第一話 6
実際、僕の浮浪者生活は、そこまで悲惨なわけでもなかった。この公園の近くにコンビニがあって、コンビニの裏には賞味期限切れで廃棄された弁当が山ほどゴミ箱の中に詰めこまれていた。ゴミ箱を漁っている時、まともに店員に出くわせば、追い払われる羽目になるが、大抵は見て見ぬふりをされていた。ゴミを処理するのにも金がかかるらしく、ゴミの量が減れば経費削減になるからだった。トイレも公園内にあるし、水にも不自由していなかった。唯一面倒なのは、日が暮れるまで公園外で身を潜めていなければならず、公園のすぐ横を流れている川の土手に座っていることが多かった。雨の日は川に沿って、二キロほど歩き、橋げたの下に潜んだ。でもここには、古参の先輩浮浪者が陣取っているので、長居は出来ない。雨の日だけ、雨宿りすることを許されていた。だから、晴れの日は土手で過ごし、日が暮れると同時に公園に戻って、ブルーシートと段ボールで塒を組み立てて寝ていた。
とにかく、僕はもう金輪際、誰かと親しくなりたくなかったのである。だから、現実社会から逃避したのだった。けれども、浮浪者になってみて分かったのは、やっぱり、人は一人では生きていけないということだった。何もかもから逃げ出したはずなのに、今もこうやって僕は峰岸の爺さんと親しくしている。二ヶ月前に亡くなった浮浪者仲間の三島のお婆ちゃんとも仲良くしていた。彼女が亡くなった時、やっぱり僕は泣いた。どこで生きていたって、人は一人では生きていけない。このままこの生活を続けるのか、それとも更生の道を目指すのか、僕は家守の爺さんが置いていったビラを見ながら考え込んでいた。
そんなことを考えながら、真夜中に一人で桜を眺めていて、ふと空を見上げたら満月が浮かんでいた。すると突然、巨大な炎が頭の中でフラッシュバックした。この頃は、満月を見る度に、当たり前のようにフラッシュバックが起こる。と同時に頭痛が起こり、僕は頭を抱え込んで蹲った。沢野絵美が亡くなった日も桜が咲き、満月が出ていた。もしかしたら、今日は彼女の命日かもしれない。それなのに、僕は今日が何月何日なのかも知らなかった。
胸が疼いた。僕は、自分の塒に戻り、彼女に貰った絵本を開いた。この絵本だけは、いつも肌身離さず持ち続けていた。彼女は夢を諦めて欲しくないと何度も僕を励ました。逃げ続けることは、彼女の死を冒涜しているような気がする。
そう思った時、公園の隅に設置されているベンチのある方角から、女性の泣き声がしていることに気付いた。僕はベンチのほうを振り返った。けれども、ベンチはここから遠いし、大きな楡の木が邪魔になってよく見えない。僕は、何故だか吸い寄せられるように、その声のする方角に近付いていった。ただし、声の主に気付かれないように、そっと……。気付かれるように近付こうものなら、きっと死ぬほど驚かれるだろうから。こんな夜更けに、髪の毛も髭もぼうぼうの見知らぬ男が近付こうものなら、そりゃ誰だってびっくりして当たり前だろう。だから、こっそり近付いた。
しかし、こっそり近付いてその彼女の顔を確かめた途端、僕は気絶しそうになった。何故なら、その女性は亡くなったはずの沢野絵美だったからである! 僕は目を擦ってもう一度彼女をよく見た。やっぱり沢野絵美だった! しかも、彼女は僕と同じ絵本を読みながら泣いているではないか!
これは一体どういうことなのか!?
僕は、夢を見ているのだろうか?
それとも幽霊になった沢野絵美が見えているのだろうか?
僕は、いつの間にか彼女の顔を見て泣いていた。声を殺して泣いていたのに、彼女はその泣き声に気付いたのか、「きゃっ」と声を上げて僕の方を見て驚き、急いで走り去った。
幽霊も生の人間を見て驚くことがあるのだろうか……?




