084.パワーレベリング
「522!! 523!! おらぁああ!!」
524匹目への攻撃が空を切り、俺様は体勢を崩して、地面に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……くそ……」
竜の踊り場での定点狩りを開始して、すでに数時間が過ぎていた。
襲い掛かってくる翼竜どもは一向に減る様子もない。
どうやらこの山脈中から、すべての翼竜共がここに向かって集まってきているらしい。
さすがに伝説の修行スポットなんて言われるわけだ。
普通一人でこんなことをする奴なんていない、と色白女も言っていたが……はん、確かにその通りかもしれねぇ。
300匹を超えたあたりから、俺様の持久力はじわじわと削られ出した。
攻撃を外す頻度も増えてきた。ひと時も休む暇すらも与えられないこの環境は、確かに一人ではあまりにもきつい。
「うぜぇ!!」
とびかかってきた2匹を横薙ぎに一気に両断する。
血しぶきが舞い、2つの首が宙を舞った。
これで525匹目。
そう。これでいい。
何も考えず、ただひたすらに竜を狩る。
効果は着実に出ている。
ここで狩りを開始してから、俺様のレベルはすでに120まで上がっている。
俺様は、まだまだ、強くなれる。
「何匹でも来やがれ!! 喰らいつくす!!」
360度から飛来する竜を威嚇するように、俺様の咆哮が峰々にこだました。
「うぉおおおおおおおおおっ!!」
スコップを横薙ぎに振るい、襲い掛かってきた2匹のコウモリ型魔物を一息に殴りつける。
良いところに入ったようで、瘴気の化け物は、一撃で宙へと溶けていった。
「はぁ……はぁ……」
もう大空洞に入ってからどれくらい経っただろうか。
さすがに、走りっぱなし、戦いっぱなしで、体力が限界に来ていた。
目の前に残りの雑魚の始末をしていたコルリも、表情こそいつものポーカーフェイスだが、長い髪はじんわりと汗の浮かぶ頬に張り付き、自慢の狐耳の毛も少しけば立ってきたように思える。
だが、オレ達には時間がない。
再び歩み出そうとしたオレの肩をコルリがそっと掴んだ。
「ディグ、少し休む」
「で、でも……」
「これ以上の強行軍はデッドライン。小休止して、体力を回復させる」
「…………わかった」
休憩するとなった途端、オレは膝から地面に崩れ落ちていた。
悔しいが、体力的にはとっくに限界を過ぎていたのだろう。
そんなオレをコルリが支えるようにして、壁際へと運んでくれた。
「ディグ、よく頑張ってる」
「あ、あたりまえだ……」
アンシィを助けるためには、まだまだ、こんな頑張りじゃ足りない。
「休憩は15分、回復薬を飲んでおくといい」
「ああ……わかった」
マジックボトルから街で購入していた回復薬を取り出し、飲み干す。
わずかだが、身体がスッと楽になった。
この世界では、即効性のある回復薬というのは結構貴重なものだ。
回復術士のヒールと違って、一度使用したら無くなってしまう上に、効果量もそれほど高くなく、その上値段も高い。
だが、今回の強行軍のために、オレは買えるだけの回復薬を購入し、マジックボトルに詰めてきていた。
もう一本回復薬のボトルを取り出すと、コルリにも渡す。
「コルリも飲んでおいて」
「ありがとう」
コルリは剣を振るうとは思えないほど、小さな手でそれを受けとると、栓を開けて煽った。
そして、非常に微妙そうな顔をする。
疲れすぎて感じなかったが、本来、回復薬というのはあまり美味いものではない。
アパタイさんのところで売られているものはもう少し味の方にも気を使ってくれているのだが、今回買ったイーズマ製の回復薬はあまりそういう配慮はされていないようだ。
良薬口に苦し、という考えが、日本と同じく根付いているのかもしれない。
眼を細めながら、飲み終えたボトルをコルリはおもむろに通路の先に広がる虚空へと投げた。
そうして、少したれ気味だった狐耳をピンと立てる。
「何してるんだ?」
「残り距離の算出……………………………………聞こえた」
「えっ……」
「ここまで下ってきた距離の半分くらいで、底まで辿り着ける」
あ、なるほど。ボトルが最下層の地面にたたきつけられて、割れるまでの時間を計っていたのか。
いわゆる自由落下ってやつだよな。
えーと、重力加速度がだいたい9.8で…………ダメだ。
オレの頭じゃとても計算できないが、とりあえずコルリの良く聞こえるお耳と計算によれば、最下層までの距離は、残すところおよそ全体の3分の1というわけだ。
無理やりにでも進み続けてきた甲斐あって、思ったよりもかなり早く攻略できている気がする。
「よしっ、残りそれだけなら……!」
壁に手をついて、グッと立ち上がろうとしたその時だった。
「ディグ、レベルアップ」
「えっ……?」
身体が光を放っている。
間違いない。敵を倒したわけでもないのに、オレは今レベルアップをしていた。
「え、あっ、なんで……時間差?」
「今までも、攻略中に物凄い勢いでレベルアップしてた。気が付いてなかった?」
「え、えっ……?」
確かに何度か身体が光っていた記憶がある。そういえば、システムメッセージも出ていたかも……けど、必死すぎて回数まで数えていなかった。
オレは自身のレベルを確認しようと、ポーチから冒険者カードを取り出す。
この世界の文字はほとんど読めないオレだが、数字なら読める。
そこに表示されているレベルは……93。
「い、いつの間にこんな……!?」
「ディグほどじゃないけど、私のレベルもあり得ないスピードで上がってる。もしかして……あの娘?」
「あの娘って……あっ!!」
ジアルマのことか!
