病床
看病イベントの話は、元々書くつもりだったのですが、この話を書いている時に、ちょうどタイミングよく(?)食あたりと高熱で倒れまして、お陰でというか何というか、この話は大変実感を込めて書けました(苦笑)
翌日の朝。みんなと朝食を摂っている時、胃を切り裂かれるような強烈な腹痛に襲われて、慌ててトイレに駆け込んだ。
「や、やばい…」
明らかに腹を壊した。そう思った瞬間、頭のなかにここ最近食べたヤバそうなものが思い浮かぶ。
「昨日の夜の肉かな…」
昨夜の夕飯は砦の近くの森で騎士達が狩った動物の肉だったのけれども、火の通り方がイマイチだったのだ。何となく不安だったのだが、まさか本当に来てしまうとは、後悔先に立たずというか何というか。
「うう…どうすっかな…」
腹を押さえて食堂に戻りながら、思わず呟いた。調子は明らかに悪く、休んだ方が良いのは間違いない。けれど今日は幾つか予定もあるし、みんなが元気に働いたり鍛錬している横で、調子が悪いと休むのは少し気後れもした。
結局、決断がつかないまま食堂に戻り、元気なフリをして席につく。けれど、どうしても食べる気にはなれず、一口だけ押し込んでから席を立つ。
「ごちそうさま…」
ああ、ヤバい、さらに悪くなってる!悟られぬようにするので精一杯の俺の耳に、あの印象的な声が響いた。
「大丈夫ですか、神官様。もしかして、どこか悪いのでは…?」
クラウディアスの声だった。その言葉に俺は、安心したような慌てたような気持ちになりながら、まだ取り繕うような言葉を口にする。
「い、いや、ちょっと腹が痛いだけだから…。少し休めば大丈夫だよ、ありがとな。」
そう言って逃げるように自室に戻ろうとすると、クラウディアスにぐい、と腕を掴まれる。
「少しじっとしていて下さい。」
きっぱりとした口調でそう言われて、観念して大人しくしていると、クラウディアスは腹に手を当てた。なんのつもりだろう?と思っていると、クラウディアスは淡々とした声で告げた。
「あまり良くありませんね。最低でも、今日一日は安静にしていて下さい。」
「いや、でも、本当に大丈夫だから…」
往生際悪く言い募る俺に、クラウディアスは冷たく、それでいて激しい口調で言う。
「つべこべ言わずに、部屋に行って休んで下さい!」
「は、はい!!」
俺は尻尾を巻いて逃げ出した。
「…で、何でお前がずっといるんだ。」
少し恨みがましい声でクラウディアスにそう言う。こいつは俺が部屋のベッドに入ってすぐにやって来て、それからずっと部屋にいた。
「ここにいる騎士の中では、私が一番医療魔術が得意ですから。」
「へえ、意外…」
俺が思わず呟いた言葉に、クラウディアスはシニカルな笑みで応えた。
「私が誰かを救ったり癒したりするようには見えませんか?」
「い、いや、そういうわけじゃ…」
慌てて弁解しようとすると、クラウディアスは肩をすくめながら言った。
「まあ、当たらずとも遠からずです。騎士になれなかったら医者になろうと考えて励んだだけですからね。」
「へえ…でもお前、剣技も魔術も騎士団でトップクラスだろ?騎士になれないなんて、考えたことあるのか。」
「私は貧民街出身の、親の顔も分からぬ卑しい身の上ですからね。伝統と名誉ある騎士団に相応しくないと考える者は少なくないですよ。」
淡々とそう答えたクラウディアスに、俺は思わず言葉に詰まってから、躊躇いがちに言った。
「…悪かったな、余計なことを聞いて。」
俺の言葉を聞いたクラウディアスは、柔らかな笑顔で「お気になさらず」と言ってから、何か唱え始めた。
「腸の働きを整える術です。どうですか?」
「どうって…ああ、ちょっと痛みが引いてきたかな。」
驚いたことに、クラウディアスの「魔法」は本当に効いていた。俺が少し楽になったような表情を浮かべると、クラウディアスはこれまで見たことも無いような穏やかで暖かみのある笑顔を浮かべた。
