093.覚醒
「韋駄天閃!!」
「破壊者が齎す終末!!」
俺様と双剣女の声が重なり、渾身の力を込めた一太刀が、ブレスごと鋼帝竜の頭頂部を貫いた。
鋼帝竜のアダマンタイトでできた右の角が切断され、左の角が粉砕される。
ふん、やはり俺様の攻撃の方が威力は上だな!
「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「ちっ、まだくたばりゃしねぇか!!」
「もう一発」
お互いにもう一度必殺の一撃を浴びせようとしたその時だった。
『気ぃつけぇ!! なんか様子がおかしい!!』
声を大きくする魔道具でも使っているのか、あの色白女の大声が、空中で体勢を整えている俺様と双剣女に届く。
赤く輝く奴の目。それが、深く閉じられると同時に、その全身が身じろぎするように細かく振動している。
「何だ……?」
直後、何か圧のようなものを感じ、俺様は反射的に大剣を盾にした。
次の瞬間──
ボォオオオオオン!!!
炸裂音を響かせ、鋼帝竜の鱗が弾けた。
全身に残っていた鱗。それが、まるで栗の実が弾けるがごとく、周囲へと弾け飛んだのだ。
鱗といっても、奴のそれは一枚一枚が大人二人分くらいの大きさがある。
アダマンタイト製の鉄塊が飛んでくるようなものだ。半端な威力じゃない。
海に、港に、大量にばらまかれた鱗。その一枚が、オレの大剣へとぶつかった。
「くっ!?」
かなりの重さを持ったそれを空中で受け止めた俺様は、港まで吹き飛ばされ、そのまま荷物を入れる鉄製のコンテナへとめり込んだ。
「か……はっ!?」
背中に強烈な衝撃を受け、思わず意識が飛びかける。
くそが……油断したか。
「大丈夫ですか!?」
ダメージを受け、すぐには立ち上がれない俺様の元に、誰かが駆けてきた。
こいつは……そう、スイーツ女だ。
「エクスヒール!!」
スイーツ女が回復呪文を唱え、オレの背中の痛みが一気に引く。
身動きが取れるようになったオレは、大剣をだらりと提げながら、立ち上がった。
「良かった。大丈夫そうですね」
「ふぅ、あのクソドラゴンが……」
今だ海に佇む鋼帝竜の姿を見上げる。
その姿は先ほどまでと大きく様変わりしていた。
強固な鱗で守られた巨体。そこからすべての鱗が排除され、銀色に輝く地肌が露出している。
身体も一回り小さくなっただろうか。
だが、威圧感はむしろこれまでの比じゃない。
頭頂部の辺り、奴の鱗飛ばしを回避したんだろう。双剣女がその銀色の地肌に攻撃をしかけている。
しかし──
「弾かれた……だと?」
双剣女の蒼と紅の剣による連撃が、鋼帝竜の"地肌"に弾かれた。
いや、完全に弾かれたわけじゃない。でも、傷は浅く、事実奴もその攻撃を意に介していない。
まさかこいつの地肌は、鱗よりも硬いってのか……?