そうか。ジアルマの奴、確かレベル上げをしに行くとかなんとか言ってたような……。
オレは現在一緒に行動しているコルリだけではなく、システム上は、ジアルマともまだ、パーティを組んだままの状態だ。
これまで、パーティで離れてバラバラに活動したことなんてなかったから気が付かなかったが、もしかして、どれだけ離れていようが、仲間が倒した魔物の経験値も分配されているのか……?
そんなことを考えていると、今度はコルリの身体も光った。
やはりそうだ。間違いなくジアルマが獲得した経験値が、オレ達にも適応されている。
「あいつ……本気で鋼帝竜を倒そうと……」
「もしかしたら、竜の踊り場で修行をしているのかもしれない」
「竜の踊り場?」
「高レベルの翼竜モンスターがひっきりなしに襲い掛かってくるイーズマで最も過酷な修行スポット」
なにそれ怖い。
「これだけバンバンレベルが上がるのは、そこ以外有り得ない」
「そうか、あいつのおかげでオレ……」
この迷宮の魔物は相当な高レベルだ。
アンシィなしのオレが、曲がりなりにも立ち向かえていたのは、ジアルマの修行の影響で、絶えずレベルアップをし続けていたからだったのか。
「あいつも身体張ってんだな……」
恐ろしい奴だし、聖塔での恨みもある。
だが、"強さ"、ただ、その一点のみを極めようとするストイックさには、正直頭が下がった。
「よし……!」
疲れた身体に、どことなく活力が戻ってきた。
オレは少しだけ軽くなった身体を起こすと、コルリに手を差し出した。
「行こう! コルリ!」
「…………うん」
コルリはオレの手を取ると立ち上がった。
さあ、残るは三分の一。
アンシィ、もう少しだけ待っててくれよ。
「伝令! 艶姫様所有の無人島の北東の海から、再び、鋼帝竜が現れたの事!!」
「ついに……来よったか……!!」
東冒険者組合の作戦会議室内に届いた伝令。
その内容を聞いたうちの額に、ツーっと汗が流れ落ちた。
準備期間はまるまる2日。
整えられるだけの迎撃態勢は整えた。
外野の冒険者達にも、応援要請を出したが、そちらはおそらく間に合わないだろう。
イーズマの総力を結集して、鋼帝竜を迎撃するほかない。
「ジャスパーにつなぎ!」
「承知しました」
音声を遠隔地まで届けるカラクリを使い、ジャスパーに連絡を取る。
数秒の雑音の後、クリアな音声が作戦会議室に届く。
「艶姫嬢、どうかしたかにゃ?」
「鋼帝竜が再び姿を現した」
「そうか。ついに来たか!!」
音声だけでも確かに伝わる声の主の満面の笑み。
まったく、こんな状況やっていうのに、このカラクリネコ親父ときたら……。
「あれの準備はできてるんやろな?」
「ああ、あとはゼンマイさえ巻き終われば、いつでも起動できる」
「言うてた搭乗員は見つこうたんか?」
「そちらも問題ない。本来の搭乗員はおらんが、ちょうど良い代替品が見つかった」
つつがない。
問題人物ではあるが、カラクリ作りの腕と納期に間に合わせるその手腕はさすが。
「こちらの指示があったらすぐ出せるようにしといてくれるか」
「相分かった。んにゃ、切るぞ」
音声がぶつりと切れる。
さて、頼みの綱その一の仕込みは流々。
残る仕込みは時間次第。
コルリももう呼び戻さなあかん。
連絡用の木箱のようなカラクリのゼンマイを巻こうとして……やはり止める。
鋼帝竜が、あの小島からイーズマの街までやってくるまで、もうしばらくはかかるはず。
もう少し……もう少しだけは、時間があるはずや。
「うちは信じとるからな。コルリ」
あんたが必ず、ヒヒイロカネを持って……そして、ディグはんと一緒に戻ってくるのを。




