Dream.9『ウルタールの猫』
2、3の山と河を飛び越えてアリスとイヴは都市に着いた。封建時代風の街並みをしており、建物は上階が張り出して、屋根が尖っている。そして何より目に付いたのは、石畳の上で寝転び微睡む猫達の姿だった。
シャンタク鳥はまた呼んでくれと伝えるかのようにイヴに目配せをし、飛び去って行った。
「うわ、すごい!猫がいっぱい!ここがダイラス=リーン?」
アリスは膝を折り、近づいてきた仔猫の顎を撫でる。
「ここはウルタール。食事はここで取る。ダイラス=リーンは治安が悪いから、そこだとぼったくり店や素行の悪い客が多い。それに、この辺りではナシュトとカマン=ターが信仰されてるからもしかしたらあなたが帰る方法もわかるかもしれない。」
イヴは腰のリボンの隙間から財布を取り出し中身を確認しながら言う。
「そっか、ありがとう。てか、そんなところに大祭司様が居て大丈夫なの?」
ナーサリーさんが呟いていたことを思い出し、イヴの気遣いにアリスは感謝する。加えて、偉い人はもう少し安全で活気のある都市に居そうなイメージがあったので心配もなった。
「彼はそこの領主だから。それに、彼には『ダイラス=リーンの眼』って言う秘密警察があるから大丈夫」
アリスは、ほへぇ〜っと気の抜けた返事をして納得する。
アリスは猫達にだいぶ懐かれているようで、アリスの周りにはぶちや三毛、シャム、トラ柄等様々な猫が集っていた。
「懐かしいなぁ、私も猫の友達が居てね。ダイナって言うんだけど、黒くて額に目みたいな変な模様がある仔猫なんだ。」
と、アリスは猫を持ち上げ、猫特有の流動的な伸びに笑みを零して感傷気味に語る。そして、猫を降ろし、何かを思いついたように手を叩き念じると、10本のスティックが入った袋と大きめの皿が出現した。
「出来た出来た!よーし、たんとおあがり」
アリスはちゅーるを皿に絞り猫達に振舞った。
「私もお昼ご飯を食べてこないとね」
そう言って、アリスは立ち上がり、待たせてしまったイヴと街へ歩みを進めた。
ウルタールのある喫茶店で、アリスとイヴは寛いでいた。マホガニー材のアンティーク風の壁に猫の絵画が掛けられ、オレンジ色のランプが店内を照らし、チーク材のフローリングには愛らしく寝そべり客に食べ物を強請る猫がいる。
「異世界で外食!異世界で外食ー!」
ファンタジックな内装の店内も相まって、アリスは浮き立っていた。
「他の客の迷惑になるから、ボリューム抑えて」
イヴはメニュー表を見ながらアリスを制止する。はぁいとアリスは返事をしメニュー表を捲る。内容は覚醒の世界と大して変わりはなかったがアリスの心を満たすのには十分だ。
そして、イヴはグラタンとシュークリーム、コーヒーを頼み、アリスはフィッシュバーガーとワッフル、紅茶を頼んだ。どれも猫のクリームが掛けてあったり、猫の形にくり抜かれてあったりして目でも舌でも楽しめるものだった。
食後、「猫かわいいね〜」と、アリスは備え付けの猫じゃしで猫と戯れる。それを見て、イヴはある話を切り出した。
「少し、怖い話をしよう。ウルタールでは猫を殺してはいけないという掟がある」
イヴは手を組み、顎を乗せて意地悪そうに笑みを浮かべる。
「え、なんで?ウルタールじゃなくてもそんな可哀想なことしちゃダメだよ」
アリスは猫じゃらしを振りながら聞く。
「うん、そうだけど。昔、ウルタールには猫を罠にかけて殺すのを楽しむ老夫婦がいた。ある日、キャラバンがやって来て、そこの少年の形見の仔猫も老夫婦に殺されてしまった。それを悲しんだ少年が異形の神に祈りを捧げると、その夜キャラバンと共に猫が居なくなってしまった」
「キャラバンが連れて行ってしまったの?」
それに首を振ってイヴが返す。
「猫は戻ってきた。妙に毛艶が良くなって、彼らは何も食べなくなって。同時にあの老夫婦も見なくなって、もしやと思った村の人は老夫婦の家を訪ねると、土間に肉が綺麗さっぱり取り除かれた彼らの骨があった。つまり、猫に報復で食べられた。」
