番外編
私の兄であるハルベルクは、長い間身を固めていなかった。
以前婚約の話はあったのだが、それは色々とあって破談となってしまい、結果として良い話がなかったのだ。
そういう事情もあって、私の方が先に結婚することになった。もっとも、私のその結婚も成功したとは言い難い。アドールと出会えた訳だが、結婚相手はアドラス様なので、失敗ということになるだろう。
お兄様は、フォルファン伯爵家を継ぐ立場である。
故に、結婚は必要なことだった。妻を迎えて子供を残す。それもお兄様の役目の一つだ。
両親も縁談については、色々と話を進めていたらしい。私がそれを知ったのは、アドラス様が失踪してから一年が過ぎたくらいの時のことだった。
「義母上、緊張しているんですか?」
「え、ええ、正直とても緊張しているわね……何せ、お兄様の婚約だもの」
「そういうものですか。僕には兄弟がいないので、そういったことはわかりませんね」
私はアドール、リヴェルト様とともに、お兄様の婚約者と挨拶をすることになった。
久し振りに実家に帰り、来ていただいている件の人物と会うことになったのである。
お兄様の婚約者と会うということに、私は結構緊張していた。自分でも驚く程に固まってしまっているため、アドールが気遣って話しかけてくれたようだ。
「私と最初に会う時はどう思っていたのかしら?」
「その時は、そこまで何かを考えていた訳でもありませんね。僕には関係がないことだと、思っていたような気もします」
「それはちょっと悲しいわね」
「今では、義母上との出会いには感謝していますよ」
「それは……私だってそうだわ」
アドールの言葉によって、私の緊張は随分と解れていた。
これなら、リラックスした状態で、お兄様の婚約者と顔を合わせられそうだ。そのことに私は安心する。
「来たようですよ」
「あ、はい。ありがとうございます、リヴェルト様」
「いえいえ」
私達が話している間、リヴェルト様は様子を伺ってくれていたようだった。
彼の発言から程なくして、ドアが開く。そしてお兄様に続いて、一人の女性が入って来る。
その女性を見て、私は少し驚いた。とても綺麗な女性が、部屋に入って来たからだ。
「フェレティナ、リヴェルト、アドール。今日はよく来てくれた。お前達に、俺の婚約者を紹介しよう」
「皆さん、どうも初めまして。レミーシアと申します」
「ハルベルクの妹のリルティアです。こちらは夫のリヴェルト、それから息子のアドールです」
「色々と事情は聞いています」
「そうですか。その……本当に色々とあったのです」
レミーシア様は、とても優雅な人だった。
柔和な笑みを浮かべているし、悪い人ではなさそうだ。
これならお兄様とも、上手くやっていけるだろうか。身を固めてくれるならば、妹としても一安心だ。
「ふふ、ですがフェレティナ様はお幸せそうですね?」
「え? それはまあ、そうですね」
私は、レミーシア様の言葉に、ゆっくりと頷いた。
なんというか、私も彼女と上手くやっていけそうである。それはとても安心できることだ。一度結婚に失敗しているみとしては切にそう思う。
◇◇◇
「お二人が正式に結婚したことは、本当におめでたいことだと思っています」
「ありがとうございます、レミーシア様」
「俺からも改めて祝福の言葉を述べておこう。おめでとう、フェレティナ、リヴェルト」
「ありがとうございます、ハルベルク様」
お兄様とレミーシア様は、婚約が決まってから程なくして結婚した。
二人は今でも、仲の良い夫婦である。それは私としても、嬉しい限りだ。
ただ、私には気になっていることがある。もうそろそろ、後継ぎを作らなければならないのではないだろうか。貴族として、正直それは普通に心配になってくる。
「お兄様、一つお聞きしたいことがあるのですが」
「なんだ?」
「子供はまだですか?」
「……お前は父上と母上のようなことを言うな」
私の質問に、お兄様は苦笑いを浮かべていた。
私が心配をしているようなことは、既にお父様やお母様が指摘しているようだった。それならお兄様も、よくわかっていることだろう。早く子供を、作ってもらいたいものである。
「そのことについては、もちろん考えていますよ……ああ、そういえばフェレティナ様の方はどうなのですか?」
「え?」
「お二人だって、お子さんについては考えていないのですか?」
「まあ、それはその、考えていない訳ではありません。色々と難しい問題もありますが、アドールも弟や妹が欲しいと思っているようなので」
私とリヴェルト様の子供については、少々ややこしい立場になってしまう。
そのため、時期を考えている。アドールの侯爵としての地位が盤石であると確信できるまでは、やめておくつもりだ。
とはいえ、アドールも後六年もすれば一人前として認められる。時期としては、今は丁度良いい時期なのかもしれない。
「あ、レミーシア様、両親から嫌なことなどは言われてませんか? もしそうだったら、私に言ってくださいね」
「ああ、お二人ともとてもお優しいですよ。というかむしろ、いつも感謝されているくらいで」
「俺が中々身を固めなかったからな。父上も母上も、レミーシアには特に優しい」
「そうですか。それなら何よりです」
子供のことについてレミーシア様が両親から急かされているか、私は少し心配だった。
あの両親に限ってそのようなことはないと思っていたが、これはやはり聞いておいた方が良いことでは、あっただろう。
ただ、それはやはり杞憂であったようだ。両親の気持ちは、よくわかる。私だって、レミーシア様には感謝しているのだから。
「レミーシア様、本当にありがとうございます。お兄様と結婚していただいて」
「いえ、私としてもハルベルク様との出会いは幸福なものでしたから」
私の言葉に、レミーシア様は笑顔を見せてくれた。それに対して、お兄様は苦笑いを浮かべている。恥ずかしがっているが、嬉しそうだ。
二人はこれからも、仲良く夫婦として過ごしていくだろう。それに私も、負けてはいけない。そう思って、私はリヴェルト様の手にそっと自分の手を重ねるのだった。




