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38 魔法生物 中


好意的とは程遠い感じだが、ボクは彼女に何か悪い事をしただろうか……


 そこまで考えて彼女の制服のネクタイの色に気付く。学年毎にネクタイの色を変えてすぐに解るようにしているのに、なぜ気付かなかったのだろう。ボクがしているネクタイと同じ赤色だ。そして魔法を意識出来る。つまり同じ魔法の授業を受けているという事になる。


 この反応から察すると、向こうはボクが魔法を使えるという事を知っている。それなのにボクは相手を知らない、と宣言してしまったのだ。気分を害して当然だろう。


「ごめん、同じ魔法授業受けていたよね。人の顔覚えるのって苦手なんだ。許してほしい」


「…………」


 ボクは彼女の目を見て謝るが、彼女はボクの方には見向きもせず、本だけをじっと見つめている。仲良く世間話をする気はない、という事が感じ取れる態度。いや、別にボクもこの女生徒と特別仲良くなりたいというわけではないけど。


「図書室にはこれだけの本があるのにシリーズモノでもないこの本を読みたいってことは何か理由があるの?」


「……」


 本をすぐ渡してあげないのは別に意地悪をしているわけではなく、ボクなりの理由がある。


「ボクには原本を読むってのが中々難儀していてね。良ければキミの目的である原本にはどういう事が書いてあるのか、またはキミが何を目的として読もうとしているのか教えてくれないかな? 差し支えなければ、ね」


「……」


 だけど何の反応も示さない彼女。


「ああ、ごめんね。何を目的に読もうとしているのか、なんて魔法使いに聞いてはいけないことだったのかな。最近魔法を使えるようになったばかりでそういう事の礼儀に疎いんだ。気に障ったら謝るよ」


「……」


 だんまり。ボクと言葉を交わす気なんてこれっぽっちもないというつもりか? 流石にこんな態度を取り続けられるとボクも嗜虐心が沸いてくる。


「でも残念だ。キミが答えてくれるのならこの本をすぐさまキミに渡してあげる事が出来るというのに。ボクは辞書片手に訳しながら読まないといけない。この本を返却出来るのはいつの日になるんだろうなぁ」


「……本の貸し出し期限は二週間……」


 これで黙られたらボクもコミュニケーションを成り立たせるのは不可能と判断して言葉を失う他ないと思っていたけど、ようやく言い返してきてくれた。


「連続して同じ本を借りてはいけない、という決まりもない。ボクが二週間毎に貸し出し手続きを取れば卒業まで延長出来る」


 理論上では、だが。貸し出し可能数には制限があるのでそんな事をすれば常に一冊の足枷をつけたような状態になるので、たくさんの本に目を通したいボクとしては避けたいところだ。が、この女生徒にそんなボクの実情が解るわけもない。


 敵意とまではいかないものの、明らかに嫌なヤツを見る目つきに変わった。当然だろう。ボクにもその自覚はある。だけど多少人に嫌われてでも、ボクにはたくさんの知識を得る事の方が優先される。


「キミが教えてくれるのならそんな事する必要もないんだけどなぁ」


「……」


 短くない時間、彼女はボクの事を睨んでいたが、やがてそんな事をしていても何の解決にもならない事に気付いたのか、口を開き始めた。


 しかし、そんな思いをしてまで読みたい本なのだろうか。この図書室にしか置いてない限定本というわけでもないと思うし、嫌な思いをするくらいなら市とか県立の図書館にでも行こうと、ボクなら思うところだ。手間ではあるけど。


「……魔法生物について、書かれている……」


「魔法生物?」


「……」


 あまり聞きなれない単語に質問をしてみるも、彼女はそれが気に入らなかったのか口を閉ざしてまた睨んでくる。さっきは睨まれても当然だと思う事を自覚しながら言ったので特に気にはならなかったが、今のように純粋な質問をして睨まれるととても気になる。


