27.お披露目会④
マリーナの極上のカーテシーを受けた大声親子と周囲の人々が、言葉を失って立ち尽くしている。
<僕も挨拶をされていないので貴方の名前は呼びません。それに、子供でも知っているレベルのマナーが出来ない貴族もどきは、本日のお客様にはいらっしゃらない筈です。これ以上の醜態をさらす前に、速やかにお引き取りください。>
カルロが暗に良識のある貴族しかいないはずだよね?と周囲の人々を見回しながら問いかけると、周囲の人々も彼らと一緒にされたくないのか、同意をするように大きく頷いている。
その時、私の言葉とカーテシーに呆然としていた大声親子が、ハッと意識を取り戻した。
そして、カルロが言った言葉を全く聞いていなかったのか、カルロが自分たちの味方をするために来たかのように振る舞いだしたのだ。
<カルロ殿!この偽物が我々に失礼なことをしたのですぞ。こちらが納得する罰を与えてくれるのでしょうな!!>
<そうですわ!小さい頃からカルロ様のお相手はわたくしと決まっておりましたもの。わたくしを悪意から守るための仮初めの婚約者とはいえ、このような態度を許してはいけませんわ!!>
あまりの話の通じ無さに、カルロと二人で顔を見合わせて大きなため息を吐いた。
それでも、『ここは任せて』とカルロが目で伝えてきたので、任せることにした。
<はあ…先ほどから正式な挨拶もなく、私の名前を許可無く呼ぶ君たちは誰なのかな?>
(いや、さっき大声で叫ばれたから名前は知ってるけれど、貴族のルールとして正式に挨拶を交わしていない相手の名前は、普通は呼ばない、いや『呼べない』ものなのだ。)
<え!?何を言っているのですか、カルロ殿。未来の義父となるダミアーノ・ド・ベルトリーニですぞ。我々の仲でいちいち挨拶など必要ないではありませんか!>
<そうよ、カルロ様。貴方様の正当なる婚約者タチアナ・ド・ベルトリーニですわ。挨拶など、我々の間では些事でしかありませんわ。>
彼らの発言に、周囲の人々がざわめいた。
当たり前よね。
貴族としての在り方を、貴族であると主張している本人達が否定しているんだもの…。
『親しき仲にも礼儀あり』
親しい仲だからこそ、相手への配慮や礼節に欠けないように気をつけなければならない。
この考えは、貴族社会でも当然のようにあり、良好な関係を長く続けたい相手であればあるほど、節度をもって接することが求められるのだ。
貴族社会とは、一見すると縦の繋がりが強いように感じる。
それは身分制度の側面から見ると正しいのだが、貴族社会はそれだけでは語れないのだ。
身分という明確な上下関係によって統率が取れた安定した社会を作ることが出来る。
反面それだけでは、過度な押さえつけによって新たな思想や考えが生まれにくい停滞した社会になってしまう。
そこで、婚姻や利害・協力関係に基づく横の繋がりを築くことによって、上からの押さえつけに耐えうる力を持つことが出来、新たな人や物の流れを作り出して、社会の停滞を防ぐ事が出来るのだ。
この二つの側面があるから、貴族は幼少期からマナーやタブーを教え込まれる。
それは、身分の上下に関する正しい知識や、横の繋がりを大事にするための節度ある交流を持つ事を非常に重視しているからなのだ。
よって彼らの発言は、貴族としての横の繋がりを軽視する発言であり、聞いていたほとんどの人は不快な表情を隠していない。
こういった繋がりを軽視する貴族の情報は、あっという間に拡散する。
誰も自分たちに不利益となる者と付き合いたいとは思わないし、万が一にも身内に引き込んでしまえば、身内として連座させられる可能性すらあるので、こういった情報は非常に早く正確に回るものだ。
身内だけではなく、それぞれが親しくしている人達にも忠告として話せば、それが爆発的に広がっていくのも当然なのだ。
(あー…あの大声親子終わったわね…。こちらが何もしなくても勝手に消えてくれそうだけど、カルロはどうするかしらね)
