6・討伐者と狩猟者
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『討伐者』と『狩猟者』、そのどちらの職業も、魔物を倒すという点では同じといえる。
じゃあ、倒す以外に何が違うのかというと、最終的かつ最大の目的が、この二つの職業を在り方を大きく隔てているんだ。
仮の話として、オレが報奨金を独り占めしたくって一人でレイクサーペントの毒牙を取りに行くとするだろ? そしたらお前、どう思う?
危ないから止めろって? いや、心配してくれるのは有難いけど、今はそーゆー話をしてんじゃなくてだな。
だいたいだなあ、オレはレイクサーペントごとき一人で倒せるんだよ。毒牙にだけ注意して、遠めから雷球の魔法でもぶつけてやれば一撃だ。
でもな、オレはあのだだっ広い湖の、どの辺りにレイクサーペントが出現するのかなんて見当も付かないんだわ。肝心の討伐対象を見つけるまでに、どんだけ時間が掛かるか分かったもんじゃない。
そうなるとメシ代だの宿泊費だの経費ばっかがドンドン|嵩《かさ》んで報奨金じゃペイ出来なくなっちまう。
でもなロディ、魔物学に通じたお前だったら、レイクサーペントの居場所がすぐに分かるだろ?
へえ、レイクサーペントは泳ぎがあまり得意じゃないから、流れが弱いとこに留まってんのか。それに、この時期はエサになる大型魚の集まる場所が限られるから出現ポイントを絞りやすいって?
じゃあさ、ちょっとこの地図に印付けてみてくれよ。
……なあロディよ、やっぱお前はお人好しが過ぎるわ。こういう情報を人に教える時は、キッチリ金取んなきゃ駄目だぞ。
とまあ、オレみたいな典型的な討伐者は、魔物の倒し方は知っていても、魔物の生態とかまでは、あんま良く知らないんだ。
って、なんだよ。ピンと来てない顔してんな。
なんだって? 魔物討伐のプロなのに、そんなことも知らないのかって?
じゃあさ、お前、ビールは好きか?
なに、ワインの方が好き?
お前は貴族か? おしゃれ気取りか!?
お前なぁ、こういう時は空気読んでこっちに話を合わせるのが礼儀だぞ。
それに、ワインの話になると『ソムリエ』っていうワインのプロフェッショナルが出てきちまうから、ビールの話で進めるぞ。
お前、飲み屋って行くか? たまに? まあ、あんま酒好き、って顔してないモンな。
オレは結構、好きな方よ。知ってた? オレの地元は水が貴重だから、弱めの酒が水代わりみたいなモンなのよ。
でもな、イシュラッドの気候じゃ小麦が育たないから、酒といえば乳酒か芋から作る蒸留酒なんだ。
だから初めてリエッダで麦酒を飲んだ時には驚いたよ!
乳酒はクセが強くて苦手でさ。牛乳酒はまだ飲めるんだけど、馬乳酒とか山羊乳酒は臭いからしてダメでね。かといって、蒸留酒は何か薬っぽくて口に合わないし。
それに比べてビールってのは、さっぱりしてっからグイグイいけて良いよな!
