10・湖畔にて
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ナラハトは、僕に大人になれ、という。
ヴェイロンは僕のことを子供扱いする。
ナラハトは、法を破ってでもスマートに問題を解決するのが大人のやり方だという。
そしてヴェイロンは、その圧倒的な戦闘能力でもって問題を解決してしまう。
では、金も力も、ついでに大人の自覚も持っていない僕は、どうやって問題を解決したら良いのだろう?
ナラハトは「時には法を破るのも必要だ」、なんて言っていたけど、法というのは"力ある者"の暴走を防ぐために作られた装置だと僕は信じている。
リエッダの汚点となるので大っぴらには語られないが、大陸北部を焼き尽くした『焔竜禍』は、先代のリエッダ王が『焔竜王ナァル』のシャードを求めて軍部を動かした挙句に起きた大惨事だ。
その反省と教訓を元に、”竜に手を出すな”という法が定められたんだ。
金・力・権力……この世には様々な”力”があるけれども、力ある者こそが法を守り従わなければ、この世界はいわゆる”有力者”のやりたい放題になってしまうではないか。
それでも法を破るのが大人のやり方なのか?
それが理解出来ないから、僕は子供なのか?
僕はあの時、好奇心が抑えられなくて竜に触れた。そして僕は罰を受けて左腕を喰われた。
では、僕を守った姉様は? 彼女は何の法に触れて罰を受けたというんだ。
法とは何だ?
大人になるとは?
だったらあいつは何なんだ!?
法を破っておいて何がスマートな大人なやり方だ!!
……寝られん!
ベッドに入ると考え事をしてしまうのは僕の悪い癖だけど、2日連続の睡眠不足はキツいぞ。
ロディよ、今はもう何もかも忘れて眠るのだ。
そうだ、全てを忘却の彼岸へと押しやってしまえば人間なんてただ一筋の葦と変わらず人間とは考える葦であり葦とはイネ科の多年草で……
取り留めのないことを何遍も自分に言い聞かせながら、何度寝返りを打ったのだろう?
結局は、うとうとしただけで起きなければいけない時間になってしまった。
なんてことだ。これもまとめてナラハトのせいだ。後で顔見たら絶対に文句を言ってやる!!
……”後で顔見たら”って、僕は結局のところ、ナラハトとレイクサーペントを狩りに行く準備をしているじゃないか。
あいつはザナドゥとかいう正体不明な組織の一員として、禁じられているドラゴンの調査をした。
僕は善良なるリエッダ王国の一員として、軍警察に通報する義務がある。だけど、そうしようとしていない時点で、僕も法に背いているといえないか?
ああ、もう訳が分からない。
とりあえず、ナラハトに合って話を聞こう。軍警察に通報するのはそれからでも遅くない。
*
僕は装備を整え、ヴェイロンら同居人たちを起こさないよう注意を払い、静かに『ウマ小屋』を後にした。
東の空がうっすらと明るみ、魔導院と王宮のシルエットが微かに浮かび上がる。
それでも目覚めるにはまだ早い、そんな明け方とも深夜ともいえない中途半端な時間帯。
僕は『対竜研』で作った火を使わないランタンを手にして、ナラハトが待ち合せに指定した城門へと急いだ。
「出るのが少し早かったかな……」
レイクサーペントは夜明けから日の出までの間に、最も活発に行動する。
それは夜間に湖の底で眠っていた魚が、夜明けとともに餌を求めて浅瀬にあがってきたところを狙う、捕食者としての習性によるものだ。
焦る必要はないけど、のんびり構えていては好機を逃す。
だけど、何だか気が急いて落ち着かないのはナラハトのせいだ。
どう控えめに考えても、届け出も許可もなくドラゴンの調査をすることは重大な違法行為だ。
だけども僕は、数少ない友だちを軍警察に突き出すような真似が出来るのだろうか?
