああ……ちょっと髭を剃るのが早すぎたか。せっかく変装してたのに」
あの髭は、舐められないようにする為だけじゃなく、身バレを防ぐ意味もあったのか。
「ユガ家の者よ。降伏するなら命は助けてやる。どうだ?」
覆面の男の表情は読み取れないが、いかにも場慣れしている感じはバンバン伝わってくる。
プロの誘拐集団……それともズバリ、プロの暗殺集団だろうか。
なのに、そんな剣呑な男たちを前に、ナラハトは恐れを見せないどころか悪態まで吐き始めた。
「なに? 命じゃなくて身代金狙いなの? だったら小銭やるから帰ってくんない? オレたち、これからお仕事で忙しいのよ」
「ちょっとナラハト、あんまり刺激しない方が……」
小声でいうと、ナラハトも小声で返してきた。
「ロディ、今から一発派手なカミナリを落とすから、その隙に逃げろ」
「そんな……ナラハトは?」
「オレ一人ならどうにかなるけど、お前を守りながらでは、ちっと荷が重いかな」
オレって、ひ弱な魔法使いなのよ。と、ナラハトは首をすくめる。
いくら強力な魔法が使えるナラハトといえども、この人数に囲まれてしまってはどうにも分が悪い。
それに彼が得意とする雷撃魔法は単体攻撃魔法としては最高の威力を誇るとはいえ、広範囲に放つと威力が落ちる上に狙いが絞りにくくなる、という難点がある。だからナラハトは、強力な雷撃魔法を目くらましにして僕を逃がすつもりなんだ。
「ほら、準備はいいか?」
よーいドン! と、でも言いだしそうな顔をしてナラハトは笑う。
「うん……」
うなずいたものの、本当にそれでいいのか?
僕は弱虫だし、剣も魔法も使えない、ただのひ弱な研究者だ。あんな狂暴そうな男たち相手に、僕なんかじゃ何の足しにもならないのは分かっている。むしろ足手まといになりかねない。
だったら助けでも呼んだ方が……いや、まだ夜も明け切らないような早朝に、しかも城から離れたこんな場所に都合よく人なんて通りかかるはずもない。
でも、ナラハトは数少ない気の合う友だちだ。友だちを差し出して自分だけが逃げるなんて、絶対に後悔するに決まってる。
こんな僕でも何か……何か出来ることがあるはずだ。




