Dream.10『青イモムシと3月うさぎ』
アリスとイヴは、ダイラス=リーンへと降り立った。去るシャンタク鳥の羽ばたく音を背に2人は街中に溶け込んでいった。
ダイラスリーンは青緑色の川幅が広く、流れの速い川と南方の海に繋がる河口付近に位置し、冷たい潮風が人々の鼻を撫でる。この都市の建造物は空を貫くほど鋭く尖った塔のようで、ほとんどが玄武石でできており、空に登る煙のモヤが都市の陰鬱さを強めていた。
辿り着いた教会はこの街の建物とは異なり、平坦な屋根と堅固な柱、均等に並んだいくつもの四角い窓で構成され、アリスのよく知っているものに似ていた。
2人は中へ入り、アリスは落ち着きの無い様子で内部をキョロキョロと見渡しながらイヴの1歩後ろを着いて行く。
中はこれまで見てきたものとは違い技術力を感じさせる先進的な作りになっており、覚醒の世界の人物か、全く別のエイリアンじみた者が干渉しているのではないかと思わせるものだった。
上部に矢印で階が示された、アール・デコ風の装飾とフェンスの扉のエレベーターに2人は乗り、最上階へ向かう。アリスはドキドキする心臓を抑えてイヴの手を握ると、イヴはその手を握り返した。
間接照明が照らす廊下を進み、突き当たりの扉でイヴが止まる。扉の隣には『大祭司室』と彫られて居るのであろうプレートが掛けてあった。
イヴがノックすると嗄れた声で「入って良し」と返ってきた。
扉を開けると中には1人の少年が水タバコ片手に書類にサインをしながらアリス達を待っていた。少年は2人の姿を目視すると姿勢を改め名乗った。
「来たかね、小娘。余は旧神ノーデンス」
扉の前で聞いた嗄れた声で言い、
「そして僕はノーデンスの人柱であり、この教会とダイラス=リーンを統べる大祭司、フィランソだ」
と、見た目相応の声で言う。
アリスは驚いて目を丸くするのを見て、彼は更に付け加えた。
「僕はノーデンス様の敬虔な信徒でね、自分の体を自由に貸しているのさ」
「然り。お主らは移動許可を得に来たのであったな」
フィランソの発言にノーデンスは頷く。1人の人物が交互に話し合う様は奇妙なものであった。少年が1枚の紙を取り出しデスクに置く。
「何をしている。さあ、これに必要事項を書くんだ」
フィランソが扉の前でじっとしている2人に声を掛ける。ハッとした2人は少年のデスクに近づき、イヴは少年から羽根ペンを受け取り書類の欄を埋めると速やかに受理された。
すると、後方で扉と右隣の扉が勢いよく開き陽気な声が室内を駆け抜けた。
「イヴちゃんいるーー!?」
「フィランソっちー!端末にジュース零したやべぇ!」
後方からジャックと右隣からシスターが乱入してきた。それにフィランソかノーデンスか判別出来ない少年は頭を抱えて疲労感を含んだため息をついた。
「……小僧、何しに来た」
ノーデンスは頭を抱えたまま聞く。
「イヴちゃんが来るってわかってるのに僕が来ないわけなくない?」
ジャックはイヴを抱き上げくるくる回り再会を喜んでいた。
「21時からギルバトなんだけど!?ヤバいってどうしよ!?ほら、見て、画面真っ黒!」
シスターは端末をフィランソの眼前に置き頭を抱える彼の肩を揺らす。
「何でそんなこと僕に聞くんだよ……」
「愚痴!」
遂にフィランソはシスターの発言にカッとなり、水タバコの煙をシスターに吹きかけた。煙たがりながら、だって仕方ないじゃんーっ!とギプスをした右腕を振る。
一方、アリスはと言うと、突然の自体に困惑し苦笑いしつつも、緊張した空気が和んだことに安堵していた。
そして、夢で聞いた『ニャルラトホテプに気を付けろよ』という言葉を思い出し、ジャックに懐疑的な目を向けていた。
フィランソはそれを見逃さなかった。
「ジャック、五月蝿しくするなら隣の部屋でやれ」
低い声でフィランソはジャックに告げると、
「はいはい。ほーらイヴちゃん、向こうでお話しようねー、いっぱい土産話聞かせてあげる」
「ニャル兄の話好き。楽しみ」
などと話しながら退室していった。
「不安の種は取り除いたぞ、余からも奴抜きで話がしたいのでな。ステラよあれを出せ」
あいなーっと、ノーデンスが指示をするとシスターはある書類をアリスにみせた。書類は街中で起こっている事件についてのものだった。
その事件というのは、見知らぬ人や友人の数名が白い部屋で目を覚まし、毒入りのスープを飲むというもので、被害者の中には、意識不明、精神に異常を来す、心臓発作で命を落とす、四肢のいずれかの感覚を失うなどの実害のあった者もいる。
