第11話 国王からの手紙
ストーレン伯爵の次に返信が来たのは、驚くべき所からだった。
手紙を見て、私は正直動揺している。リヴェルト様もそれは同じだ。
「まさか国王様から直々に手紙が届いてくるなんて、思っていませんでした」
「ええ、そうでしょうね。私も驚いていますよ。しかし、アドール侯爵令息はそうでもないようですね? もしかして、何か心当たりでもあるのですか?」
「……まあ、そうですね。ないという訳ではありません。確証があるという訳でもないのですが」
リヴェルト様の質問に、アドールは少しその表情を強張らせていた。
その心当たりとは、あまり良いものではないのだろうか。私は少し、心配になってきた。
ただ、手紙の内容はとても良いものである。アドール及びヴェレスタ侯爵家にとって、有利になることしか書いていないのだ。
「なんというか、とても温かみに満ちた手紙だけれど、アドールは国王様と親しくしていたのかしら?」
「いいえ、国王様とはそこまで……親しくさせてもらっているのは、エメラナ姫とです」
「エメラナ姫……」
「なるほど、王女殿下ですか」
アドールの言葉に、私はリヴェルト様と顔を見合わせた。
当然のことながら、エメラナ姫のことは知っている。この国で知らない人なんて、ほとんどいないだろう。王女殿下は、天真爛漫な少女だ。
そういえば、彼女はアドールと同い年である。そういった点から、親交があってもおかしくないのかもしれない。
「でも、どうしてアドールはそんな顔をしているの?」
「いえ、少し申し訳なく思ってしまって……」
「申し訳ない、ですか? アドール侯爵令息がそのように思うことは、ないと思いますが」
「……国王様は、エメラナ姫に逆らえないのです。この手紙には、きっと彼女の意思が多分に含まれていることでしょう。そうしてくれたエメラナ姫にも申し訳ありませんし、従わざるを得なかった国王様にも申し訳ありません」
アドールが表情を強張らせたのは、申し訳なさからだったようだ。
以前に私が言ったことを忘れた訳ではないと思うが、心根の優しい彼は、繋がりを利用していることに心を痛めているということだろう。
貴族ならば、人脈というものは一つの武器であると考えればいいと、私は思っている。ただそう簡単に割り切れることでもないことも、理解できない訳ではない。
「まあ、エメラナ姫もご厚意でそうしてくれたのでしょうし、そんなに重たく考えないで感謝しておけば良いのではないかしら?」
「そうですよね……」
私の言葉に、アドールはゆっくりと頷いた。
何はともあれ、国王様が実質的に味方についてくれたことは、私達にとってとてもありがたい。エメラナ姫には、心から感謝しなければならないだろう。
◇◇◇
国王様から直々に手紙が届いてから、程なくしてある人がヴェレスタ侯爵家を訪ねて来た。
その人物とは、エメラナ姫である。彼は付き人らしい老紳士ボレントさんを携えて、訪ねて来たのだ。
私とアドール、そしてリヴェルト様の三人は、玄関にて彼女を迎え入れている。相手が王族ということもあって、私は少し緊張気味だ。
「エメラナ姫、今回のことは本当にありがとうございました。感謝しています。とても助かりました」
「アドール、そんなことを言わないで。私とあなたの仲じゃない」
エメラナ姫は、両手を開いて言葉を発していた。
それはなんというか、抱きしめて欲しいという合図であるように思える。
ただ、アドールはまったく動かない。紳士である彼は、子供同士の戯れであっても、女の子に触れようとは思わないようだ。
「親しき仲でも礼儀は忘れていけないと思っています」
「アドールは真面目だよね。でも、思っていたよりも元気そうで良かったかも」
「え?」
「お父様がいなくなって、もっと落ち込んでいるのかなって、思っていたから」
「ああ……」
エメラナ姫は、アドールに対して少し気まずそうな顔をしていた。
例え子供であっても、いや子供だからこそ、父親がいなくなったということの大きさはよく理解しているのだろう。彼女の表情からは、それが伝わってきた。
ただ、それに対するアドールの反応は薄い。彼にとっては、既に割り切れていることだからだろう。
「それについては、問題ありませんよ。僕は元気ですから」
「そうなの?」
「ええ、こちらにいるフェレティナ様のお陰です」
「フェレティナ様って、アドールの継母だったよね? えっと、そちらの方が……」
アドールの言葉によって、エメラナ姫の視線がこちらに向いた。
次の瞬間、彼女は固まった。目を丸めて、硬直してしまったのだ。
その反応に、私は驚くことになった。どうして私の顔を見て、そんな風になるのだろうか。それがわからず、アドールの方を見る。
すると彼も、驚いたような顔をしていた。親しくしているアドールでさえ、エメラナ姫が硬直した理由はわからないようだ。
となると、付き人であるボレントさんに聞くべきだろうか。そう思って私が視線を向けると、彼はここに来た時から変わらぬ穏やかな笑みを浮かべていた。
「ご心配なく、姫様は少し驚いていらっしゃるだけですから」
「驚く? 私に、ですか? 何故……」
「ううっ……」
ボレントさんの言葉の後に、エメラナ姫は両手で顔を隠した。