で、感動して飲み屋の店の親父に聞いたのよ。原料とか造り方とか。
そしたらさ、「詳しいことは知らん」とか言われちゃってね。まあ、そこは親父の自由で良いんだけど。
そこでオレは悟ったのよ。飲み屋の親父はビールの味や銘柄に詳しくとも、その製法や歴史にまでも詳しいとは限らない、ってね。
ましてや小麦だホップだ酵母にまでに精通している必要はない。そりゃあプロとして知っているに越した事はないだろうけど、それよりも美しい泡を作る方法や、ビールにあう美味いツマミを知ってる方が、飲み屋の親父としてはポイントが高い。
飲み屋の親父はビールを美味しく提供するプロであるべきだが、ビール造りはビール醸造家の仕事なのである。
そして、バスターとは対魔物戦闘のスペシャリストではあるが、決して魔物の専門家であるとは限らない、ってことだ。
なんせ、バスターは魔物を倒せば報酬金が貰えんだから、あれこれ難しいこと考えなくていい。自由にやっていい感じが、実にオレの性に合う。
でもよ、もしロディが冒険者になるんだったら、狩猟者になるのが自然な流れだろう。
討伐者は最終的に討伐対象をブっ殺せばクエスト達成になるのに対し、狩猟者はクエストの対象が生きてようが行方不明になろうが、とにかく成果物をゲットすればクエスト達成だ。
極端な話、その辺でレイクサーペントの毒牙を拾ってきたってクエスト達成になっちゃうんだよな。ま、そんな危険物が、その辺に落ちてるワケがないんだけどね。
そうなると、やっぱ正攻法で行くしかないだろう。
レイクサーペントを狩って毒牙を引っこ抜くんだ。
ただね、ここで狩猟者ならではの、悩ましい問題があるんだよ。
オレが持てる最高威力の雷撃をレイクサーペントにぶつけたら、十中八九、毒牙ごと真っ黒焦げになっちまうだろう。そうなったらクエスト達成どころか元も子もない。
かといって毒牙を良い状態で手に入れるために魔力をセーブすると、今度は思わぬ反撃を受ける可能性も高まる。そうなると攻撃を引き付ける囮役が必要になる。
それにな、クエストの内容が毒牙の採取じゃなくて、レイクサーペント丸々一匹持って帰ってこい、って依頼だったりしたら、今度は荷馬車の手配から運搬の人員まで確保しなくちゃならない。
ほらな。ハンターって大変だろ? 経営感覚まで試されるのがハンター稼業の難しいところなんだよ。
ところでロディ、オレ喋り過ぎて喉が乾いたわ。
コーヒー取ってきてくんない? そう、甘々で。オレ流は砂糖ミルクのアリアリよ。
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「はい、お待ちどうさまコーヒーアリアリで」
「おう、ありがとな」
ナラハトは受け取った甘々コーヒーを啜り、満足気に一息ついた。
僕は紅茶に口を付けたが、作り置きを温めたばかりの紅茶は渋さばかりが尖っていて、何か別の飲み物を飲んでいるような気分だ。
「あー、久々にいっぱい喋ったわ」
「おかげでハンターとバスターの違いが理解出来たよ」
「なら、もう分かっただろ? オレは魔物の解体が出来ないから、結局は誰かを誘うか雇うしかないんだよ」
ナラハトは魔術学部出身だから、多少の魔物の知識はあったとしても解体に関しては門外漢だ。
毒牙に手を出した挙句に毒に冒されるなんて、冗談のネタにもなりやしない。
「で、誰かをクエストに誘うにしても、分け前の取り決めってのが、これが結構難しい」
「へえ、そうなんだ」
「まあ、揉める揉める。山分けで納得するような奴なら良いけど、下手すりゃ同行者を殺してでも分け前を増やそうとする下衆もいるからな」
ナラハトは渋い顔をしてみせたつもりらしいけど、僕にはヒゲがモジャっただけに見えた。
「今さら知らないヤツと組むくらいなら、ロディと報酬を分け合った方が断然良いし。それにお前だって見たいんじゃないか?」
「見たいって、何を?」
「生きてるレイクサーペントを間近に、さ」
「むう……」
また人の弱い所を容赦無く突いてきた。
昔っから、この手の駆け引きでナラハトに勝てた試しがない。カードゲームどころか、ジャンケンですら次の手を読まれまくってたくらいだ。
「その顔は決まりだな」
「僕はまだ良いとも悪いとも言ってないけど」
「じゃあ行かないのか?」
「うむむ……」
そうだった。ナラハトは学生時代、この強引な詰めでガードが堅い事で有名な女の子たちを次々と陥落させてきたんじゃないか。
「オレのこと正直キライじゃないでしょ? じゃあ付き合っちゃおうよ」
とか
「付き合ってから互いの事を知るのもアリなんじゃない?」
なんてね。
そんなナラハトの手に掛かっては、初心な僕なんかじゃ抵抗し得るはずもない。
「分かったよ。一緒に行くよ」
「よし! そうと決まったら、さっそく行こうぜ!」
「え? 今から行くの? まずはクエストの発注をしないと」
「おう、そうだな。じゃあ発注したら行こう。サービスタイムが終わっちまう」
「サービスタイム? レイクサーペントの?」
「レイクサーペントのサービスタイムって何だよ? オレは髭を剃りたいんだよ、ヒゲ」
髭剃り? サービスタイム? 言ってる意味が分からない。
ぽかん、としてると、ナラハトが杖を掴んで立ち上がった。
「さっ、行こう」
「行こうって、だから何処に?」
「風呂だよ、風呂」
「……風呂って?」
「お前、知らないのか? 風呂」
だから、なんで風呂?
ナラハト、自由が過ぎるよ。