「これは……」アリスは恐ろしい事件について記された書面に慄く。
「その事件の犯人は恐らくチャウグナー・フォーンだ。人を自死に追い込み勇姿を試す手口がまさにそれだ」
アリスは斎場で聞いた話を思い浮かべる。
「不活性状態にある彼は人々を夢の世界に呼び、復活するための力を集めているのだろう」
「これは2人への依頼っスよ!お2人には奴の空間に行って調査して、奴本体の居場所を掴んで欲しいつス!」
フィランソは淡々と語り、シスターが依頼内容をまとめる。そもそもこれはステラの仕事だったのに、とフィランソは小言を言っていたがシスターは無視を決め込んだ。
「わかりました、任せてください!……でも、そのチャウグナー・フォーンの居場所ってどうすれば。えっと、夢の中での調査なんですよね?」
「ああ、それは問題ない。イヴの力を使えばいい。彼女にはこのドリームランドの異変を感じ取る力がある」
なるほど、とアリスは納得する。続けてノーデンスが言う。
「ここから先はあの小僧を退ける必要のある内容よ。お主がジャックを疑うように余も奴に目を付けておる。奴はいつも何かを企んでおるからの」
水タバコをふかしながら隣の部屋に目線を移して、再びアリスに目線を戻す。ノーデンスがシスターに指示を出すと、シスターはある装置をアリスに渡した。
「小型の通信機っすよ、ここのボタンを押してくれたらあたしらが出るんで、これで先にチャウグナー・フォーンの居場所を教えて欲しいっス。一応、イヴっちには黙っておいてくださいっスよ」
と、シスターがアリスに耳打ちする。それに頷くと、アリスはそれを受け取った。
しばらくするとジャックとイヴが戻って来て、アリスはイヴに依頼内容を伝えるとジャックはあからさまに心配そうにしていた。
「身の危険を感じたらすぐ僕を召喚するんだよ、夢の中までは行けるかわからないけれど」
「大丈夫。わたしはもう人柱だから、自分で頑張れる」
イヴはジャックの申し出を断り、ジャックは大人になっていくイヴに嬉しさと寂しさを嘆いていた。
「はーい、残念でしたー。つーわけで、ニャルっちは退散退散ー。こっからはあたしがやるっスから。ほら、2人とも付いて来るっスよ!被害者に直接話を聞きに行くんす!現場100回!」
シスターは左手を掲げプラプラとし二人を招きながら退室していった。
「そんなに訪ねられたら流石に迷惑」
と、イヴがツッコミを入れ、アリスは苦笑する。
「そういや、自己紹介をしてなかったっスね!あたしは偉大なる種族、イス人のステラ・ナート・シンクレア!略してSNSっス!呼びタメでシクヨロ!」
路上で目的地に向かいながら、ステラは眩しい笑顔でピースをしてアリスに挨拶をする。
「よろしく、ステラ。ところで、イス人って何?」
アリスは聞き慣れない単語に頭上にハテナを浮かべる。
「イス人ってのは時間を征服して、過去も未来も自由に行き来出来るんスよ。まぁ要するに、すんごい頭いい科学者ってとこっスね!」
科学者という言葉で、ここで目にしてきた数々の近代的な機器に納得していると、女性の悲鳴が聞こえてきた。
「引ったくりよー!!」
女性の視線の先にはこぶのような結び目のある卑しい男が女性のバッグを持って走り去ろうとしていた。それを見たステラは舌なめずりをし銃を取り出した。ハンドガンのような外見の銃に黄色の弾を装填する。
「あたしにお任せ!ビリビリしちゃうっスよー!」
パチンとウインクをしクルリと回ると、ステラはトリガーを引く。電撃の球は男に命中し体がシルエットと骨に点滅するエフェクトが見えた。男は体から煙を出して失神する。
「これで仕事押し付けたぶんチャラっスね!」
と、ステラは親指を立てアピールする。バッグを取り戻した女性はステラに感謝をしていた。
そうこうしているうちに3人は目的地に辿り着いた。ここで、被害者が数名集まって私達に情報を教えてくれるらしい。
「じゃ、道案内は終わったんであたしは失礼するっス。ここからはアンタらの力で何とかするっスよ!」
「ありがとうございます。……頑張ります!」
初めての聴取、アリスは緊張で手汗が滲むが掌をギュッと握り、覚悟を新たにした。
帰るステラの背を見送り、2人は扉を叩く。開いた先には探偵としての新たな世界が始まろうとしていた。




