第12話 照れる王女
「アドールとの婚約、ですか……」
「ええ」
私はとりあえずエメラナ姫の言葉に返答しながら、アドールの様子について考えていた。
彼は今、何を考えているのだろうか。それは気になる所だ。浮かない顔をしている所を見ると、この婚約を歓迎しているという風ではないように見えるのだが。
「悪い提案という訳では、ないと思うんです。もちろん、今のままでも私はアドールの味方であるつもりですけれど、お父様に頼むのにも限界があります。ですが、暫定的にでも身内ということになれば話は別です」
「そうですね。とても利益がある婚約だと思います」
「私が頼めば、婚約を認めさせることはできると思います……いいえ、そこは私が絶対に認めさせます」
エメラナ姫は、真っ直ぐに私の方を見つめていた。
アドールがヴェレスタ侯爵を引き継いだとはいえ、決定権は私にあると考えているのだろう。
実際の所、私はアドールの暫定的な後見人だ。現在の侯爵家の実務については、私が主体となって行っている。
だからこれについても、私が判断を下すということでもいいのだろう。
正直な所、断る理由なんてものはない。私が私だけで判断を下すというなら、迷わず頷くだろう。
「……アドール、あなたはどのように思っているのかしら?」
「え?」
だが私は、アドールに意見を伺うことにした。
これは私だけで決めるべきことではない。そう思ったのだ。
ただ、アドールは面食らったような顔をしている。彼の方は、意見を求められるとは思っていなかったということだろう。
「フェレティナ様、僕は別に……」
「私は、あなたの意見を聞きたいと思っているわ」
「……そうですか。いえ、そうですね」
遠慮していたアドールは、私の言葉に目を見開いた。
彼も思い出したのだろう。私達の関係が、単純なものではないということを。
私だけの判断でアドールの今後を決めたりするつもりはない。子供だからとかそんなことは関係なく、私は彼の判断を尊重したいのだ。
「エメラナ姫、という訳ですので、アドールの意見も聞いていただけますか?」
「え、ええ、私もそれは望む所ですけれど……」
私が声をかけると、エメラナ姫は少し緊張した面持ちを返してきた。
好意を抱いている相手から、言葉をかけられるとなれば、それはもうとても緊張するだろう。それに関しては、彼女に申し訳ない。
ただきっと、彼女だって聞きたいはずではある。アドールの気持ちについては、ともすれば私よりも、エメラナ姫の方が気になっているかもしれない。
「エメラナ姫、正直に申し上げます。僕との婚約は、やめておいた方がいい」
「……え?」
アドールは気まずそうな顔をしながら、ゆっくりと言葉を発した。
それに対して、エメラナ姫は目を丸めている。たった一言ではあるが、かなりショックを受けているようだ。アドールからの拒絶、それは彼女にとってはとても重大なことであるのだろう。
ただ、彼女は少し勘違いをしている。アドールは今、拒絶している訳ではない。むしろエメラナ姫に寄り添っているからこそ、その言葉をかけたように思える。
「ヴェレスタ侯爵家は、厳しい立場に立たされています。エメラナ姫のお陰で、今の所は安泰ではありますが、いつ揺らぐのかわかりません」
「……」
「ヴェレスタ侯爵夫人になるということは、苦労するということです。僕はエメラナ姫には、そのような苦労をかけたくないと思っています」
アドールは、ゆっくりと言い聞かせるように声を出している。
その効果があったのか、エメラナ姫は少しだけ落ち着いたようだ。
そんな彼女に対して、アドールは安心したようにため息をつく。ただ彼は彼で、エメラナ姫のことを勘違いしているようではある。
「エメラナ姫からの好意は、嬉しく思っています。しかし僕達はまだ子供です。これからエメラナ姫の前には、もっと魅力的な男性が現れますよ。その恋心は、どうか思い出に――」
「――ふざけないで!」
「……え?」
エメラナ姫は、突然立ち上がって大きな声をあげた。
それにアドールは、呆気に取られているようだ。彼はすっかり固まってしまっている。
しかし私からしてみればエメラナ姫の言葉に、何の驚きもない。これに関しては、ともすれば無神経なことを言ったアドールが悪いのだから。
「アドールの馬鹿!」
「ば、馬鹿……?」
「もう、すごくイライラする!」
「あ、あの、エメラナ姫……?」
エメラナ姫は、アドールに対してとても子供らしい罵倒の言葉を発していた。
その言葉には、私も苦笑いを浮かべざるを得ない。リヴェルト様も、ボレントさんも同じような表情をしている。恐らく、気持ちは皆同じだろう。
この場で何もわかっていないのは、罵倒を浴びせられたアドールだけだ。ぽかんとして固まるなんて、聡明なこの子としては珍しい光景といえるかもしれない。
「フェレティナ様、少しだけ頭を冷やしてきます」
「あ、ええ、どうぞ」
「え? エメラナ姫、どこへ……」
引き止めようとするアドールを一瞥もせず、エメラナ姫はボレントさんとともに客室から出て行った。
残されたアドールは、不安そうな顔をしながらこちらを向いた。これは彼に対して、色々と言ってあげなければならないようだ。
「あの、フェレティナ様、リヴェルト様、僕は何か変なことを言ってしまったのでしょうか?」
エメラナ姫が去ってから、アドールは私とリヴェルト様に質問をしてきた。
当然のことながら、自分が失言をしたということはわかっているようだ。その内容までは理解していないようだが、度を越した程の鈍感ではなくて、少し安心する。
「まあ、内容全部が失言だったと言ってもいいのかもしれないけれど……」
「え?」
「フェレティナ様、それはいくらなんでも言い過ぎですよ。八割くらいだと思います」
「八割ですか? それでも多いような気がするんですけど……」
エメラナ姫は、アドールの言葉から思いやりを感じ取っていたはずである。そのため、リヴェルト様の評価は間違っていないと私も思う。
逆に言えば、その思いやり以外の部分に関して、エメラナ姫は気に食わなかったはずだ。
もちろん、私もリヴェルト様もエメラナ姫の気持ちが完全にわかるという訳でもない。だが、とりあえず私達の予測について述べていくとしよう。
「まあまず、エメラナ姫のことを心配しているのはいいけれど、それで彼女の提案を断るというのは良くなかったわね」
「そ、そうでしょうか?」
「エメラナ姫が聞きたかったのは、そういうことではないと思うのよ。もう少し、気持ち的な問題というか……」
「気持ち……」
私の言葉に、アドールの表情は少し曇った。
なんとなく私の言いたいことが伝わったということだろう。
アドールはあの時、合理的なことを言っていた。それは別に間違いではないと思うのだが、エメラナ姫が欲していた意見とは違うだろう。
「それから、エメラナ姫の想いを子供のものだと言ったわよね?」
「それは……」
「アドール、私はこれでも、あなたと向き合っているつもりよ。意見を求めたのだってそう。私はあなたのことを子供だからと侮りはしないわ。あなたにはあなたの考えがあるのだもの」
「……そうですね。僕は間違っていました。フェレティナ様が、せっかく示してくれたというのに」
アドールは、私の目を真っ直ぐに見つめてきた。
その目には、確かな意思が宿っている。私の言いたいことは、伝わったようだ。
「それで実際の所、アドールはエメラナ姫のことをどう思っているのかしら?」
「え?」
「随分と仲が良いみたいだけれど、やっぱりアドールもそうなの?」
「え、えっと……」
私が少しおどけて質問してみると、アドールはゆっくりと目をそらしてきた。
その頬は少し赤くなっている。どうやら彼も、まんざらではないようだ。それを理解して、私とリヴェルト様は笑みを浮かべるのだった。




