外伝:ソフィア編 第三話
ソフィアは巨大な門の前に小さな天幕を張り、そこで過ごすことにしました。
門へ向かって声をかけるべきか、決めかねていました。
目の前に広がる美しい景色と、人の手では造れない巨大な門を見れば、この先にいる者が、人をはるかに超えた存在であることは分かります。
けれど、その存在を呼び起こしたことで、人や地上へどのような影響が及ぶのかは分かりませんでした。
一日目、ソフィアは門を見上げたまま考え続けました。
二日目になっても、決心はつきませんでした。
そして三日目。
この美しい場所を築いた者が、理由もなく地上を脅かすことはない。
ソフィアは、自分の勘を信じることにしました。
門の前に立ち、大きく息を吸います。
「お願いします」
声が、広い空間へ響きました。
「どうか、お聞きください」
巨大な門は閉ざされたままでした。
それでもソフィアは諦めませんでした。
四日目も、五日目も、門の前に立ち続けました。
雨が降っても、強い風が吹いても、その場を離れませんでした。
「瘴気が、広がっています」
門の向こうにいる者へ届くように、声を張り上げました。
「国に訴えても、誰も聞いてくれません」
何日も声を上げ続けたことで、喉は掠れていました。
「どうか、お力を」
重い音が、辺りに響きました。
巨大な門が、ゆっくりと開いていきます。
門の向こうに現れた姿を見た瞬間、ソフィアは目を奪われました。
人の姿に似ていながら、人ではありません。
人間ではあり得ないほどの長身。
腰まで届く白銀の髪。
深い蒼を宿した瞳。
頭には髪と同じ色の狼の耳があり、背後には長い尾が伸びていました。
美しいという言葉だけでは表せない姿でした。
その者は、門前に立つソフィアを見つめました。
「お前」
低く落ち着いた声でした。
「天零か……。名は」
ソフィアは我に返り、姿勢を正しました。
「ソフィアと申します」
目の前にいる存在が何者なのか、ソフィアには分かりません。
それでも、ここまで来た目的を忘れるわけにはいきませんでした。
「瘴気のことを、お調べいただけませんか」
その者は、ソフィアの顔ではなく、もっと奥にあるものを見通すように目を細めました。
「理から外れた者か……」
言葉の意味が分からず、ソフィアは首を傾げました。
「……いや。こちらのことだ」
「お願いします」
ソフィアは深く頭を下げました。
その者は、頭を下げたソフィアをしばらく見下ろしていました。
やがて門の内側へ戻り、巨大な扉が再び閉じられました。
ソフィアは顔を上げ、閉ざされた門を見つめました。
拒まれたのかもしれません。
けれど、一度は門を開き、言葉をかけてくれました。
ここで立ち去ることはできませんでした。
翌日も、その次の日も、ソフィアは門の前に立ちました。
食事と眠る時を除き、門へ向かって頭を下げ続けました。
足は震え、喉は渇き、立っていることさえ難しくなっていきます。
それでも、ソフィアは門の前から動きませんでした。
もう限界だと思い始めた頃、閉ざされた門の向こうから、あの声が響きました。
「……調べるだけだ」
ソフィアは勢いよく顔を上げました。
張りつめていたものがほどけ、顔いっぱいに喜びが広がりました。
「ありがとうございます」
ソフィアは、頭を下げました。




