39 魔法生物 後
図書室に本を広げたままにして、ボクは気付かれないように彼女の後をつける。闇に潜む追跡者のように……
特別棟に向かっているようだ。人が少なくなるにつれて尾行の難易度も上がってくる。足音が響くからだ。
だが足音にさえ注意していれば相手は後ろをつけられていることさえ知らないただの女生徒だ。そこまでこちらが気を張る必要もなく、目的の場所へとたどり着く。
特別棟三階に並ぶ文科系の部室。そのうちの一つの扉の前に立ち、鍵を取り出し中に入る彼女。扉を閉め、程なく聞こえるガチャリという音。施錠したのだろう。
……『魔法生物部・部室』
さて、目的の場所は見つけたが、どうしたものか。
普通に『やぁ。中で何しているのか興味があるんだ。見せてくれない?』
と言って見せてくれるものなら図書室であんな反応しないだろうし、かといって嫌がる女生徒を無理やり、というのもボクの主義ではない。
伊丹あたりとかくれんぼでもして遊んでいたら校舎の外に張り付いていた伊丹が偶然この部屋に入ってしまったのを見かけたのでこの部屋の中に侵入せざるを得なくなった、といったあたりが無難だが……
今はそういう協力を伊丹に頼む気にはならない。
彼女が中で何をしているのか見ることが出来れば簡単なのだが……魔法生物とやらを作っているというのが本当で部室程度の場所でも作れるという言葉を信じるのならば彼女が帰った頃合いを見計らってこの部室に侵入し、その魔法生物とやらを一目見ればその裏はとれるわけで。だが魔法生物が携帯出来る程度の大きさで、家に持ち帰っていたとしたら?
魔法生物に詳しくないボクが色々考えを巡らせても正解には辿り着かない。
ならば確実に女生徒が何かしているところを押さえなければならない。
『間違えて』部室に入ってしまう分には構わないだろう。そうと決まれば事務室に鍵を借りにいこう。『魔法生物部・部室』の鍵を借りにね。あの女生徒が使っている鍵とは別にスペアキーかマスターキーが事務室にあるはずだ。
事務室には誰もいなかった。丁度いい。勝手に持っていこう。『魔法生物部・部室』のスペアキーを持ち出し、学生服のポケットに突っ込むと、魔法生物部部室の前へと移動する。
鍵を開け、何食わぬ顔で入っていくだけ。ボクは『間違えて』入っているのだから何も気兼ねする必要はない。
ドアを開けると目の前には壁が。構造上の壁ではなく、背の高い棚を入口近くに配置して壁のように使っているようだ。ドアを開けただけでは奥が見えないような作りにしているのか。
鍵を開け、ドアを開く音は決して小さくないはずだが、奥から彼女が出てくる様子はない。
いないのだろうか? 事務室に鍵を借りに行っている間に帰ってしまったのだろうか。まぁ、それならそれでもいい。どうしても彼女がこの部屋で何かしているところをこの目で確かめなければならないわけでもない。とりあえず部室の中を見させてもらうとしよう。
壁を避け、奥へと歩を進める。
そこでボクは目を疑うものを目撃した。
「これは……どういうことだ……? こんなところにどうして……」
「!?」
目の前の物を唖然として見ている最中、後ろに気配を感じて振り返るとそこには処瀬さんが、驚きと敵意の入り混じる瞳でボクを見ていた。
「黒夜……君……何故ここに……?」
だがそんなことはどうでもいい……!
「キミが……雪音を助けてくれたのか!?」
あの日いなくなった雪音を、処瀬さんが見つけ、こうやって保護してくれていた……!?
