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9・喰えない男

「で、髭はともかくとして、刺青に関しては入れたというか、入れられたというか」

「刺青を入れられた!? 刺青入れられたって、何か悪い事でもしたの?」

「悪い事って、お前……刺青に悪いイメージしか持っていない人だな」

「まあ、ねぇ。だって刺青というのは……」


 大昔には、ご主人様が奴隷に対して所有物の証として入れたり、悪事を働いた者の目印として入れたりしていたようだが、近年ではイキがってる若者が見せびらかす為に刺青を入れている感がある。


 ところがナラハトの返事は、考えてみれば至極もっともな答えだった。


「冒険者なんてやってたら、どこの誰だか分からないような死体になっちまうケースもあるだろ? だから、顔を潰されようがバラバラ死体に成り果てようが、刺青で誰だか分かるようにしてる、って事さ」


 顔を潰される、の下りで、ワイワームが顔面を目掛けて飛んできたのを思い出した。


 確かにあの一撃で顔を食いちぎられていたら、転がる顔の無い死体がどこの誰なのか確認するのは難しいかも知れない。

 僕の場合は義腕が身元の証明になるだろうけど……


「ああ、そうか」

 

 仮に命を落としたとしても、そうやって認識票代わりとして刺青を入れておけば、身元不明の死体になる不幸だけは避けられるということか。刺青にはそういう役割もあったんだ。


「なんか……ごめん」

「気にすんな。勉強になって良かったじゃないか。で、オレのこれは、所属していた冒険者グループの頭文字でね」


 これね、とナラハトは刺青の入った首筋をペシペシ叩いた。


「頭文字なの? 僕は蝶だと思ったよ」

「確かに蝶にも見えるよな。でもこれは”X”、『XANADU(ザナドゥ)』の頭文字だ」

「ザナドゥ? 不思議な響きの言葉だね。地名? 人名?」

「さあな。でも結構、昔っからある組織らしいけどね」


 ザナドゥ……何だろう? どこかで聞いたような単語だけど。


「でも、そんな刺青をするってことは、身元不明の死体になりかねないような危ないクエストに挑戦していた、ってこと?」

「そうだな。やっぱドラゴンの調査ってのは……っと、口が滑った。忘れてくれ」

「ナラハトっ! 今、ドラゴンの調査と言ったのか!?」


 国家やそれに準ずる上位機関が認めた場合を除き、調査も含めてドラゴンには手出しをしてはならない。

 それはリエッダ王国のみならず、全ての国家間で取り交わされたユーラスティア大陸の平和と安定のための協定でもある。


「いくら友だちでも看過出来ないこともあるぞ! 僕が魔導院の人間だって知っているだろう!」

「大きな声出すなって。密漁だとかだ、悪い事をしたんじゃないんだ」

「どこの誰の依頼で竜の調査をした!? 言えよナラハト!!」

「ロディ、大人になれ。世の中ってのは、お前が思っているほど単純には出来ていないんだよ」

「何が言いたい! 僕が子供だと言いたいのか!?」

「ロディ、風呂で頭に血ィ上らせたら、ホントの意味でのぼせるぞ」

「そうやって、また僕を煙に巻こうとする!」

「分かった分かった。ちゃんと説明するから落ち着けって」


 とりあえず落ち着け、とナラハトが両手で制してきた時、背後から「このやろう!」と野太い怒鳴り声が上がった。


 てっきり僕が大声で喚いたのを咎められたとばかりに思っていたら、屈強な体つきをしたイシュラッド人の男二人が、今にも殴り合いになりそうな距離でにらみ合っているではないか。

 

「ほらな。のぼせると、ああなるんだぞ。よく見とけよ」

「何処に行くんだ!? 待て、まだ話は終わってない!」

「はいはいは〜い。オレの憩いの場を荒らさないで下さいませんか〜?」


 ナラハトは飄々とした足取りで、どう見ても堅気では無い二人の間に割って入った。


「何だ? てめえは!?」

「関係無ェヤツはスっ込んでろや!」


 肝の小さい人ならば震えあがってしまいそうな柄の悪さだ。 

 ただ、二人の男の身体に走る無数の傷から察するに、彼らは単なるゴロツキではなさそうだ。


「ほら~おっきな声出したら周りのお客さんに迷惑ですよ~」


 へらへらした態度で二人の男を宥めながら、ナラハトはチラリと視線を寄こしてきた。何だよ、当てつけのつもりか。


「んだぁ? てめえェ、舐めてんのか!」

「お前から先にブッ殺してやろうかぁ!」


 古典的ともいえるセリフを吐きながら、男たちは二人同時に拳を構えた。

 堂に入ったその構えは付け焼き刃では無い、正規の訓練を受けた格闘家の身のこなしだ。


 だがその時、僕は妙なことに気が付いた。二人の男の刺青だ。


 刺青を入れていることが妙なのではない。むしろ、この浴場では刺青を入れていない人の方が珍しいくらいだ。

 僕が気になったのは、二人の肩に入っている爪を広げた鷹だか鷲だかの刺青だ。お揃いとまでは言わないけれども、そのデザインは共に似通っているように見える。


 偶然にしても、これは……?


