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13・失ったものは

「何が言いたい?」

「知った以上は関わることになる」

「それはズルいよ。伏せて良い答えは一つだけの約束だよ」

「すまないが、こればかりは冗談抜きだ」

「そんな風に言われると、ますます興味が湧くね」


 しつこく食い下がると、ナラハトの顔に何とも言えない複雑な表情が浮かんだ。それは苦笑いか、呆れ笑いか。


「これは裏を取っていない話だから、信じるかどうかはお前次第だからな」

「信じるかどうかは、話を聞いてから僕が決める」


 僕がきっぱりと言い返すと、ナラハトは意識的にそうしたのか、声をワントーン落としてボソボソと話し始めた。


「リエッダ軍の総攻撃でナァルが討ち取られた後、シャードがどこに行っちまったか、お前は知ってるか?」

「ナァルの断末魔に触発された火竜山の噴火に巻き込まれて、シャードどころか戦死者の遺体の収容すら、ままならなかったと聞いているけど」

「それがな、人知れずシャードの回収は済んでいるというんだよ」

「まさか。そんな話は聞いた事ないよ。じゃあ、焔竜王のシャードは今どこにあるの?」

「それは……」


 ナラハトは、ほんの一瞬だけ言い及んだ。


「女王だ」


 まさか、と思ったが、驚きのあまりに”まさか”の声も出ない。


「ナァルのシャードは、クラウディア女王の手中にある」

「……女王陛下は、シャードで何を?」


 「誰から聞いた?」とか「どこで聞いた?」と聞くべきだけど、僕が一番知りたいのは、それだ。

 だけど、ナラハトは首を振るだけだった。


「これから何か始めるのかも知れないし、すでに何かを始めているのかも知れない」

「さっき、”裏を取っていない”といったな。そんな、あやふやな情報を君は信じているのか?」

「信じるも信じないも、オレがザナドゥに勧誘されたときに最初に聞かされたのが”それ”だから」

「どういう事?」

「女王が四元竜のシャードを揃えようとしている。それが残るクオテリオンが目覚めるきっかけになった、と……」


 ボソボソと話していたナラハトが、そこで急に声の調子を戻した。


「ま、その話の信憑性はともかく、オレ一人で調査をするよりもさ、話に乗っかってザナドゥに入った方が効率が良いだろうと思ってね。さあ、オレの話はここまでだ」


 次はお前の話だぞ~、とナラハトは指で僕の頬をグリグリしてきた。

 やめろって。何だよ、そのノリは。


「そんな凄い話を聞いた後では、僕が左腕をドラゴンに食べられた話なんて単なる思い出話だよ。それでも良いの?」


 いまだ残る動揺を悟られないように少し歩調を速めてみると、ナラハトは「いいよいいよ」と笑いながら付いてきた。

 

「僕の父は結構な権力者でね。でも、僕はその跡取りとかではなくて、有体に言えば隠し子だったんだ。跡取りに何かあった時のスペアみたいな物で」

「イシュラッドでも良くある話だ」


 相変わらず気安い調子のナラハト。

 僕が気まずくならないように合いの手を入れてくれたのだろう。


「それでも屋敷で良い暮らしをさせてくれたし、教育も受けさせて貰えた。そして僕が8歳か9歳の頃かな。生け捕りにされた火竜がリエッダに運ばれてきたんだ」


 僕は言葉を選びながら、それでも嘘にはならないように話を進めた。


 *


 ほら、それくらいの年頃の男の子って、ドラゴンにハマるよね。

 ”ぼくのかんがえたさいきょうのドラゴン!”みたいな。

 だから、「ドラゴンが生け捕りにされた」と、大人が話し合っているのを聞いたら、本物を見てみたくって、たまらなくなったんだ。

 そこで、じいに「ドラゴンを見に行きたい!」と、お願いしたら……ああ、”じい”は祖父じゃなくて、執事をそう呼んでいたんだけど、じいは今まで僕のいうことだったら何だって聞いてくれていたのに「それは駄目です」と怖い顔をされて。