「なら良かった。少し休んで下さい。」
そう言って、また何か唱える。その効果を聞く間もなく、俺は眠りに落ちた。
次に意識が覚醒した時、俺は無意識にあのエメラルドグリーンの美しい瞳を探していた。その瞳は目覚めた俺の姿にすぐに気付いて、読みかけの本を脇に置いて言った。
「お目覚めですか、神官様。何かお持ちしましょうか?」
「水、くれ…」
短くそう言うと、クラウディアスは水差しをかざして飲ませてくれた。それから、身を乗り出して俺の顔を見ながら、気遣わしげな声で言う。
「お加減はいかがですか?少し熱があるようですね。痛みますか?」
「頭は、かなり。節々も…」
割れるように痛い頭を抱えながらそう言ってから、寝て全てを忘れてしまいたいという気持ちで言う。
「なあ、さっきのアレ、もう一度やってくれないか。俺、もう少し寝たいんだけど。」
「睡眠魔法は短時間で何回もかけると副作用があるんです。しばらく我慢して下さい。」
にべもなく言いながらも、クラウディアスは無言でよく冷えた濡れタオルを載せてくれた。いつになく優しいこいつに、つい甘えるように言う。
「じゃあ、暇だから何か面白い話してくれよ。」
唐突な俺の言葉にクラウディアスは戸惑ったような顔をしてから、しばし腕を組み、やがてぽつぽつと喋り始めた。
「面白いかどうかは分かりませんが…」
「うんうん、何でもいいよ。」
野次馬根性で身を乗り出すようにして言う俺だが、次の瞬間出てきた言葉にびっくりさせられる。
「さっき他の六人が神官様の顔を見に来た時、セルジュが奇妙なことを言っていましたよ。私がお側にいるのが一番神官様が喜ぶと。」
「はあ!?あいつ、何言って…」
セルジュの奴、昨日の話をクラウディアスにもしやがったのか?と思うが、そうでもないようだった。
「意味が分からず尋ねてみましたが、はぐらかされるだけでした。」
そう言って肩をすくめるクラウディアスを見て一安心したのも束の間、またとんでもない言葉が聞こえて来る。
「見当違いも甚だしいですよね、神官様が狙っているのはアンディなのに。」
「おまっ、なんで知って…」
そう言ってから、慌てて口を抑える。クラウディアスは苦笑混じりに言う。
「やはりそうでしたか。別に誰にも言うつもりはありませんから、ご安心を。」
「…カマをかけたのかよ。」
出来るだけ不機嫌に聞こえるような口調でそう言うと、クラウディアスは宥めるような口調で言った。
「たぶんそうだろうと思っていて、確認しただけですよ。そのぐらいの権利はあってもいいでしょう?」
「まあいいけど。お前はいいのかよ、自分を選ぶ可能性が無い奴の世話なんて。」
「私は自分のことを人間扱いしようとしない相手にも頭を下げてきたのですよ。この程度のこと、どうということはありません。」
再び言葉に詰まった俺に対して、クラウディアスは少し人の悪い笑みを浮かべて言った。
「神官様こそ、看病役がアンディでなくて良いのですか?何なら呼びに行きますが。」
「いいよ…お前でいい。お前の方が気楽だ。」
俺の言葉を聞いて、クラウディアスは嬉しそうに微笑んでから「私も神官様と一緒に過ごすのは嫌いではありませんよ」と言う。体は相変わらず痛かったけれど、何だか幸せな気持ちになって、もう少し言葉を交わしてから俺は再び眠りに就いた。
次に目覚めると、服はぐっしょり濡れていたけれど、熱はすっかり引いていることが自分でも分かった。
「お加減はいかがですか?悪くなさそうですね。」
俺の目が覚めたことに気付いたあの翠の双眸が、じっと見つめてくる。身を乗り出して熱を測ろうとするクラウディアスに、恐る恐るといった感じで尋ねた。
「ずっと、いてくれたのか?」
「神官様に万一のことがあっては大変ですから。」