 僕の疑念をよそに、男たちは待ったなしでナラハトに殴りかかりそうだ。

 そして絶体絶命なナラハトといえば、二人組に挟まれながら何やらブツブツと小声で呟いている。

 まさか、この期に及んでの命乞いの言葉の言葉なワケは……って?

 

「魔法詠唱!? こんなところで、あいつ!!」


 ナラハトめ、どんだけ法を破るつもりなんだ! 

 街中で攻撃魔法を使うのは御法度だぞ!!


 炸裂するのは床を穿つ雷球か!?  

 壁に穴を空けるような雷撃か!?

 

 だが、魔法の完成より早く、二人の男の拳が同時にナラハトの顔面を襲う! 

 交錯するクロスカウンターみたいなパンチをド真ん中で喰らったら、顔面グシャグシャになるどころか、下手したら殺されてしまう!!


「避けろ、ナラハト!」


 僕の叫びも空しく、端正な顔面は唸る拳にサンドウィッチにされて――――っ!?

 死んだと思ったナラハトは、左右から襲い来る拳を涼しい顔をして掌で受け止めていた。


「自由が過ぎますよ。お客さん」


 ナラハトの両腕に紫色の雷光が走る。詠唱完了……魔法の完成だ。

 パンチを受け止めた掌からパリパリッと音を立てて紫電が伝わった途端、屈強な二人組は力が抜けたようにヘナヘナと床に座り込んでしまった。


「これが大人のスマートなやり方だよ、ロディ」


 腰に手を当てて余裕たっぷりに笑うナラハト。だが、〇〇〇丸出しでカッコつける彼の背後から、ケンカ騒ぎを聞きつけた従業員たちが走ってくるのが見えた。


 これはマズい。リエッダでは市民同士のケンカは両成敗、と定められているのだけれど、ナラハトが何かしらの攻撃的な魔法を行使したのは間違いない。このままでは軍警察に突き出されて、最悪の場合はリエッダから追放だ。


 だが、逃げようにも出入り口は一つだけ。

 僕とナラハトは刺青の男ともども、手に手に凶悪なデザインの棍棒を握った従業員たちに囲まれてしまった。


「どどど、どうしようナラハト……」


 僕らを取り囲む従業員たちの見てくれは、揃いのユルい制服を着ている以外、そこで伸びてる刺青男たち大して変わらない。

 改めて説明しよう。ここは従業員ですら堅気には見えないということだ。


「困ったことをしてくれましたね。お客さん」


 従業員の中からリーダーらしき一際体格の良い男が進み出てきて、手にした棍棒で床をコツコツと(つつ)いた。抑制の効いた低い声、というかドスの聞いた声からは、刺青の男たちとはまた違った種類の怖さを覚える。


 そっ、その恐ろし気なトゲトゲの生えた棒で、リーダーは僕らをどうするつもりなのだろうか……


 これから我が身に降りかかであろう不幸に(おのの)いていると、どういうなのか? リーダーは「お久しぶりでございます」と、ナラハトの前に膝を突いたではないか。


「お怪我はございませんか、若様」

「ああ、問題ないよ。ほら、のぼせたお客様を医務室にお運びしろ。くれぐれも丁重に、な」

「かしこまりました。くれぐれも、丁重に」

 

 意味ありげな笑みを浮かべてリーダーが下がると、従業員たちは潮が引くように去っていった。

 気が付いた時には、床に転がっていたはずの刺青の二人組も居なくなっていた。

 怖い……ただ単純に怖いよ。


「ナラハト……これは一体どういうこと?」

「どういうこと、って見たまんまさ」

「説明になっていないよ」

「説明って言われてもなあ。ここのオーナーとして、湯あたりしたお客様の救護にあたっただけだよ」

「え? オーナーって?」

「あれ? リエッダじゃ、オーナーって言わないか? じゃあ、所有者って言い直しとく」

「所有者……?」

「さっき言っただろ。ここはオレの憩いの場だって」


 ナラハトめ……どこまでも喰えない奴だ。

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