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河童子  作者: 黒猫ミー助
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7/12

◆7 下田と上田の境界




 「おはよがんす。昨夜はよぐ眠れだが?」

 朝7時を過ぎた頃、玄関の外から大きな声が聞こえてきた。

 今朝の件でどっと疲れて、半分寝不足気味な目を擦りながら鍵を開ける美作。


 外に立っていたのは高下屋敷家の琴だった。

 彼女の手には小さな包。

 「これ、おらの朝飯のついでに作ったもん。

 持ってぎだよ」

 藪沢達の朝食として、握り飯を持って来てくれたらしい。

 彼女は、朝の農作業を終えてからすぐに来た様で、足首に巻いた脚絆(ゲートル)の上で固まった泥を、玄関前で叩き落としていた。


 「おはよ~琴ちゃん…」

 「未卯ちゃん…なんか疲れだような顔してらげど大丈夫だが?

 やっぱし、こったな所だど寝づらがっただが?」

 琴は首を傾げ、やはり高下屋敷の家の方に来るか…?と、尋ねた。


 「あはは、違うのよ。

 …私、枕が変わると寝付きが悪くてね」

 美作は手をパタパタさせながら言葉を濁す。

 「ん?まさが河童子ら見だか?

 …それとも、…上田の連中さ何がされだが?」

 琴は、周囲に聴こえない様に声を潜めながら尋ねた。


 「おはよう御座います。琴さん。

 …昨晩も治郎右衛門さんが仰ってましたが、上田の方々が私達に対して何かなさるのですか?」

 琴の声を聞き、奥の間から顔を出した藪沢は、今朝の件は言わずに尋ねる。

 「う〜ん…何かする…かもだけんど。可能性が高えど思ってら。

 ……彼奴等は余所者が嫌いだがらな」

 彼女は唸りながら答えた。


 「くそっ!上田の連中の仕業か!

 よくも私の貴重な睡眠時間を!!」

 突然、美作が怒り出す。

 「…やっぱし何があったのが?」

 彼女の様子を見て目を丸くする琴。

 藪沢は溜息をつきながら、今朝あった出来事を彼女に説明した。



 藪沢の説明を聴いて、琴は腕組みしたまま俯いた。

 「…あさま頃かぁ…

 そう言えば、農作業さえぐ前の事だったな…」

 琴は少し迷った様だったが、意を決したように口を開いた。

 藪沢はボイスレコーダーを起動させる。


 「あさまの…たぶん三時頃がな?

