第十三話 お互いの侵攻
⸻
午前六時。
北海道、登別。
海岸の岩場に、淡い銀色の光が浮かんでいた。
直径二メートルほどの輪。
《GATE》。
八時間前に設置された出口だった。
そして今。
その向こう側に、別の景色が映し出される。
青森県、青森市。
海岸に設置された入口と、ついに接続したのだ。
「……繋がった」
GATE能力者の男が呟く。
その声を聞いた賢二が、前へ出た。
「全員、通れ」
五十人のBOOK所有者が、一斉に動き始める。
一人。
また一人。
次々と銀色の光を潜っていく。
数分後。
最後の一人がゲートを抜けた。
賢二も青森の海岸へ足を踏み入れる。
目の前に広がるのは、見慣れない景色。
ここから先は敵地だ。
賢二は全員を見渡した。
「確認する」
その一言で、周囲が静まり返る。
「俺たちの目的は一つだ」
賢二が指を立てる。
「守護水晶の破壊」
誰も口を挟まない。
「余計な戦闘はするな」
「無駄な消耗も避けろ」
「目的以外の人間は、可能な限り無視する」
全員が静かに頷いた。
その時だった。
「賢二さん!」
一人の少年が駆けてくる。
まだ高校一年生。
数日前まで、ただの学生だった。
だが今は違う。
CランクBOOK《CRAFT》。
能力:物質を組み合わせ、武器や資材、簡易的な構造物を生成できる。
少年の後ろには、六機の簡易飛行機が並んでいた。
金属製の骨組み。
最低限の座席。
粗末な翼。
到底、普通の飛行機には見えない。
それでも。
「これで移動できます!」
少年が胸を張る。
賢二は機体を見つめた。
「……本当に飛ぶのか?」
「はい!」
即答だった。
賢二は少しだけ機体を見たあと、地図を広げる。
目的地は札幌。
そして、その中心にある守護水晶。
「六機に分かれる」
賢二が地図を指差す。
「札幌上空から、それぞれ別の場所へ降りろ」
「水晶を囲むように展開する」
六つの地点が示される。
「着陸後は、各隊で守護水晶へ向かえ」
「敵を見つけても、必要以上に戦うな」
「水晶を壊すことだけを考えろ」
誰も反論しない。
全員の目的は同じだった。
青森を生き残らせる。
そのために。
北海道を滅ぼす。
賢二は地図を畳んだ。
「各隊リーダーは小型BOOKで連絡を取れ」
「到着したら、必ず状況を共有する」
そして。
空を見上げる。
朝日が海面を照らしていた。
「……行くぞ」
その声を合図に。
全員が動き始めた。
六機の簡易飛行機へ乗り込む。
プロペラが回り始める。
徐々に回転が速くなり。
轟音が海岸に響き渡る。
そして。
六機の飛行機が、次々と地面を離れた。
向かう先は。
北海道、札幌。
青森軍は、すでに動き始めていた。
⸻
同じ頃。
青森県、龍飛崎。
午前六時。
海から吹きつける風が、強く吹き抜けていた。
その中に。
百人近い人間が立っている。
能力者。
一般人。
学生。
会社員。
漁師。
工場勤務。
ほんの数日前まで。
戦いとは無縁だった人間たちだ。
だが。
今は違う。
全員が、これから向かう場所を知っている。
北海道。
敵の領地だ。
その中心で、ガイが静かに口を開いた。
「全員来たか?」
その問いに。
GATEから出てきたるうが答える。
「俺が最後だ。問題ない」
続いて、小型BOOKから声が返ってくる。
『先発隊も待機中です』
ガイは頷いた。
「よし」
そして。
集まった仲間たちを見渡す。
誰もが不安を抱えている。
それでも。
ここまで来た。
ガイは前を向いた。
「行くぞ」
その瞬間。
前方に青い光が走った。
一本の光が、空中へ向かって伸びていく。
《PATH》。
CランクBOOK。
能力:空中に道を作り、離れた場所まで移動することができる。
本来なら、移動を補助する程度の能力。
だが。
今日は違った。
もう一本。
別の青い光が、その道に重なる。
二人目のPATH能力者。
同じ能力を重ねた瞬間。
青い光が一段階強く輝いた。
「維持開始」
「出力、安定しています」
二人の能力者が声を上げる。
すると。
光の道が動き始めた。
まるで空中に作られた動く歩道。
足を乗せるだけで、身体が前へ運ばれていく。
しかも。
その速度は、人間が走る速度を遥かに超えていた。
「速っ……!」
誰かが思わず声を漏らす。
次々と人が乗っていく。
百人近い人間が、青い光の道を進んでいく。
空中を進む行軍。
その先にあるのは。
北海道。
そして。
敵の守護水晶。
ガイは先頭に立ったまま、前を見ていた。
その時。
後ろから声がした。
「ガイさん」
振り返る。
一人の男が、不安そうな顔をしていた。
「オレ……生きて帰れますか?」
ガイはすぐには答えなかった。
少しだけ考えて。
静かに口を開く。
「想いを強く持て」
男が顔を上げる。
「BOOKは、想いに応える」
ガイは自分のBOOKへ目を向けた。
「守りたいものがある奴ほど、強くなれる」
そして。
仲間たちを見る。
「俺にはある」
「守りたい仲間がいる」
ガイの声に、力がこもる。
「だから負けねぇ」
誰も口を挟まない。
「お前らにもあるだろ」
「家族」
「恋人」
「友達」
「帰る場所」
一人一人の顔を見る。
「それを守るために戦え」
「勝つことだけを考えろ」
「そして――」
ガイは前を向いた。
「生きて帰るぞ」
少しだけ間を置く。
「全員で」
その言葉に。
誰もが前を向いた。
ガイもまた、青い光の先を見つめる。
北海道。
そこには。
自分たちの敵がいる。
「俺たちは生き残る」
静かな声。
だが。
その言葉には、一切の迷いがなかった。
「そのためなら――」
ガイは拳を握る。
「俺は誰とでも戦う」
誰も笑わなかった。
誰も否定しなかった。
ここにいる全員が。
守りたいもののために来たのだから。
⸻
その頃。
青森軍は北海道へ向かっていた。
そして。
ARKもまた、青森へ向かっている。
互いに。
相手の守護水晶を破壊するために。
守る者と。
奪う者。
二つの軍勢が。
それぞれの敵地へ侵入していく。
神によって始められたゲーム。
そのルールに従う限り。
もう誰にも、止めることはできない。
県と県。
守るための戦いと。
奪うための戦い。
そして今。
その最初の衝突が――
静かに始まろうとしていた。