昨夜、ベッドに入ってから何度となく繰り返してきた問いに捕らわれかけた時、城門の陰からナラハトが姿を現した。
昨日の預言者然とした旅装束とは全く違う、ナラハトの恰好はまるで軽戦士のようだ。右手に携えたヴァイオラの杖だけが、かろうじて彼を魔法使いだと証明している。
「おはよう、ロディ」
気の抜けた挨拶でもって、ナラハトは僕を出迎えた。
「こんばんは、ナラハト」
「おう、ロディにしたはオシャレな返しじゃない」
「そうやって君は、また人をからかうような事ばかり言って」
「何だよ、ロディ。怒ってんのか?」
「怒ってるよ! 誰のせいだと――――」
ナラハトは人差し指を僕に突きつけてから、お静かに、と指を自分の口元に添えた。
「……僕は君に納得のいく説明を求める」
「お前の一番有力だと考えるレイクサーペントの出現ポイントまで、歩いてどれくらいだ?」
「およそ30分」
「なら、歩きながら話そう」
僕らはリエッダ軍の制服を着た不寝番に軽く敬礼をして、リエッダの城門を潜った。
湖に囲まれたリエッダは朝靄が発生しやすく、今朝も例に漏れず見通しが悪い。
僕はランタンのシェードを全開にして明かりを強めた。
「そのランタンさ、なんか普通のと違わないか?」
ナラハトが、僕の持つランタンを目を細めて覗き込んでは、手を翳したり、おっかなびっくりに指で突いてきた。
「熱を感じないし、何より光の色が普通と違う。どうなってんだ? これ?」
僕は足を止めて、ナラハトに向けてランタンを掲げてみせた。
いつもだったら「夜光竜の頭骨をうんぬんかんぬん」と、自慢たらたら説明したくなるところだけど、今はとてもそんな気にもなれない。
「火を使わない照明があったら便利だろうな、と思って作った」
リエッダは昔、焔竜禍で大変だったからね、と付け加えると、ナラハトは深く頷いた。
「オレは昔からロディの、そういう所が気に入ってるんだ。なんせ、オレとは真逆の感性だからな」
「……真逆の感性?」
「お前は自分の都合より先に、他人を優先する節がある」
「別に僕は……そんな風に思って行動していないけど」
「それはお前の良い所だと思うんだけど、同時にオレは心配もしているんだ」
「僕が心配だって? 僕から言わせれば、ナラハトの方がよっぽど心配だよ」
「ありがとな。でも大丈夫。オレはいつだって自分のやりたいことを優先してるから、おかげさんでストレスの無い毎日を送らせて貰ってるよ」
ナラハトは何が言いたいのだろう?
僕は返事をしないまま、再び歩き始めた。
ヴェイロンほどではないにしても、ナラハトは僕より頭一つ分は背が高い。
当然、歩幅も大きいはずなのに、彼は僕に歩調を合わせて並んで歩いてくれている。
ナラハトだって自分の都合より、僕を優先しているじゃないか?
そこを指摘すると、意外な答えが返ってきた。
「それがオレのやりたいことだからだよ」
ナラハトは僕の方を向くこともなく、前を見ながら笑っていた。
「オレは今、ロディと並んで歩きたいだけで、オレはお前の都合なんて考えちゃいない」
「僕の歩く速さに合わせてくれているんじゃないの?」
「んなことは考えてないさ。オレはただ、お前と並んで歩いて話していたいだけ。それがオレの自由」
「僕に合わせるのが、ナラハトの自由?」
僕が聞き返すと「またはルールだ」と、ナラハトは付け加えた。
「僕の歩幅に合わせるのがナラハトの決めたルール、そう言いたいの?」
「分かってきたじゃない」
オレの地元ではね、とナラハトが切り出した。
どこまで行っても砂だらけで、水が大変貴重です、って、前にそう説明したよな?
だから、みんなが満足するほどには飲み水が行き渡らないんだ。
それを踏まえて、例えばお前がイシュラッド人の父親で、オレがお前の息子だとしようじゃないか。
なに? 逆の方がピンとくる? まあ、ちょっと付き合えよ。
おとうさん、ぼく、水がのみたいよ〜
設定が薄気味悪いって? 細かいことは気にすんな。
で、父親の水筒にはまだ十分に水が入っているんだけど、ロディ、お前ならどうする?
あげる? あげちゃうよね。だってロディだもんね。
だが、イシュラッドの考え方だと、そう簡単に子供に水をあげないんだよ。
何故かって? 水は父親の物だからです。
死んじゃう? 子供が? いや、死なないよ。喉が渇いたってギャーギャー言ってるうちは大丈夫。
何も言わなくなってボーっとしだした頃が危ないんだ。そのうち意識がなくなって、いよいよ水も飲めなくなって死んじまう。
でもね、父親がボーっとしてきたら、それこそ親子仲良く共倒れになっちまう。
父親は子供の為にも水を飲み、残量を管理しつつ温存するんだ。
「水が豊富なリエッダでは理解し難い話だろ? でもこれがイシュラッドの考え方で、イシュラッドのルールなんだ」