その上、攻撃をしたコルリに対して、まるでカウンターかの如くなにかが突き出した。
それは角だ。
本来角が出るのとはありえない肩口の部分から、まるで槍のような角が生え、うねるように双剣女に伸びる。
不意を突かれた双剣女は、直撃こそ免れたが、オレと同じように、港のどこかへと大きく弾き飛ばされた。
「ああっ!!」
「ちっ、おい、スイーツ女! あいつを頼んだぞ!」
柄にもなく、吹き飛んだ双剣女の安否確認を任せ、オレは大剣を担ぐと再び奴の元に向かって走る。
走る先では、2人の魔法使いが必死に呪文でなんとか奴を止めようとしていた。
色白女とロリババアだ。
炎の魔術と光の弓でそれぞれ鋼帝竜に攻撃をしかけているが、どちらも大きな効果は得られていない。
やはり、あいつの防御力は、鱗があった時よりも高い。
と、奴の身体から伸びた数本の角が、色白女とロリババアの元に飛来した。
「おらぁあああああ!!!」
ちょうど進行方向でもあった俺様は、その飛来した角をまとめて砕く。
「ジ、ジアルマ!!」
「どいてろ、ロリババア!! 俺様が仕留める!!」
「ロ、ロリバ……」
近くの海へと刺さった角を足場に、俺様は奴へと走る。
しかし、そんな俺様に向けて、さらに数本の角が殺到してくる。
地肌をさらした奴は、自身の身体のどこからでも角を生やし、攻撃することができるらしい。
しかも、一本一本の強度はアダマンタイトと同等。
はっきり言って、化け物だ。
だけど……。
「負けるかよ!!」
俺様は破壊者だ。
ただ、破壊するのみ。
殺到する角を強引に大剣で跳ねのけ、俺様は、奴の首元へとたどり着く。
このまま首を跳ね飛ばす。
その意気込みで大剣を振りかぶったその時だった。
奴の身体が大きく捻じれた。身体を捻ったのだ。
その身のこなしは、鱗があったときとは比べ物にならない。
だから、俺様は対応できなかった。
空気を割く音とともに近づいてくる、鋼帝竜のしなる"尾"に。
「ぐっ!!!!!」
掬い上げるような一撃。
俺様はそれをモロに食らった。
跳ね上げられる身体、息ができず、全身の骨が軋む。
ああ、やべぇ……意識が……。
『あれ、ここは……?』
…………おいおい。
「こんなタイミングで……起きてくんじゃねぇ……」
薄れゆく身体の感触とは別に、もう一つの"意識"が目覚めつつあった。
明るい……。
目を開こうとして、私はあまりの眩しさに目を閉じた。
ゆっくりと馴らすように再び目を開く。
そこには太陽があった。
真っ青な青空に、ぽっかりと浮かぶ太陽。
なんだかとても暖かい。
このまま日向ぼっこでもしたいなぁ。
そんな風に思ってみたものの、すぐに私は気づく。
なんだか、身体が痛い。
その上、どこか心もとない。
まるで、そう、空中に浮かんでいるかのような。
「えっ……?」
そこは空だった。
右を見ても左を見ても青、蒼、碧。
まさにパノラマだ。
はるか向こうには水平線も見える。
どうやら、私はものすごーく上空にいるようだ。
下を見る。
そこには、広がるイーズマの都。
そして、海に佇む、なんだかとっても強そうな竜。
「な、なんですか!! この状況!?」
『おい……』
「えっ……」
声が聞こえた気がして振り返る。
しかし、私がいるのは遥か空の上だ。もちろん誰もいない。
『こっちだ、バカ野郎』
「えっ、えっ……」
この声、頭の中で響いてる……?
『今すぐ、身体の主導権を寄こせ!』
「しゅ、しゅどーけん?」
よ、よくわからないけど、頭の中で響く声は、"しゅどーけん"というのを欲しがっているらしい。
でも、私にはそれが、なんなのかさっぱりわからない。
「す、すみません。私、よくわからないです……」
『いいから、もう一回寝るんだよ! そうすりゃ俺様が出られる!』
寝る? 出られる?
ますます意味がわからない。
「あ、あの……なんだかすごく目が冴えてしまっていて……ちょっと寝るとかは無理そうです」
『あー、くそ! しばらく俺様が身体を使い続けてたからか……!?』
何か一人で納得している様子の"誰か"。
でも、その声に、なんとなくなつかしさを覚えた。
そう、私はこの声を聞くのは初めてじゃない。
確か、ずっとずっと昔。まだ、私がデュアル族の村にいた頃……。
「…………ジアちゃん……ですか?」
『なっ……お前……?』
「やっぱり! そうだ! ジアちゃん!! ジアちゃんじゃないですか!!」
声の主は、幼い頃、ずっとおしゃべりをしていた"私の妹"だった。