 それでもドラゴンが見たかった僕は、年の離れた優しい姉さ……姉にお願いして夜中にこっそりとドラゴンが捕らえられている建物に忍び込んだんだ。


 初めて見たドラゴンは、とにかく大きかった。牛や馬なんて目じゃない。ただ、魔物学を学んだ今となっては、あれは火竜の中でも小型な個体だったと思う。


 でもあの時は、あんなに大きな生物を見ることが初めてだったせいか、とてつもなく大きく感じたんだ。それだけに現実感がなくてね。眠っているのか死んでいるのかも分からない、船の錨を吊るすような太い鎖でグルグル巻きにされたドラゴンに不用意に近づいてしまったんだ。


 間近で見た火竜(レッドドラゴン)の威容に、僕は圧倒された。そして、魅了された。

 子供の頃はレッドドラゴンが一番好きだったんだ。だって、最もドラゴンらしいドラゴンでしょ?


 近寄ってから分かったんだけど、ドラゴンの全身には無数に槍が突き立っていて、それはまるでドラゴンから生えているトゲのようにも見えたんだ。そして、そこから赤黒い血がダラダラと流れ出ていてね。だから、その真っ赤なウロコは元から赤いのか、それとも流れる血液で赤く見えているのか? 僕はもっと近づいて、触れて確かめたくなった。


 そうして僕は、不安がる姉の止める声も聞かず、ドラゴンに手を伸ばしたんだ。


 そこから後のことは良く覚えていない。覚えているのは辺り一面が火の海になったのと、凄く痛かったことくらいかな。

 目が覚めたら病院で手当てを受けていて、左腕が無くなっているのに気が付いたのもベッドの上だったよ。

 見舞いに来てくれたのも、じいだけだった。

 あの後、ドラゴンは軍部が始末した、とじいが教えてくれたのだけど、姉の安否については、じいは首を振ることも頷くことも無く、ただ固く口を閉ざしたままだった。

 そうして僕は、ひとまず傷が癒えて退院したのと同時に魔導学院に入学したんだ。

 事件をきっかけに勘当された、というか、元々いなかった者として処分されたんだ。


 *

 

「これが、僕が左腕を無くした時の思い出話だよ」

「そうか……お前も色々あったんだな。ありがとなロディ、話してくれて」


 珍しく殊勝なセリフに、ちょっと胸がジンとする。


「それでお前の姉ちゃんって、美人だった?」


 またそれか。僕の感動を返せ。


「その頃の僕は世界で一番綺麗だと思ってたよ」

「ほほう。世界一とは大きく出たな。ま、ロディは男にしてはキレイな顔をしてっから、お前の姉ちゃんなら良い線いってそうだよな」

「良い線なんてもんじゃないよ。本当の本当に綺麗なんだ」

「そりゃあ、ますます興味が湧いてきたな。じゃあさ、姉さんの名前は?」

「姉の名前なんて聞いてどうするの」


 ……と言い終えて、思わず息を飲んだ。

 相変わらず笑顔を浮べているだけのナラハトから、異様な圧力を感じたからだ。


「なあ、お前の姐さんの名前は何ていうんだ? 教えてくれよ。世界一の美人を遠目からで良いから一遍、見てみたいんだ」

「それは、言えない。ほっ、ほら、妾の子が弟なんて知れたら世間体が悪いだろ。姉に迷惑が掛かる」

「なるほど。話のスジは通っているな」

「僕が伏せるのは姉の名前にしとく」

「ああ、良いよ。それで」


 良かった。思っていたよりも、あっさり引き下がった。

 だがナラハトは、僕の甘い考えを見透かしていたように二の矢を放ってきた。


「じゃあ、姉ちゃんの代わりに、お前の名前を教えてくれよ」

「は? 今さら何を言ってんだよ? 僕はロディ……」

「いいから本当の名前を教えてくれよ。ロディは愛称なんだろ? なあ、ロディ・セリア」

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