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私のファーストキスはとっても綺麗なクラスメイトの女子でした。
それは不意打ちみたいなキスだったけど、不思議なくらい嫌じゃなかった。
唇がさみしがってさえいるみたいな、おかしな気分だったことだけははっきりと記憶していた。
◆
唐突だけれど、私はいまとても困っている。
それなりに混み合っている電車内で、隣の乗客から体重をかけられるみたいに寄りかかられている。今日は日直だったのでいつも利用しているものより一本早い電車に乗った。
すると二年生のクラス替えで一緒になった、すごい美人で有名な氷坂茉白さんが隣に立っていることに気が付いた。通勤ラッシュと重なっているのだろう、ぎゅうぎゅうとまではいわずとも車内は混み合っていた。
ドアの近くで座席の端の手すりに掴まっていた私のすぐ隣で、氷坂さんは辛うじてつり革を握ってはいるものの私に体重を預けるみたいに寄りかかっている。
もしかして邪魔だから場所を譲れと圧力をかけられているのだろうかと、恐る恐る私に覆い被さる氷坂さんを見上げる。
その整った顔はハッとするほど蒼白で、一目で具合が悪いのだと見て取れた。
「……あ、あの、氷坂さん? 大丈夫?」
他の乗客に気を遣って、囁くほどの小声で訊ねてみた。
けれど氷坂さんは「うー……」と、ほんのわずかに唸るばかりで立っていることさえやっとに見える。
やがて減速を始めた電車が滑り込んだ駅のホームには、乗り込むために列を成す乗客たちの姿が見えた。このままではいまよりもっと混み合って身動きも取れなくなってしまうだろう。
「ひ、氷坂さん、いったん降りよう?」
思い切って提案してみるけれど、やっぱり唸り声が返ってくるだけでどうにも判断が付かない。まごついているうちに駅に辿り着いた電車のドアが開く。
氷坂さんの身体に腕を回して、えいやっと意を決して飛び降りる。降りる客が極端に少なかったからなのか、私たちと入れ違いにすぐに乗り込み始めたサラリーマンたちで車内はひしめき合っていた。
アナウンスと共にドアが閉まり動き始めた電車を見送る。
「ねえ、氷坂さん。駅員さん呼んでこようか?」
ホームの手近なベンチに座らせて、私も寄り添うみたいに隣に腰を下ろして訊ねた。
「うぅ……、いい」
「飲み物は? お水買ってくるよ?」
「ん……、大丈夫……、ただの生理痛……」
なるほど。理解出来た。
急に始まったのか常に重いのかまではわからないけれど、ひとまずちっとも大丈夫に見えない。きゅっと握られた私の手首を掴む手はすごく冷たかった。
私もけっこうひどい時はあるけれど、それにしたって氷坂さんの具合の悪さは私の比ではなく、とても放っておける状態ではなかった。
私の手首を掴む手は弱々しいながらも離してくれそうになかった。まさか振り解くわけにもいかず、これはもう遅刻確定だなぁ、なんて思いつつちっとも興味の引かれない線路越しの大きな看板をぼんやり眺めた。
すると私の肩に寄りかかっていた氷坂さんの頭がずるずると崩れ落ちるみたいに膝に倒れ込んできた。
「どっ、どうしたの!? 大丈夫っ!?」
「ん……、お願い、このまま……」
消え入りそうな声で哀願するみたいに呟いた氷坂さんを膝枕したまま、私は変に緊張して全身が強張ってしまう。無駄に力んでしまっているせいで寝心地が悪くないかなんておかしな心配がよぎる。
こんなの、どうしていたらいいんだろう。膝枕をしたことはもちろん、してもらったことだってない。いや、ずっと小さな子供の頃、お母さんにしてもらったことがあった。
そろそろと腕を伸ばして氷坂さんのお腹に触れ、そっとさする。
「ん、ごめんなさい、ありがと……」
「痛み止めは飲んでないの?」
「飲んでるけど、今日は何だか効かなくって……」
「なかなか効かないと、辛いよね」
「ん……」
それっきり氷坂さんはキツく目を瞑ったまま喋らなくなった。
生理痛で苦しんでいるとわかっていながら話しかけ続けられても迷惑だろう。ずーんと重苦しい痛みに耐えている最中に、たいして興味のないことを話しかけられるのは私だって迷惑だ。だから手持ち無沙汰で落ち着かないまま、私は氷坂さんのお腹を撫で続けた。
五月の大型連休明け、よく晴れて空気の乾燥した駅のホームを抜けていく風は、ほんのわずかに夏の始まりを思わせる匂いを含んでいる。
氷坂さんの特徴ともいえる濃い栗色の長い髪が、風を受けて私の膝で奔放に広がって零れ落ちていく。眺めているだけで惚れ惚れしてしまうワンレンは細くしなやかな絹糸みたいで柔らかく艶やかに見えた。
そんな長い髪の隙間から氷坂さんの形の良い耳が覗き、そこに小さなピアスがきらりと光った。
左の耳たぶにシンプルな金色のものが一つ、耳の上側に少し小さいものが一つ、耳の外側から巻き込むようなリング状のものが二つ並んでいた。
ピアスのことなんてちっとも詳しくないからわからないけれど、ただでさえ大人っぽい氷坂さんのイメージにぴったりですごく似合っていた。
当然ながらピアスは校則で禁止されているけれど、普段はその長い髪で隠れているせいでアップにでもしない限りバレることはないのだろう。
当の私も、氷坂さんのピアスどころか耳の形まで知らなかった。おかげで見てはいけないものを目の当たりにしたみたいで気持ちが落ち着かなく、乱れて流れる氷坂さんの髪と耳とピアスを見下ろして私は鼓動が高鳴るのを抑えられなかった。
自分でもおかしな感覚だと自覚している。そんなわけがないのに、私だけが氷坂さんの秘密を知ってしまったような気になって胸がきゅっとなった。
そんな勝手な思い込みに流されるみたいに、ハッと気が付いたときには氷坂さんの耳に指先を伸ばしてピアスにそっと触れていた。柔らかな耳たぶの弾力と金属質な手触り、その両方が同じようにひんやりとしていた。
ダメだ、これはいけないことだと頭の中では警鐘が鳴り響いているのに、氷坂さんのピアスと耳たぶに指先を滑らせることが止められなかった。止められない背徳感が胸いっぱいに広がり、それすらも楽しんでいるみたいな倒錯感に溺れそうだった。




