085.試練
「右!」
「くっ!!」
夜叉の仮面をかぶった鎧武者の薙刀を右に飛んでギリギリで躱す。
「はぁあああああ!!」
攻撃後の一瞬の隙をつき、コルリが双剣を振り抜いて、鎧武者の胴を薙いだ。
今までは、それでKOのパターンが多かったが、最下層に近づいたことで、敵のレベルがさらに上がったのか、鎧武者は腰のあたりに鋭い刀傷を負いながらも、平然とオレ達の方へと向き直る。
「はぁ……はぁ……」
小休止からすでに数時間。
歩んできた道には大量の魔物の亡骸が転がっている。
瘴気へと還った魔物のそれを含めれば、もはや百や二百ではきかない数だろう。
目指す最深部はもう間もなく。
こんなところで、手間取っているわけにはいかない。
「オレが隙を作る!! コルリ、決めてくれ!!」
返事は来ない。ただ、コクリと頷いたコルリを横目に、オレは鎧武者へと駆ける。
薙刀を腰だめに構える鎧武者。
オレは奴の眼前まで迫ると、スキルを発動する。
「土壁!!」
オレの十八番の防御スキル、土壁を使って、突き出した薙刀の進行方向に分厚い土の壁を盛り上げる。
しかし、スコップ技能のレベルが上がり、多少は分厚く、硬い壁を成形できるようになったとはいえ、所詮土でできた壁だ。
高レベルの魔物の薙刀を完全に阻むことはできず、勢いに押されて、ずぶずぶと崩れていく。
だが、それでいい。なぜなら、オレは──
「うぉおおおおおおおお!!!」
薙刀を振るう鎧武者の真下から土を掘って出てきたオレは、隙だらけのどてっぱらに全力のスコップドリルを撃ち込む。
そう、土壁はただのフェイク。奴の視界を阻むのと、少しの時間を作るために使用したにすぎない。
その一瞬の隙に、オレは自分の足元から奴の足元までの地面をトンネルのようにくりぬき、移動したのだ。
ジアルマのパワーレベリングの影響もあり、レベル99へと到達したオレの全身全霊を込めたスコップドリルが奴のみぞおち付近を深々と突き刺し、その巨体を宙へと浮かばせる。
だが、さすがに深奥を守る高レベルモンスター、鎧にヒビが入るが、まだ、瘴気に還ることはない。
でも、それすらも、それでいい!
「はぁああああああああああ!!」
空中へと持ち上げられ、ろくに身動きの取れない鎧武者。
その恰好の獲物を猛禽類の如く鋭い牙が貫いた。
否、それはコルリの剣閃だ。
圧倒的な脚力から放たれる渾身の刺突。
右手に持った剣が鎧武者の骸骨のようにくぼんだ眼孔を深々と貫く。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
初めて上げる痛みの絶叫。
だが、そんな鎧武者に容赦なく、コルリは左の剣を振るった。
身を捻るように打ち込まれた逆袈裟の一撃。
それが、鎧武者の右腕と頭を胴から切り離した。
たちまち霧散する鎧武者の肉体。
完全に消滅するのと同時に、オレとコルリはボロボロの拳を打ち合わせた。
「はぁ……はぁ……こいつで、最後かな……?」
「おそらく。場の瘴気もおおよそ散った。これ以上化け物が生まれることもないはず」
良かった。さすがに、もう一戦同じレベルの奴とやりあうのはきつかった。
「あとは、降りるだけか」
「うん、急ごう」
重たい身体を引きずりながら、オレとコルリは大空洞の底へと残りわずかの道筋を歩き出した。
「……コルリが欲しい武器っていうのはヒヒイロカネから作られるんだよな」
「うん、ヒヒイロカネを材料に作った刀剣の類は、魂魄刀と呼ばれる。昔、お姉ちゃんも使っていた刀」
「あっ、亡くなったっていう……」
「そう。でも、お姉ちゃんの魂は私の中にある。だから、2人の想いを魂魄刀に込めて、絶対に鋼帝竜を倒す」
時折、見える激しい憎悪。
だが、その中には、亡くなった姉への深い敬慕の想いを感じる。
コルリは、よほどそのお姉ちゃんのことが好きだったんだろう。
「ディグは……アンシィが蘇ったらどうするの?」
「えっ……!?」
アンシィが蘇ったら……。
そもそもアンシィを復活させることが大目標だったオレは、それ以外やその後のことなんて考えてもみなかった。考える気持ちの余裕がなかったのだ。
無事アンシィが蘇ったとしても、当然、イーズマの街は鋼帝竜の脅威にさらされている状況だろう。
もしかしたら、コルリやジアルマが、あるいは艶姫さんの指揮する東冒険者組合が、鋼帝竜を無事に討伐してくれるかもしれないが、あの強さだ。そうそう簡単に行くとも思えない。
その時、オレはどうするのだろうか。
オレは……アンシィを2度と戦わせたくない。
アイオライトさんに借り受けた銀のスコップをグッと握り込む。
だけど、アンシィを使わずとも、このスコップでなら、オレは鋼帝竜と戦うことができる。
あるいは、もし、アイオライトさんの手を借りられるならば、奴と同じ硬度を誇るアダマンタイト製のスコップを作ってもらってもいい。