 おら、薪小屋さ薪取りに行ったの。えの裏の。

 畑えぐ前さ、あさまごはん準備しねぁーどいげねぁーがらね。

 ほいだら、上田の方がら誰が降りで来るのが見えだん。

 そいづが寄り合いの方へ行ぐ道さ歩いでってな…」

 「…それは誰でした?」

 藪沢は機械を構えて彼女に詰め寄った。


 「いくら夜目が利ぐどは言っても、まだ真っ暗だ。

 相手は明がりも付げずに歩いでらったがらな。

 流石のおらんだども、それが誰がまでは分がらながったよ。」

 「残念…琴ちゃんが見てればなぁ…」

 美作がポツリと漏らした。


 「男か女か、背丈はどの程度かも分かりませんでした?」

 藪沢は、顔が見えなくても判ることはあるだろうと、琴に詰め寄った。


 「…んだなはん。…背は…低がった様さ見えだね。」

 彼女は視線を上げ、昨晩の情景を思い出しながら、ひとつずつ丁寧に答えていった。

 「ただ、そいづの腰下が草むらだったがらね。

 腰屈めで歩ぐ大人さ見えなぐもながったよ。」

 「男か女かは…?」

 藪沢は畳み掛ける。

 彼の迫力に圧され、琴は一歩下がった。


 「先生…結構グイグイぐなはん。

 …そうだなぁ。多分、男だど思いますども…」

 「その根拠は何ですか?」

 琴は、う〜んと唸った。


 「…歩ぎ方だがね。女は肩が揺れねぁーのよ。

 んだども、昨夜見だ人は肩が揺れでらったがら…」

 「男歩きだったと?」

 「多分だげどね」

 藪沢は自作の地図を彼女に見せながら、どの辺りで()()を見たのか教えてもらった。

 そこは上田(かみだ)下田(しもだ)を隔てる防風林のある丘の上。

 両地域の境界なのだそうだ。



 琴の持ってきてくれた朝食を片付け、藪沢達は彼女に教えてもらった場所に向けて出発した。


 藪沢が防風林の傍に立って道脇を見下ろすと、藪の合間から高下屋敷家の屋根が見えた。

 しかし、見えるとは言ってもかなり遠い。

 更に、腰下まで茂った草が二人の視界の邪魔をした。


 藪沢が道脇の草を掻き分けて藪中に入ると、直ぐそこは崖になっていた。

 乗り出して下を覗き見ると、下田の田畑が広がる景色が目に入る。

 「ふむ…真っ暗な中この距離で、人の歩き方まで見えたのか…」

 田畑を見ながら、彼は独り言を呟いた。


 美作も藪沢のすぐ隣に来てしゃがみ込み、崖下を覗き込んだ。

 「田舎の人って、やっぱり凄いですねぇ…」

 彼女が溜息をつきながら眺めていると、背後に在る道の砂利を蹴る様な音がした。


 「何者だが、おめんらは!知んねぁー奴だな。

 まさが貴様(きさん)らが犯人だが!?」

 突然大きなダミ声をかけられた。

 その声に驚いて振り返ると、子供の様な小さな人影が藪沢達を睨みつけていた。


 「ひぃ、出た!河童子!」

 美作は思わず立ち上がった。

 すぐ隣に居た藪沢にぶつかり、その反動で前のめりになる。

 更に、草の間に隠れる様に倒れていた像に(つまず)き、その人物の前に転び出た。


 それは河童子でも、子供でもなかった。

 背丈の低い、腰の曲がった老人。

 その顔に刻まれた彼のシワは、この村で遭った誰よりも深かった。

 

 「誰が河童子様だ!

 しがも、道祖神様を蹴飛ばしおって!

 こんの罰当だりな女めっ!」


 老人は美作を打ち据えようとして、持っていた杖を振りかざした。

 動きはゆっくりだが見た目以上に力がありそうで、身体の芯がぶれていない。

 硬そうな杖で叩かれたら、軽傷では済まないかもしれない。


 「お待ち下さい!」

 そこに藪沢が割り込んだ。

 老人は杖をピタリと止めたまま、彼の方へ振り返った。

 眼光鋭く睨みつける老人。


 「貴方の仰る犯人とは、なんの事でしょうか?」

 藪沢は落ち着かせる様に、冷静に老人に問い掛けた。

 彼は老人の瞳の奥を覗き込む様に、静かに見つめた。

 しばし無言で居たせいで老人も落ち着いたのか、振り上げていた杖を静かに下ろした。


 「…何者だ。おめ()?」

 老人は先程よりも声を落として再び尋ねた。


 「私は大学文学部の教授をしている藪沢壬午(じんご)と申します。

 仕事で、各地の歴史伝承を蒐集(しゅうしゅう)しております」

 「わ…私は、義娘(むすめ)未卯(みう)…」

 美作はへたり込んだまま、その老人を見上げた。


 「ああ…おめが噂の大学のせんせ…か…」

 しばらく二人を睨みつけていた老人は、ひとつ息を吐いた。

 「だら、おめは犯人でゃーねぁーのだな…」

 老人の、先程までの激しい怒気は既に治まっていた。

 だが代わりに、嫌いな虫を見るような侮蔑の視線で二人を見据えている。

 老人の態度は、犯罪者に対するモノから余所者に対するモノへと変わっていた。

 



 

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