その10
「この程度のものなら、いくらでも用意できますが」
「そりゃすごいな」
「ですので、これ以降、私たちと親密な関係になると、ロンさんにも損はないと思うのです。それに娘は、私の目から見ても、それなりに器量もいいですし」
「ずいぶんな申し出じゃないか」
「私もそう思います」
ジョージが胸を張った。同時に、俺の腕に温かくて柔らかい感触が伝わってくる。ドミニクがからませている腕の力をあげたのだ。見ると、ドミニクは嬉しそうな笑顔を俺にむけている。こりゃ本気だな。ジョージも笑いかけてきた。
「どうでしょう? 悪い話ではないと思いますが」
「それだけ聞けば、その通りだな。嘘を吐いているって感じもしないし」
俺も返事をした。隣にいるドミニクの顔がぱっと輝く。
「それじゃ、ロンさんは私の婚約者に」
「ただ、説明不足ってのは困りもんだな。あんたたち、何もかも全部話してるってわけじゃないだろう。というか、そもそも本当に人間なのかあんたたち?」
俺が言葉をつづけたら、ジョージとドミニクの顔から一瞬で笑みが消え失せた。それでも、次にでた表情は戸惑いであって、しくじったという失敗の表情ではない。大したもんだな。
「あの、それはどういう」
ジョージが言ってきた。不思議そうな目で俺を見ている。まだ白を切る気か。
「最初におかしいと思ったのは、ドミニクが無傷だってことを確認したときだ」
今度は俺が説明をする番だった。
「俺がドミニクの悲鳴を聞いて駆けつけるまで、どんなに早くても一分はかかっている。その間、ドミニクはどうやって身を守った? 相手はレッサーデーモンだぞ。ただの街娘になんとかできるはずがない。ドミニクが何か特別な護符を持っている可能性も考えたんだが、だったら最初からレッサーデーモンが襲ったりはしないはずだからな。もっと言うなら、そもそもがあんたたちはこの街の住人じゃないだろう。この街に住んでるなら、こんな宿じゃなくて、自分の家に俺を招いてるはずだ」
ここで話を区切って俺はジョージたちの反応を待った。返事はない。
「それに魔界大戦は終結して、もう休戦協定が結ばれてるはずだからな。スライムやゴブリンみたいなこっちの世界の害獣ならともかく、レッサーデーモンみたいな魔界の化物が人間の統治する領域に平気で侵入してくるってのはおかしい。情報収集目的でスパイ活動を働いているとしても、夜中にこっそりってのが普通のはずだ。昼間から堂々ってのは話に無理がある。つまり、あのレッサーデーモンは何者かの命令を受けて、わざとおかしな行動をとっていたってことになるな。それにあんたたちの反応も不自然だったし。俺はレッサーデーモンを一撃でぶっ倒したんだ。普通の人間が見たら腰を抜かしてるところだぞ。ところがドミニクは感心したみたいに『お強いんですね』これだけだった。そもそも、レッサーデーモンを素手で殴り倒すような相手と自分の娘をくっつけようなんて考える親がいるか? それから、たぶんあんたたちは俺の正体を知っている。こんな猿芝居、普通なら絶対にひっかからない。まともな人間ならレッサーデーモンがでたって時点で大騒ぎしてるはずだ。助けた側も助けられた側もな。だったら報告するところに報告して、この街の警備を限界まで強化するように言ってるところだろう。こんな宿でのんびり食事なんてするはずがない。もっとも、人間世界にきたばかりのドラゴンなら基本的な常識を知らないから、疑問に思ったりしないはずだ。――この計画を立てた奴の考えはこんなところか」
まあ、残念ながら俺はひっかからなかったわけだが。少ししてジョージの表情が一変する。さっきとは笑顔の種類が違っていた。
「正義の味方気どりで舞いあがると思っていたんだがなあ」
「できすぎてる話ってのは裏があるもんだ」
「私は本当にロンのことが好きだから」
ドミニクが俺に声をかけてきた。見ると、ドミニクはちょっと困った顔で俺を見あげている。やはりドミニクは本気らしい。
「だったら本当のことを話してほしいもんだな、あんたら何者だ?」
「そうね。お父様?」
俺の言葉に、ドミニクがジョージのほうをむいた。ジョージも仕方なしって感じでうなずく。
「では正直に言うとするか」
言って、ジョージが軽く周囲を見まわした。同時に食堂内の空気が一変する。――なんと言ったらいいのか、俺たちと、ほかの食堂の客たちで違う空気を吸っているような感じだった。
「これでもう、ほかの連中に儂の声は聞こえん」
なるほど、そういう種類の結界を張ったってことか。口調まで変えたジョージが、いままでとはまるで違う目つきで俺を眺めた。
「実は、儂は元魔王なんだ」
またとんでもないことを言ってきた。




