その11
「ついでに言うと本名はサタンだ。こっちの娘はサターニアという」
「ふうん」
そういえば、ジョージと呼んでくれとは言ったが、それが自分の名前だとは言ってなかったな。嘘を吐かずに相手を騙す方法は心得てるってことか。
「これからはサターニアでよろしくね、ロン」
「そりゃどうも」
ドミニク――じゃなくてサターニアが、あらためて俺にあいさつをしてきた。それはいいけど、さっきより信じられない話である。物は試しで、俺は自称サタンの実力がどれほどのものなのか、その破壊能力を計ってみることにした。相手の魔力を読めばゲームのパラメータ的なこともある程度はわかるから、特に難しいことはない。
と思っていたんだが、これが驚いた。
「あんた無茶苦茶強いな」
サタンの破壊能力は三〇〇ギガトンを軽く超えていたのである。TNT火薬三千億トン分。ヒロシマ原爆の二千万倍だ。俺が昔、この国の王都を遠くから見たことがあったが、でかい王城と軍関係の寄宿舎、あとは民家が一万から、多くて一万二千ってところだった。あれを二百三十億回焦土に変えて、まだ釣りがくる計算になる。
「何を驚いた顔をしとるんじゃ」
サタンが不思議そうに俺を見た。
「おまえだってその気になれば、この国くらい、丸ごと灰にできるだろうが」
「俺は一日かけても十回焼き尽くすのがせいぜいだよ。王都だけに限定しても八百万回がいいところだな。あんたとはレベルが違う」
もっとも、やられる人間から見れば、どっちでも大差ないだろうと俺は思った。空から降ってくるのが犬の足でも牛の足でも、踏み潰される蟻にとっては世界を滅ぼす未曾有の脅威であり、それ以上の何かという認識はできない。
と考えてから、俺はサタンを見つめた。
「あんた、魔法で俺の考えを読んだのか」
「魔法なんか使っとらん。何もせんでも、調子がいいとき、たまにわかるんでな」
「今度からやめてくれ」
「儂が元魔王だってことを信用してくれるなら読まないと約束しよう」
「信用するよ」
「ところでおまえが考えていたギガトンってなんだ?」
「俺が前にいた世界の破壊能力の単位だよ。一キロで家一軒が吹っ飛ばせると思ってくれればいい。昼間にやったレッサーデーモンがそれくらいだったな」
そういえば、なんでそんなことを知ってるのかな、と俺は自分でも不思議になった。たぶん、前世で中学か高校のときにどこかで聞いて、興味ないから忘れてしまったことをこっちで転生してから思いだしたんだろう。本当の俺は体長二十メートルのドラゴンだ。身体も脳の容積も、まともな人間の一七〇〇倍以上ある。そういうことがあってもおかしくはない。サリー姉ちゃんもICBMの終末速度がどうとか言ってたし。
「ただ、それはいいとして、なんであんたは休戦協定なんか受け入れたんだ?」
俺は不思議に思ったことを訊いてみた。世界最大の水爆ツァーリ・ボンバの三千倍の破壊力を持つ魔王である。世界を滅ぼすなんて楽な芸だろう。
サタンが眉をひそめながら口を開いた。
「人間を滅ぼしたくなかったからに決まっとるだろうが」
「は?」
「おまえ、何か勘違いをしとらんか? 儂らは羊皮紙の契約書にサインをさせて、人間と正式に取り引きをしとる。取り引き内容は、黄金が欲しい、宝石が欲しい、好きな相手と一緒になりたい。権力を手にしたい。――だいたいはそんなところだったな。で、その願いを叶えて、その人間の寿命がきたとき、報酬として魂をいただく。儂らは人間の考えだした商業のやり方をきちんと踏まえて行動しているんだ。これなら人間にも天界の連中にも、誰にも文句を言われないからな。そもそも、人間を絶滅させて何になる? 人間はパンを食うが、小麦を食いつくそうとは思っとらんだろう。それと同じだ」
「なるほどな」
言われてみればその通りである。そりゃいいけど、魔族は人間の魂を食うのか。
「まあ、そのへんの動物の魂を食っていても、魔界の連中はなんとかなるんだが」
サタンが追加で妙なことを言ってきた。
「ちょっと待ってくれ。じゃ、なんでわざわざ人間と取り引きをして魂を食うんだ?」
「牛や豚も声をだせたら、野菜ばっかり食えって人間に言ってると思うがな」
これで俺も黙るしかなかった。