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河童子  作者: 黒猫ミー助
8/12

◆8 上屋敷長左衛門




 「余所者(よそもん)か…おめ()が犯人では無えのが…」

 老人の言葉に美作が反応した。

 「それはコチラのセリフよ!

 いきなり脅かして、何!ヨーダみたいな顔して!

 貴方が犯人なのでしょう!?」

 先程迄の怯えていた反動からか、彼女の怒りが爆発した。

 立ち上がり、喧嘩腰で老人を怒鳴りつける美作と、それを押さえつける藪沢。

 「申し訳無い。うちの愚女が!」

 怒る彼女と羽交い絞めにする藪沢。

 二人の様子を、老人は毒気を抜かれた様な顔で見つめていた。


 「ところで、貴方は?」

 落ち着いた美作を放し、藪沢は老人を見た。

 顔のシワから感じられる老人の年齢は、多分90超。

 背は低くて身体は細く、腰も曲がっているが、筋はガッチリしていて筋肉質。

 農作業者特有の土方焼けが肌に染み付いている。


 「他人(ひと)さ、じろじろ見るな。

 やっぱし余所者だな。礼儀知らん。

 おらは上屋敷(かみやしき)長左衛門(ちょうざえもん)だ」

 「貴方が上田の長で鏡谷擂(かがやずり)の村長、上屋敷長左衛門さんでしたか!

 是非一度、お話をお伺いしたいと思っておりました!」

 藪沢は急いでポケットをまさぐり、ボイスレコーダーを取り出す。

 「お願いします。

 河童子について取材させて下さい!」

 先程迄の落ち着いた態度から一変した藪沢を見て、驚いた長左衛門は一歩退いた。



 上田の長 上屋敷長左衛門 外見90超


 河童子様のごた、調査すっだぁ?

 こんの罰当だりが!

 何ぃ…?伝承どして記録さ残して?

 余計な事するな!そったな(もん)残すな!


 河童子様は、村の人間(もん)らが知っていれば十分だ。

 あれは鏡谷擂(かがやずり)だげの神様であり、鏡谷擂の為の存在だ。

 余所者が口出して良い話でゃーねぁー!

 だぁれの許可どって取材してらのだが!おっ?


 ……あん…?治郎右衛門の奴が許可しただど?

 こぢらが下手さ出でれば調子さ乗りおって。

 これだがら下田の連中は気さ食わんのだ!


 河童子様さ好がれどるがらと生意気ばり。

 こぢらも十分さ対価は支払ったごったが!

 それ何時までもネチネチど…

 あまづさえ、河童子様を公開するだど?

 あのクソ餓鬼が!嫌がらせが?


 貴様(きさん)らに、これ以上話す事はねぁー。

 余所者は出で行げ!



 上屋敷長左衛門は藪沢に向けて杖を振りかざす。

 そこに、黙って見ていた美作が分け入った。


 「やっぱりね!

 さっさと村から追い出したいから、昨夜はあんな嫌がらせをしたんでしょ!

 この陰険ジジイ!あんな事した犯人はお前だろ!」

 美作は長左衛門に向けて怒りをぶつけた。


 「ふざげるな!誰が陰険だ!

 なんの事が分がらんが、犯人呼ばわりされで黙っていられっが!」 

 「初めに私達を犯人呼ばわりしたのはそっちでしょうが!」

 長左衛門も、彼女の迫力に負けない勢いで言い返す。

 

 「やっぱしおめが盗人が!余所者は野蛮だがらな!

 うぢの鶏盗んだのはおめだべ!?」

 「うちは血で脅かされたせいで頭に来とるんよ!

 もしや、アンタのトコの鶏のか!