そう言いながらクラウディアスは俺の額に手を当て、もう大丈夫ですね、と言って安堵したような表情を浮かべる。
「色々ありがとな。悪かったな、丸一日付き合わせて。」
外にはもう夜の帳が下り始め、部屋の中も随分と薄暗くなっている。一日中付き添ってくれたんだな、と感謝の念を口にすると、クラウディアスは気にしていないという風に笑って言った。
「お陰で私も今日の仕事をサボれました。またいつでも病気になって下さい。看病して差し上げますよ。」
この聞き慣れた憎まれ口にも、俺に気を遣わせまいとするさりげない気遣いが含まれていることが今では分かる。どこかぼんやりした気分のまま、思いつくままに言った。
「俺はこの世界に来てから、みんなの色んな面に驚かされてばかりだけど、知れば知るほどみんな好きになったよ。でも、一番驚かされたのはお前だ、クラウディアス。お前には何度も驚かされたり、助けてもらって、何だか友達みたいな感覚だよ。」
思いつきで言った俺の言葉に、クラウディアスは一瞬だけ戸惑ったような顔を浮かべてから、すぐにいつもの取り澄ました表情に戻って言った。
「そういう告白みたいなことは、私でなくてアンディに言うべきですよ。」
「そうかもな。でも、今ここにいるのはお前だし。それに何でか、お前の方が言いやすいんだよな。」
笑いながらそう言ってから、真面目な表情に戻して言った。
「この前、お前のことを嫌いだなんて言ってごめんな。俺が馬鹿だったよ。お前のことをよく知りもしないのに、一方的に決めつけて。」
「気にしていませんよ。私も神官様のお気持ちを考えない言葉を口にしていました。お許し頂ければと思います。」
クラウディアスはそう言ってから、失礼しますと言って部屋を出て行って、木皿を手にすぐに戻ってくる。皿の中には、肉とジャガイモを煮込んだスープが入っていた。
「少しでも食べて精をつけて下さい。お口に合うと良いのですが。」
言われるがままにスープを口にする。味はイマイチだったが、胃が空っぽになっていた俺にとっては、全身に染み渡るような感じがした。食べ終えてから、改めて礼を言う。
「本当に、今日は何から何までありがとな。朝、お前が俺の状態に気付いてくれた時、正直言って嬉しかったよ。その後も、色々…」
上手く言葉に出来ず言い淀む俺に、クラウディアスは柔らかな声で言う。
「今日私が神官様にして差し上げたことは、私が神官様にして頂いたことなのですよ。」
「俺が…?」
意味が分からず呆然と呟くと、クラウディアスは丹念に説明する。
「ええ。出発の前日、神官様は私の剣が隠されていることに気付いて、私に返して下さいましたね。それから、一日かけて部屋の掃除も手伝って下さった。あの時の私の気持ちは、とても言葉では表せません。私が神官様にお返ししなければご恩に比べれば、この程度は大したことではありませんよ。」
「俺は…そんなに大したことはしてないよ。」
戸惑いながらそれだけ言った俺に対して、クラウディアスは穏やかな表情のまま言った。
「そうかもしれません。けれど、私にとってはとても大きなことだったんです。」
そう言われて、俺は何も言えなくなってしまう。そんな俺の手元から皿を回収して、水さしと小さな鈴を枕元に置いてから、クラウディアスは踵を返した。
「さて、私もそろそろ休ませて頂こうかと思います。何かありましたら、その鈴を鳴らして下さい。今夜は隣室におりますので、すぐに参ります。では、おやすみなさいませ。」
「おやすみ、クラウディアス…」
力なくそう言いながら、俺は今日一日の面倒を見てくれた美少年がいるはずの隣室との間を隔てる壁を、しばしぼんやりと眺めた。俺は今や、ゲームの選択肢をはみ出す必要性があるかもしれないことを認めないわけにはいかなくなっていた。
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