自分でも落ち着いていられない事を自覚しながらも処瀬さんに詰め寄ると、彼女はためらいがちにゆっくり、首を横に振った。
「それは……人間じゃない……わたしが作っている……魔法生物……」
「雪音が……魔法生物!?」
「違う……姿だけ似せてわたしが造ったもの……」
ボクはその言葉に脱力する。まさかと思ったボクの希望は一瞬で砕かれた。
改めてよくよく見てみると確かに雪音とは違う。雰囲気が違うというか……
そういう感覚的な差異はともかく、顔の造形などは完璧といっても差支えないくらいの出来だった。本当に作り物なのだろうかと思うくらいだ。だが、体の方は細部まで作られていないのか、肌色の人形、マネキンのような体だった。一目見た時は驚いたが、注意深く観察してみると作り物という粗が目立つ。
「これが……魔法生物……キミは人を作っているのか?」
「……」
無言だが、否定しないところを見るとそうなんだろう。
「魔法生物を動かすソフトって何を使っているんだ?」
「……ソフト……?」
ボクの言葉の意味が解らなかったようなので砕いて質問することにする。
「生物というからには自分で考え、動く事が出来るんだろう? まさか命令のままに動く人形を『魔法生物』なんていうわけじゃないよね? ならその制御を何にやらせる事になる?」
「……無意識の海に沈む……魂の破片……」
今度はボクの方が砕いて答えてもらわないと解らない言葉が出てきた。
「無意識の海に、魂の破片……? それぞれどういうものか説明してくれるとありがたいんだけど」
「……」
少しうんざりしたような気配を見せる処瀬さん。その視線が机の上に置いてあった本に向かう。説明なんて時間の無駄。一刻も早く本に目を通したい、といったところか。一体その本には何が書かれているんだ……魔法生物について書かれているのであろうが、今更のようにその本を手放した事を後悔し始めていた。
「……魂が集まるところから……余ってそうな魂を持ってくる……」
噛み砕かれて説明されたというよりは色々端折られたような感じだが……まぁいい。後で自分で詳しく調べよう。それより答えてくれないかとも思ったけど、どうも図書室の時のような反抗的な素振りが控えめになっている。一体どういう心境の変化だろう? まぁ協力的であるならそれに越した事はないけど。
「死んだ人の魂に別の体を用意する、ということ?」
「……余ってそうな魂というのは長い年月を経て洗われたまっさらな魂ということ……生前の記憶などはない……」
「ふむ……」
周りで魔法を使うといったら模擬戦のような戦う事しか頭にない人ばかりだったような気がするのでこういう戦闘に関わらない魔法の意見は新鮮だ。『魂』という概念。魔法を知る前から知ってはいるが、ボクの解釈というか世間一般の解釈通りでいいのだろうか。その辺も後で調べておかなくては。
「なら『余っていない魂』をもってくることは可能なのか?」
「……そんな事は知らない……わざわざ、灰汁の強い魂を使う必要性は感じない……」
「何もないところに一から教え込む方が手間がかかるような気がするけど」
「……手間がかかる事くらい、言われなくても知っている……」
「ならどうしてわざわざ手間のかかるような事を?」
「……初めから意思や知識のある魔法生物なんて召喚獣と何も変わらない……魔法生物としての意味がない……!」
今までにないくらい語気を強くする彼女。何か思うところがあるようだ。
さっきの魔法生物(疑問形)という言葉への反応と合わせて考えると、おそらく魔法生物というカテゴリに属するものを好んでいるようだがあまり理解されてない、と言ったところか。
「キミはこの魔法生物を世に知らしめたい。そういうことだね?」
「……」
言葉では何も言わなくてもそうである事は明白だ。
「この個体を何者にも負けないものにしたいのだろう? これのモデルになった人のように」
この姿をとっている、ということは、雪音の強さに憧れ再現したいという事なのだろう。
「なら協力しようじゃないか。ボクが口裏を合わせるのなら何かと都合がいいと思うよ?」
まさかこれを魔法生物としては発表すまい。おそらく、本人が不在なのを良い事になりすまさせるつもりのはずだ。そうじゃなければここまでそっくりに作るはずがない。だがこの姿をしたものに、本当に雪音の魂を降ろせるとしたら……? やっと指針になりそうなものが見えてきたんだ。これを逃す手はない。
「……共犯にまでなって。あなたは何を望むの?」
「……共犯?」
しまった。思わず出た言葉にそのまま聞き返してしまったが、そこはスルーすべきところだった。共犯、というからには何らかの覚悟が必要だという事だろう。それを知らないで強力を申し出るよりは全て承知の上だというフリをすべきだった。
が、聞き返してしまったものは仕方がない。
「人の形を模した魔法生物の製作は禁止されている……」
すぐにピンと来る。クローン問題のようなものか。
「なんだ、そんな事か。ボクの中ではそれを悪い事だとは思わない。だからその程度全く構わない」
後でどれくらいの罪になるのか調べておかなくては。ついてに抜け道も見つけておく必要があるな……この魔法生物についての知識は必要だが、勝手に共犯者にされるのは困る。今ボクが喋った言葉を録音されていたらアウトだが。知識を得るためのリスクだ。止むを得まい。今録音されていることもないとは思うが、返事一つをとっても、もっと慎重になっていれば回避出来たリスクなだけに心残りになる。常日頃から気を張るようにしないと。これから先は特に。
いや、待てよ……よくよく考えてみたら、今この時点で禁止されているという人の形を模した魔法生物を作っているのは彼女だけだ。
ああ、今の段階ではボクが彼女の弱みを握っているという事になるのか。だから図書室の時とは違ってボクの質問に答えていたわけだ。ボクの機嫌を損ねないように。
「まぁ悪いようにはしないよ」
そう言ってボクは彼女に微笑みかけた。