 お陰でこっちは寝不足でイライラしとるん!」

 「血だど!きさま、うぢの鶏ぐったんか!?」

 お互い頭に血が昇っているらしく、話が噛み合わないのに勢いだけで口論が続いていく。


 見かねた藪沢は、美作の口を押さえて二人の間に入った。

 「まてまて…二人とも」

 突然口を押さえられて喋れない美作は、「んーんー」と唸って振り解こうとするが、藪沢の手が離れない。

 しばらくジタバタしていたが、抵抗出来ないと分かると静かになった。


 「…長左衛門さん、お宅の鶏が盗まれたのですか?」

 藪沢は、落ち着いた口調でゆっくりと尋ねた。

 「あん!?…ああ、んだ。

 …んだ…うぢの鶏が盗まれだんだ」

 長左衛門も藪沢が間に入ると、だんだんと興奮が冷めていく。

 「どうか、経緯をお聞かせ願えませんか?」

 藪沢が丁寧に尋ねると、落ち着いた長左衛門は静かに口を開いた。


 「……今朝、うぢの鶏小屋の網が破られでらった。

 盗んだ奴が抱えで逃げだに違いねぁー。

 行げる道辿ったら、おめ達が下田覗いでらった。

 そもそも、おめ達はなして此処さ居る?」

 相変わらず、不審者を見る様な目で二人を見る長左衛門。

 藪沢は少し考えた後、今朝、下田の集会所で起きた出来事を彼に話した。


 「…それで高下屋敷の琴さんが、朝方、こちらから寄り合い所に向かう人影を見たと仰いました。

 私達は、イタズラした犯人の痕跡が無いかを見に来たのです」

 「琴様が…?」

 長左衛門は驚き、藪沢の目を覗き込んだ。

 「…嘘でゃーねぁーようだな。

 だどしたら、誰がおらの鶏を…?」

 「河童子様がやったんじゃない?あんたら恨まれてるんだっけ?」

 二人のやり取りを黙って見ていた美作が、舌を出しながら口を挟む。

 長左衛門は、彼女をギッと睨みつけた。



 蛇神様さ従った上田の者を、蛇神様の子らが害なすと言うのが?

 寄り合いの血も、おめら余所者が蛇神様怒らせだがら、河童子様がやったんだべさ。


 下田さ支払った対価どは何が…だど?

 …そったな事は言ってねぁー。

 きさん記憶違いだべ。


 とにがぐ河童子様も蛇神様も、公開は許さねぁー。

 許可しねぁー。

 村長どしての命令だ。


 おめに嫌がらせしたのは、きっと河童子様だ。

 蛇神様も公開される事なんて望んでいねぁー。

 んだがら血の手形残したんだべさ。


 おめが鶏泥棒の犯人でねぁーどいうんだら、さっさど村がら出で行げ。

 何時までも居残るんだら、上田のえらがおめらに何するが分がらんぞ?



 「何よ?脅し?

 良いじゃないの!受けて立つわよ!」

 美作が身構え、長左衛門と三度一触即発となった。

 「…止めなさい!

 そうですね…そこまで仰るなら帰ります」

 藪沢は美作の腕を引き、長左衛門に謝罪した。

 「ちょっ!良いんですか!?」

 「どのみち、今日中には大学に帰らないといけないので。

 昼過ぎには村を出ます」

 藪沢の言葉を聞いて、長左衛門はフンと鼻息を吐いた。


 「良い心掛げだ。河童子様は約束違えねぁー。

 その言葉が正しければ、問題無ぐ村出られるごった。疾く帰れ」

 そう言って、手をシッシッと振った。

 「こんのクソジジイ!」

 藪沢は暴れそうな美作の腕を掴み、長左衛門に一礼をする。

 そのまま彼女を引き摺りながら、丘を下った。



 藪沢達が道を引き返す様子を、長左衛門はじっと見つめていた。

 彼等が丘を下り始めた時もその場を動かず、威嚇するかの様に睨み続ける。

 美作も負けじと睨み返しながら坂を下る。

 下田の田んぼの畦道に入る頃、二人が振り返ると、彼の姿は腰高の藪に隠れて見えなくなっていた。

 美作は、丘の上に向けて思いっきりアカンべをした。


 帰り道、美作はずっと膨れっ面をしたまま怒っていた。

 「先生!本当に帰るんですか!」

 「あんな田舎ジジイに脅されたくらいで?」

 「嫌がらせの犯人は絶対あのジジイですってば!」

 しきりに藪沢を引き留めようとしている。

 藪沢はそんな美作を無視したまま歩き続けた。


 「…先生?一体何処へ向かっているのですか?」

 だんだんと冷静になった美作は、藪沢が何かの目的を持って歩いている事に気が付いた。

 「…おそらくだが、必要な話は大体聞けたと思う。

 あと少し…あと少し話を聴けたら、資料を纏めて帰るぞ」

 そう言って藪沢は、ある場所で足を止めた。




 

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