イヴはその後、猫の報復が怖ければ猫は殺しちゃいけないよ、という話だと〆る。アリスはコワーイ!っと震え上がりつつも遊ぶ手は止めなかった。
猫と戯れるのに満足したので、
「なんで急にあんな話したの?」
「ウルタールと言えばこの話だと思ったから」
などと話しながら会計を済ませる。
店を出ると、毛を逆立て弓なりになった猫と抽象絵画のようにアラベスク模様透かし模様の色鮮やかな猫らしきクリーチャーが唸り合い、それを赤褐色の斑点のある、オレンジ色の荒い皮をした6本足の猫らしきものが諌めていた。
「なにこれー!?どうなってるのー!?」
6本足の猫が何か伝えたげにこちらに寄ってくる。イヴが耳を傾け話を聞くとアリスにこう言った。
「『娘がくれたクリームが大層美味くて、それを土星からの猫が奪い食べて喧嘩になったそうだ。最終的に娘にもう一度分けて貰おうと話が着いたのだが、奴らは元から仲が悪くさっきからあの調子じゃ。頼まれてくれんか?わしもそのクリームを食べてみたい』」
「ーーだって」
アリスはあの時猫に上げたちゅーるのことを思い出した。ちょっとした気まぐれがこんなことになるとは思わなかった。
「あ〜なるほど。よし、任せて!」
アリスはちゅーるを夢見の力で具現化し、猫が持ってきた皿に再び搾った。
「もう喧嘩しちゃだめだよ!」
アリスは猫達を叱ると、彼らはちゅーるに舌鼓を打ちながらそれに応えるようにニャーと返事をした。
「アリス良かったね。彼らは義理堅いから何か困ったことがあったらきっと力になってくれるよ」
「ほんとに!?助かるなぁ、やっぱりいい事はするものだね」
「早速何か頼んでみない?」と、イヴが持ちかける。猫達はすっかりクリームを平らげていた。
「そうだなぁ、ここってナショ?えと……ナシュトとカマンターが信仰されてるんだよね、私帰り方が知りたいの。2人の行方を知ってそうな人、知ってる?」
うろ覚えのアリスにイヴが名前を耳打ちし、アリスは猫達に問うと、猫達はおもむろに動き出し道案内をしてくれた。
辿り着いた場所はウルタールの最も高い丘の頂上、そこには蔦が絡み合った石造りの円形の神殿があった。
「ここの神官が何か知ってるかもしれない、だって」
イヴが猫の言葉を訳す。
「ありがとう!助かったよ、ねこちゃん!」
アリスは猫達に手を振り、2人は神殿の中に入っていった。
最上階の聖堂で、神官が象牙の台座に腰を下ろしていた。老人は威厳のある風貌をしており、床までに届くほどの白い髭が彼の歴史を物語っていた。
「何用かね、若き者」神官が口を動かす。
「神官……ですよね?私はアリス、こっちはイヴです。実は聞きたいことがあって、ナシュトとカマン=ターの居場所はご存知ないですかね?」
アリスは彼の威圧感に震え縮こまりつつも問いかけた。
「……知らぬ。残念だが儂はお主の力になれなんだ。しかし、彼らが存命であることは判る。」
神官は見よ、と人型の像を指す。それは立派な神像
で、その左耳にはお香が炊かれていた。
「ナシュト様が生きておられる証拠に、この像には罅ひとつ無い。夢見る人。真に帰りたいと願うのであれば、いづれは会えよう」
神殿を出ると、猫達は律儀にアリスとイヴを待っていた。
「他に用があるなら寄っても構わない」
イヴは時計を見て、若干焦りがちではあるがそう言った。そして、時計を見てアリスは思い出した。
「あ、時計!」
「そういえばそんな話してた」
「ねぇ、ねこちゃん!ここで時間がわかる場所って無い?」
アリスが猫に聞くと、猫はニャーと鳴き、時たま止まりながら先へ進んでいく。着いて行くと大きな広場に入った。そこには、花壇で草花にじゃれつく猫や走り回る子供、それを見守る母親がおり、大きな時計も鎮座していた。
アリスは時計の下へ行くと、イヴから時計を受け取って針を合わせ、数分巻き戻した後イヴに返した。
「はい、これでオッケー!これなら私が正確な時間がわかるから、要らない心配をすることは無いよ!私がずっとイヴの隣に居るから、私がイヴの時計の代わり!」
アリスはイヴに微笑みかける。イヴは少し頬を赤らませ、時計で口元を隠し「ありがとう」と呟いた。