カルロも呆れた表情を隠していない。
そのままの表情で、近くいた給仕係に話しかける。
<はあ…。この者達は本当に人間か?同じ言葉を話しているはずなのに、会話が成立しないとは魔物と話をしている気分だ。>
ため息交じりにカルロが言った言葉は、決して大きな声では無かったが、大声親子のとんでもない発言に静まりかえっていた周囲に静かに響いていた。
それにより、周囲からは冷笑が広がった。
<確かに、貴族を名乗っておいて、親子揃ってあそこまでの常識知らずはあり得ない。>
<儂は平民の商人だが、貴族の方々と接することも多い。彼らの発言は貴族の間では通用せんだろう。>
<あれほど会話が通じなければ、魔物なのかと疑いたくなる気持ちが分かるよ…。>
カルロの魔物発言と、周囲のクスクス笑いが自分たちに向いていると気付いたのか、大声親子が心底意味が分からないという表情で周囲を見渡している。
そんな彼らにも分かるようにカルロがゆっくり話し始めた。
<まず、第一に。僕があなたたち親子と会ったことがあるのは、過去に二度だけ。僕が四歳の時で、隣の領地であるベルトリーニ子爵領で大規模な地滑りが発生して、その災害援助を求めに我が家に来た時と、災害終息後にお礼を言いに来た時の二度です。両方とも確かにベルトリーニ嬢を連れていらしていましたし、同じ年頃ということで、親同士の話し合いの際は僕と兄がお相手をしましたが、それ以来一切の交流はありません。>
(まあ…隣の領地はいえ、接している土地は僅かで、普段は物資や人の行き来もほとんどないけどね…)
<そ、それは…まだ二人とも幼かったために控えていただけです。二人はずっと思い合っていたのですから、細かいことは問題ではありません!回数が少なくとも覚えておられるのが、思って下さっている証拠ではありませんか!!>
カルロが正確に会った回数や状況まで覚えているとは思わなかったのか最初は弱気だったが、話している内に自信を取り戻したのか、また大きな声で『それこそが証拠だ!』と言い放つ。
周囲の人々も、四歳という幼い頃に会ったことを覚えているのなら、ずっと気にする存在だったのか?と感じた者もいるようで、そんな声を拾ったダミアーノは得意そうにしている。
それに対して、カルロは特に反応せずに、淡々と事実を並べていく。
<第二に。僕とマリーナの婚約は五年前に結ばれています。しかし当時は互いの幼さを考慮して、解消の可能性を残す事が出来るように公表のみでした。とはいえ、家と家との正式な約束事なので、両国で婚約に関する書類を交わし、両国王家にも届け出を出しています。それが、この五年の交流を経て揺るぎないものになったので、お披露目をすることになったのです。貴方方とは僕個人としても、フェレーリ家としても何かを約束したことも、正式な手続きも何もしていない。それなのに、どうして自分たちの方が正当な存在だと主張出来るのか、全く理解が出来ません。>
<うちのタチアナとの出会いの方が先ではありませんか!タチアナへの想いを忘れようと、無理に婚約をしたのでしょう!>
確かに、タチアナとの出会いの方が先なので、その可能性はあるかも…という雰囲気はまだ若干残っている。
そんな周囲の人々の様子を、マリーナはそうとは悟られぬよう冷静に観察していた。
(大声親子の対応はカルロに任せたから、周囲の人々の観察をさせて貰いましょうか。お義父様の最初の挨拶の時と同様に、見られているとは思っていない人達は、それぞれ面白い反応をしているわね。この後、話をする人も居るでしょうから、その時との違いを比較出来そうだわ!)
カルロがここまで言っても、あくまでも自分たちが正しいと主張しつづける彼らの様子に、とうとうカルロの堪忍袋も限界を迎えたらしい。
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