オレ程度が役に立つかどうかはわからないが、コルリやジアルマ、艶姫さんが必死に戦っているのを指をくわえて見ているわけにはいかない。
「オレも戦うよ」
「……そう」
オレの言葉をどう受け取ったのかはわからないが、コルリは静かに目を細めると、少しだけ頭を頷けた。
そして、ふと、足を止める。
「着いた。最下層」
「ここが……」
大穴の地表付近から下手をすると10キロ以上。
オレ達はようやくその底へとたどり着いた。
陽の光さえ届かない深奥。だが、瘴気と共に舞う、わずかな燐光だけが、まるで明滅する蛍光灯のように、場を照らし出している。
広さは、神域の聖塔の最上階とおおよそ同じくらいだろう。
聖塔と同じく、場の中央には台座のようなものが設置され、その上には……紅蓮の炎のように緋色の光沢を放つインゴットが置かれていた。
「あれが……!」
「あの輝き……ヒヒイロカネ!!」
オレとコルリは顔を見合わせると、台座へと駆け寄った。
しかし──
「えっ……!?」
ユラリと一瞬、周りの景色がゆがんだ。
「ディグ!」
「!?」
コルリに強引に首根っこを引かれ、オレは腰をしたたかに打った。
しかし、そんな痛みよりも、今、自分の頭があった場所を通り過ぎた"何か"の方が、オレの意識を支配していた。
そう、その見覚えのある緋色の刃先に……。
「えっ、あっ……!?」
「これは……」
コルリと共に絶句する。
オレ達の目の前には、2人の人物が立っていた。
うち1人はよく知らない。獣人だろう。コルリよりも少し丸みを帯びた動物の耳を持つ、髪の長い女の子。
もう1人の方はよく知っている。緋色に輝くスコップを携え、長い髪を結んだ男……。
「オレ……とアンシィ……?」
「お姉ちゃん……」
「えっ……!?」
あの髪の長い女の子がコルリの死んだ姉?
だとすると、これは……。
「もしかして、試練みたいな感じか……?」
ゲームなんかではお約束だろう。
試練と称して自分自身の分身と戦う展開。
主人公のポリゴンやモーションを少しいじってそのまま流用できるお手軽な水増し方法。
「おそらくそう……。ヒヒイロカネは人の魂に働きかける性質がある。だから……」
オレとコルリの魂から、イメージを読み取り、こんな風に最後の試練として、具現化させたわけか。
まったくさすがに普通の金属ではありえない事象を起こしてくれる。
と、こちらの心の準備など待ってくれるわけもなく、コルリの姉とオレの分身はそれぞれオレ達に向かって、武器を構えて向かってきた。
偽アンシィを使った"オレ"の一撃が迫り、オレはやむを得ず、それを銀のスコップで受け止めた。
「くっ!!」
オレの分身体だけあってか、力は互角。
だが、こちらは普通のスコップに対して、あちらはこの世界に来た影響で神器となったアンシィを使っている。
瞬間、激しい熱が、スコップを通して、オレの手のひらに伝わった。
「うわぁあああっ!?」
ヒートスコップ!?
炎帝の加護まで再現できるのか、こいつ!!
なんとか自分のスコップを取り落とすことは免れたが、激しい熱で、手のひらの皮がボロボロにされてしまっていた。
炎焼の追加効果を与えられるようなもの。そのまま打ち合うのは分が悪すぎる。
『アンシィ!!』
『任された!!』
オレの声じゃない。偽物達の声だ。
直接の打ち合いは分が悪いと見て、一旦距離を取ろうとしたオレを偽物が偽アンシィに指示を出して、嵐帝の加護による高速飛行で追従してきた。
一気に距離を詰められたオレは、上空から思いっきり振り下ろされた偽アンシィによる一撃をまともに受けた。
痛烈な打撃により、地面にたたきつけられたオレは、胃の中の物を思いっきりぶちまける。
「う……うがっ……」
かろうじて、銀のスコップを支えに立ち上がるも、目の前の光景を見て、オレは再びよろりと倒れそうになった。
「そんな顔……見せるな……」
オレを叩き伏せた偽物のオレとアンシィは、上手く連携できたとばかりに、お互いににやりと笑って頷き合っていた。
それは、少し前のオレとアンシィそのものだった。
心の中の芯の部分がスーッと冷めていく。
こいつらは偽物だ。
なのに、何で……。
「うぉおおおおおおおおっ!!!」
怒りが……ただ、衝動的な怒りが身体を突き動かした。
銀のスコップにどす黒いオーラが宿る。
力任せに振り下ろしたスコップが偽物が振り上げるスコップと交錯する。
スコップ同士の鍔迫り合い。
相手が炎帝の加護を発動させた。
肌を焼くほどの熱が、銀のスコップ越しにオレに伝わる。
だが、そんなもの構ってられるか!!
「お前らなんか!! お前らなんかぁあああ!!」
黒いオーラがいっそう激しくなった。
周囲の空間すらもゆがんでいる。
偽物達の体勢が崩れた。
「あああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
獣のように猛り、オレは偽物のオレとアンシィを土の壁へと吹き飛ばした。