「別にキミの気分を害したいわけじゃないんだ。本当に魔法についての知識に疎いんだ。良ければそこから説明してくれると助かるよ」


 ボクの言葉に若干雰囲気を和らげる彼女。悪気がなかったとはいえ、魔法生物(疑問形)という言葉に何か思うところがあるように感じられた。


「……魔法で造られた生命全般の事を指す……ガーゴイル、ゴーレムあたりを言う事も多いけど、そこの本にはホムンクルスの事が書かれている……」


「ホムンクルス? 錬金術の?」


 作り出したフラスコ内でしか生きられない小さな人工生命体、別の本にはそんな感じで書かれていた。


「……そう……」


 錬金術といえば自然科学の元であり、そこから物理学、化学、生物学等、細分化され、現在の学問として知られている。ボク達が学校で習っているソレだ。元々は錬金術といえば魔法が絡んでいたがいつの頃からか切り離され、魔法の部分は消滅した、というのは一般の人の認識。魔法を意識出来るようになり、書物をいくらか読み漁った結果、錬金術というものは現在でも魔法を意識出来る人間にとっては一つの分野だという。


「そうなんだ。キミは模擬戦で魔法生物を召喚するの?」


「……魔法生物は召喚するものじゃない……」


 これまた不機嫌な様子を隠さずに言う彼女。無知で悪かったね。


 でも待てよ……?


「ガーゴイルとかゴーレムあたりも魔法生物、という事らしいけど、その辺を召喚している人もいたような気がするんだけど?」


「……他人の作った魔法生物を召喚獣として貸し出されてもいるけど、自分で作った物ではない魔法生物を召喚しても、個々の魔法生物について十全に理解していなければその性能を完璧には発揮出来ない……だから魔法生物は硬いだけで大した事がないというイメージがつく……魔法生物の貸し出しは禁止してほしい……」


 やけに饒舌になる彼女だが、ボクに説明しているというよりは普段思っている事が漏れている感じだ。


「じゃぁキミは自分で魔法生物を作っているんだね?」


「……そう……だけど……」


「でも……」


 でもボクにはキミの印象がない。正確に言うなら魔法生物っぽい召喚獣に見るべきところがあった試しがない。模擬戦は一通り見てはいたけど、キミの魔法生物は全く記憶に残ってないんだ。


 と、危うく口に出しそうになるのを思いとどまる。


「魔法生物を作るのに専門知識とか大掛かりな工房みたいなのが必要だからあまり作る人がいない、とか?」


「……知識はある程度必要だけど……作る場所は部室のような場所でも作れる……」


「部室? 魔法生物を部室で作っているの?」


「……


 ……いや、例えば……の話……」


 今の沈黙。嘘をついたか、誤魔化したか。嘘を普段からつき慣れている人の嘘は自然すぎて解らないが、嘘を普段つかない人がつく嘘は不自然さが際立つ。別に学校で作っていても問題ないと思うんだけど、何故隠す?


「見せてもらうわけにはいかないのかな?」


「!


 ……何を……?」


 詳しく聞きたいところだがしつこく食い下がっても警戒されるだけで得はないだろう。この反応から察するに人には見せたくないもののようだし。


「いや、ごめんね。変な事言って。この本だったよね」


 広げていた本を閉じ、返却の手続きをしてから彼女に手渡す。


「……ありがとう……黒夜……君」


 本の奥付に貼られている貸し出しリストの名前を見ながら言う女生徒。ボクの名前は知らなかったようだ。ならボクが名前を聞く事も失礼にはならないだろう。


「キミの名前は?」


「……処瀬(ところせ)……」


 そう呟くと踵を返し、早々に立ち去っていった。


 処瀬さん、ね。苗字はともかく、名前までは教える必要もない、といったところか。


 さて、と。興味がないフリをしたが隠されると見たくなるのが人情だ。今はそんな事をしているヒマはないという考えがある一方、本に書かれている内容と彼女の言っている事が一致しているのか確かめなければならない、という考えもある。彼女が嘘をついていたとしたらボクにとって重要な事が書かれているかもしれない本をむざむざ手放した事になる。


 そんな事はもちろん許されない。

 ボクを騙すヤツは許さない。 

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