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夢見るアリスと白兎アイホート  作者: 潮田しお
第1章『奇跡の林檎は絶望となりえるのか』
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Dream.6『朱の王座教団』

「どちら様?……あぁ、ナーサリーのとこのイヴちゃんと……隣の子はお友達?」


 白髪混じりの中年の女性だった。穏和な語りでとても人を殺しそうには思えない。


 イヴが口を開く。


「話があって来た。今朝、シュブ姉が何者かに襲われた。犯人は恐らく供物を届けに来た村人。おばさんはシュブ姉と仲が良かったはず、何でもいいから思い当たる点があったら教えて欲しい」


「あぁ、その話ね……。立ち話もなんだから中に入って、林檎は食べる?うちの林檎は美味しいわよ、なんだって唯一の無農薬林檎なんだから」


「私達は……もうお腹いっぱいだから大丈夫です」


実際もう満腹だったし、容疑者の出す食事はあまり進んで食べる気にはなれない。




「ナーサリーのことは残念だわ、短剣で体を切り裂かれるなんて……可哀想なナーサリー。思い当たる事は特に、力になれなくてごめんなさいね」


おばさんはオイオイとハンカチで涙を拭う。誰もがこの婦人に同情するだろう、でも。


「……短剣?私達が流した話はナイフで殺害されたというものだったはずですけど」


 今、確信した。この人はまごうことの無い、真犯人だ。


「あら、聞き間違えたのかしら。もしかして、私を犯人だと疑っているの?ひどい……私は彼女にそんな事しないわ!」


イヴはテーブルに上がり泣き崩れる婦人の胸ぐらを掴んで怒号を上げた。


「酷いのはあなただ。あなたはシュブ姉の信頼を裏切った!シュブ姉はよくあなたの話をしていた。子供達が人柱として巣立って、ヨグ兄も居なくなって寂しかった。でも、あなたが来てくれるようになって、植物の話をしている時とても楽しくて、幸せで……救われると。実際はシュブ姉を騙して近くための演技だったとは。言い逃れはさせない、証拠ならある。あなたが孤児院に置いていった供物が!」


 婦人の体は持ち上げられていき首が締まる。婦人は喉から声を絞り出してただの供物が自分のものである証拠にはならないと主張した。


「いいえ、なるんですよ。それが。あの籠に入っていた野菜や果物の葉は少し虫に喰われていました。無農薬である証拠です。そして、その中には林檎が含まれている。……さっき言いましたよね、無農薬の林檎はうちだけだって」


 婦人は眉間に(しわ)を寄せて冷や汗を流す。何か反論をしようとするが、何も出てこず口を開閉するだけだった。


「語るに落ちるとはこのことだな」


 そして、婦人の体は床に投げ出され尻もちをつく。ーーーーイヴの黒い鮮血と共に。


「イヴちゃん!!!!」


 アリスが叫ぶ。アリスの目の前には手首を切り取られ血を流すイヴが居た。イヴは膝を着き激痛に顔を歪める。


「アハハハハハハハハハハハ!!!!!ダメじゃない人柱が人間を傷つけちゃあ、()()は守らないと」


 婦人はイヴの右手を踏みつけて、口角を釣り上げ甲高い声で笑う。


「イヴちゃんに何をしたの!?」


「何って、これよこれ」婦人は隠し持っていた短剣を2人に見せつけた。18cm程の銀色に光る二等辺三角形の薄い刃と長さ13cmトキの頭部の形をした柄が特徴的な短剣だった。


「……トートの短剣、なるほど。それなら物理攻撃の不可能なものにもダメージを与えられる。それに呪文を重ねがけして強化を……」


 イヴの発言に婦人は笑みで応えた。


「何故、何故シュブ姉を殺した!他の事件もお前が、お前の仲間の仕業か!」


 婦人は慈愛の瞳を持って諭すように言った。


「この世界の為よ、この世界は歪められている。人柱から邪神を解放し正しい姿へ戻すの。直に星辰が揃う時が来る」


 頬を染めて恍惚に浸り、更に続ける。


「ーー(あか)の王座教団、この世界に救いを(もたら)す救世主の名よ。覚えておきなさい」


「朱の王座教団……?」

 アリスは目の前の狂信者の言葉が理解出来なかった。人柱はみんなを守るためのもの、それを破壊するだなんてどうかしている。アリスの眼には人殺しを無意味な動機で正当化する悪しきものに見えた。


 あなたみたいな狂人に救われたくなんかない。


「さて、そろそろあたしは去るとするわ。流石に夢見る人と()()()()()()()()の面倒は手に余るわ。この手も小さすぎて使えなさそうだものねぇ」


 狂信者はイヴの手首を蹴って返し、忌々しい呪文を唱えると、天井を突き破り瓦礫と共に忌まわしいものが姿を表した。

 それは一体の巨大なクサリヘビの怪物だった。頭部に複数の異様なうねる突起と広げればその体の倍にもなろう黒光りするコウモリの翼が生えていた。


「あれは、……狩り立てる恐怖!」


 巨大な蛇の怪物が舌なめずりをして二人を見詰める。あれはどうやら私達を生贄に選んだようだ。狂信者はにやにやと小不気味な笑みを浮かべている。


「……アリス、今からわたしの言う事をよく聞いて。今すぐ、自分の四方を何でもいいから壁で覆うの。絶対に破れない壁。」

 アリスに背を向けたままイヴは呟く。


「どう、して……?イヴちゃんは!?」


「心配は要らない。わたしが、アリスを守るから」

 イヴはこちら側を向き、薄く笑う。


「大丈夫、わたしは強いから。それと……」

「ーーーー疑って、ごめんなさい」


「い、嫌だ……嫌だよ!イヴちゃんにこんな怖いことさせられない、大怪我してるのに……だったら、だったら私も…」


 戦う、そうしたいのに、足がガタガタ震えて想像が出来ない。あれに勝つ未来を想像出来ない。


「こんなの、怪我のうちにも入らない。血ももう止まってる」


 イヴが欠損した断面に意識を集中させるとブクブクと患部が泡立ち人の手首の形を形成し始めた。アリスは直感した、これが人柱なのだと。人であって人ではない、人を捨てた異形の存在。


 狩り立てる恐怖がイヴに狙いを定め巻きつき体を拘束しようとするが、するりと抜け出してしまう。

 イヴは体勢を持ち直し怪物の腹部に蹴りを入れる。衝撃で大蛇の体が大きくうねった。暴れる大蛇の尾が家具を薙ぎ払い、風圧でカーペットが(めく)れ床に描かれた魔法陣が顕になった。


「あ〜、怖い怖い。あたしはこれにて失礼するよ」

 魔法陣が妖しく光り、陣内に入ると狂信者は姿を消した。

「ーー待っ」

 アリスは狂信者を追おうとしたが、目の前の戦闘に割入ることは出来ず逃してしまった。


 狩り立てる恐怖はイヴを拘束することを諦め大きな顎で飲み込もうとしていた。上空を旋回し、速度を付け襲いかかるがイヴの反応速度には勝てなかった。


 これ以上戦闘を長引かせたら家が倒壊してアリスが危ない。この一撃で決める。

 イヴの瞳が輝く黄緑色に変わると、脚に力を込め跳躍、狩り立てる恐怖の頭蓋にイヴの踵が激突する。


 戦闘が終わった。先程まで空間を支配していた恐怖は、今では地に這いつくばい反射的な痙攣をしている。


 驚き言葉を失うアリスにイヴは呼びかけた。


「言ったでしょ、わたしは強いって」


絶望の始まりは、人形のように白く艶やかな小さい手の形に戻っていた。

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