よく見てみると、その耳が真っ赤だ。これはもしかして、人見知りしているとかそういうことなのだろうか。
◇◇◇
玄関で話すのもなんだったので、私達はとりあえずエメラナ姫を客室に招いた。
ただ、エメラナ姫はずっと顔を隠したままである。指の隙間から、時々私の顔をちらちらと伺っているだけだ。
しかしずっとそうしている訳にもいかないし、そろそろ尋ねるべきだろうか。
「あの、エメラナ姫、初対面で緊張していらっしゃるのかもしれませんが、そろそろ顔を見せていただけないでしょうか?」
「は、はい。ただいま……」
「ありがとうございます」
私がお願いすると、エメラナ姫はその顔をかなり恥ずかしそうにしながらも見せてくれた。
その顔は、まだ真っ赤だ。どうやらかなり緊張しているらしい。
そんな彼女に対して、どう接していくべきだろうか。まずは私のことをわかってもらうことが、先決かもしれない。
「えっと、私の名前はフェレティナと言います。ヴェレスタ侯爵夫人……ああいえ、エメラナ姫の助言もあって、アドールが正式にヴェレスタ侯爵を襲名したので、今は前ヴェレスタ侯爵夫人ということになりますね」
「あ、はい……」
「フォルファン伯爵家の長女で、そうですね……好きな食べ物は――いえ、こんなことは不要ですよね」
「そ、そんなことはありません」
エメラナ姫は、私の言葉にたどたどしく答えてくれた。
その様は可愛らしいのだが、いくらなんでも緊張し過ぎであるような気がする。王族である彼女は、人前に出ることも多い訳だし、私と話すだけでそんなにも動揺するものなのだろうか。
そう考えて、私はあることに気付いた。
彼女が玄関でアドールに見せた態度、それがここまで緊張する要因なのではないだろうか。
私の予想が正しければ、彼女はアドールに好意を抱いている。一応母親である私に対して緊張するのは、当然といえば当然なのかもしれない。
「で、でも、フェレティナ様はお綺麗ですね?」
「え? そうですか?」
「はい。とても美人さんです」
「ふふ、エメラナ姫は口がお上手ですね」
エメラナ姫は、私のことを突然褒め称えてきた。
そうやってお世辞の類を言うのも、私がアドールの母親だからに思えてならない。
しかし状況的にそれを確かめることもできないため、私は悩むことになった。こんな風に緊張されると、私としてもやりにくいのだが。
「いえ、お世辞ではありませんよ。私は本当に、フェレティナ様が美人だと思っています。私は、面食いですから」
「……え?」
悩んでいた私は、エメラナ姫の言葉に硬直することになった。
今彼女は、なんと言ったのだろうか。凡そ王族らしからぬことを言っていたような気がする。
ただそれは、私の気のせいかもしれない。いや、きっと気のせいだ。王族がそんなことを言うはずはないのだから。
「エメラナ姫、今なんとおっしゃっいましたか? 多分、私の聞き間違いだとは思うんですけれど……」
「私は、面食いなんです……ああいえ、表現が適切ではありませんね。美的価値観というものは人それぞれですから」
「いえ、まあ、それはそうですが……」
私の質問に、エメラナ姫は笑顔で答えてくれた。
あまり受け入れたくないことではあるが、彼女は確かに面食いだと言っているらしい。要するに綺麗な人とかが好き、ということだろうか。
自分が綺麗かどうかは、とりあえず一旦置いておくとしても、王族である彼女がなんということを言っているのだろうか。
その俗っぽい言葉は、どこで覚えたのか気になる所だ。本で読んだりしたのだろうか。ただ何かしらの悪影響があったことは、間違いなさそうだ。
「まあ要するに、私は自分の好みの顔の女性の前だと、緊張してしまうんです。段々と慣れてきたので、今はなんとか平静に話せていますが……」
「女性……えっと、男性は範囲外なのですか? ここにいるリヴェルト様なんかも、中々にかっこいいと思うのですが」
「男性については、もうそれ以上がないという方に出会っていますから。昔は男性でも固まっていましたが、今はもう大丈夫です」
エメラナ姫は、そっとアドールの方に視線を向けていた。
それによって、私は理解する。エメラナ姫が、どれだけアドールに対して想いを向けているのかということを。
根本の性質を覆すくらい惚れ込んでいるというのは、すごいことであるように思える。
「なるほど、エメラナ姫は素敵な恋をなさっているようですね」
「フェレティナ様にそう言ってもらえるのは、とても嬉しいです。あ、でも、そうですね。せっかくですから、一つご提案したいことがあります」
そこでエメラナ姫は、少し身を乗り出してきた。
その動作からは、逸る気持ちのようなものが伝わってくる。
その内容は、なんとなく想像することができた。話の流れからして、恐らくアドールとのことで間違いないだろう。
「フェレティナ様、私とアドールとの婚約を認めてくださいませんか?」
エメラナ姫が口にしたことは、概ね私が予想していた通りのことだった。
彼女の想いの大きさは、先程の言葉所か一連の行動から理解できることではあった。そんな彼女が、そういった提案をするのは必然であるといえる。
私は、そっとアドールの様子を伺った。彼は微妙な表情をしている。どうやら婚約の提案に対して、色々と思う所があるようだ。




