083.神域の大空洞
神域の大空洞。
ウエスタリアの神域の聖塔と対と為すと言われる遥か大地を抉る大穴だ。
対を為すとは言っても、その構造は神域の聖塔とは大きく異なる。
当たり前だが、まず、どんどん天空へと駆け上がっていった聖塔とは違い、大空洞はどんどん地下深くへと潜っていく。
その上、聖塔のようにフロアという概念がなく、ただひたすらに地の底へ続く坂道を下っていくという、ある意味で非常にシンプルな迷宮だ。
ただ、それゆえに便利な攻略法なども存在せず、また、生息する魔物も非常に強力なものが多く、難易度は聖塔よりも遥かに高い。
また、聖塔に比べて、実入りが少ないために、挑戦する冒険者も近年ではあまりいなくなってしまっているらしい。
例えば、聖塔では、魔物が頻繁にドロップ品を落としたり、塔の内部には、ランダムに配置された宝箱も用意されていた。
しかし、フロアという概念がない大空洞では、そのどちらもが存在しないのだ。
だからこそ、この迷宮に挑戦するような冒険者には明確な目的がある。
それは、この迷宮でしか得ることのできないアイテムを得るということ。
すなわち、神の作りし金属<オリハルコン>、そして、人の魂を力に変える金属<ヒヒイロカネ>を求める者だ。
そして、それを求めるオレ達は、今、ようやく大空洞の入口へとたどり着いた。
「この大空洞の最下層に、オリハルコンとヒヒイロカネがあるんだな」
「うん」
地面にぽっくりと口を開ける見渡すばかりの大穴を眺めながら、オレは確認するようにコルリに声をかけた。
「でも、確実じゃない。神の金属は遥か地中で精製される。今、あるかどうかは、行ってみなければわからない」
「運ゲーってことだな……」
つまり3つのパターンがあるということ。
1つ目は両方の金属が最下層で見つかるパターン。
2つ目はどちらか片方の金属だけが見つかるパターン。
3つ目はどちらの金属も見つからないパターン。
アンシィを助けるには、必然的に1つ目のパターンを引き当てなければならない。
オレの幸運値どれくらいだったっけ……。
いや、とにかく、他に方法がないのだ。
まずは行ってみて考える。それしかありえない。
「転移結晶は持った?」
「ああ、大丈夫だ」
「じゃ、行こう」
言うや否やコルリは助走をつけると、一切躊躇せずに目の前に広がる大穴へと飛び込んだ。
「マ、マジか……!?」
さすがレベル99というべきか。
だが、ここでもたもたしてるわけにはいかない。
アンシィはいつまでもあの状態で生きていられるわけじゃない。
少しでも早く、伝説の金属を手に入れるのだ。
オレは、ゴクリ、と唾を飲み込むと、頬を両手で叩いた。
「なるようになれだ! うぉおおおおおおおお!!」
がむしゃらに駆け出すと、コルリを追って、オレはほの暗い虚空へと身を投げ出した。
「へっ、ここが竜神山脈か……!」
イーズマの街から離れ、俺様は一人、魔物が跋扈する山岳地帯へとやってきていた。
曰く竜神山脈。古から高レベル冒険者の修行場として有名な場所らしい。
空気すら薄く感じる高山の峰々には、すでに、大量の翼竜の影が見て取れる。
あの翼竜の一匹一匹が、ベテラン冒険者がパーティで連携して、なんとか倒せるほどの高レベルモンスターだ。
それがざっと概算で1000匹はいるだろう。
「へへっ、こいつらが全部、俺様の糧になってくれるってわけか……武者震いがしてきちまうな」
オレは、あの色白女から聞いた修行場へと躍り出る。
そこだけ、まるですっぽりと横薙ぎに大太刀で切り裂いたかのような円形状のステージ。
この場所こそが、東冒険者組合の修験者達がこぞって修行を行う、究極の定点狩りスポット<竜の踊り場>だ。
ひとたびこの場に立てば、周りのドラゴンたちは有無を言わさず、襲い掛かってくる。
大剣を肩に担いだまま、砂煙を立てつつ、豪快に踊り場の中央へと着地すると、早くも、周りを飛んでいたドラゴン達がこちらへと向かってきた。
「さあ、ひと狩り行くとするか」
犬歯をむき出しにして、オレは向かってくるドラゴンの群れに、最高の笑顔をプレゼントしてやった。
「うわぁあああああああああああああああああああ!!!!」
右も左もわからない暗闇を落ちていく感覚。
怖い! 怖すぎる!
想像してみてほしい。
紐なしバンジーをしている上に、周囲が見えず、底がどこにあるかすらわからないのだ。
濃い闇の中、唯一、先に飛び込んだコルリの白くはためく服の裾だけが道しるべのように浮かぶ。
ふと、その空気抵抗を受けてたゆたう裾の動きが止まった。
コルリが着地したのだ。もう地面は近い。
「くっ!!」
オレは、手に持った剣先スコップを思いっきり漆黒の虚空へと突き出した。
わずかに土を掠る感覚。
そのままグッとスコップを押し込むと、壁面を徐々に削り取り出した。
そのおかげで落下のスピードが少しずつ抑えられる。
わずかでも着地時の衝撃を減らすために、オレは必死で壁に向かって、スコップを押し付け続けた。
そうしているうちに、いつの間にか斜面になっていた外壁に身体が接触し、半ば転げ落ちるようにして、オレは落下した。
「かはっ……うぅ……!?」
したたかに身体を打ち付けながら、ようやく平らな地面で止まる。
全身の痛みに耐えながら、なんとか立ち上がると、オレの視線の先には、ひとり佇むコルリの姿があった。
「コルリ……」
「……見て」
コルリの視線の先。
そこにはさらなる深淵へと続く螺旋状の通路と、そこを跋扈する大量の魔物達の姿があった。
「今のジャンプで随分ショートカットできた。でも、本番はここから」
「ああ……油断はしない」
オレはアイオライトさんから譲り受けた銀色のスコップを、グッと握りしめた。
「鋼帝竜はいつまた動き出すかわからない。アンシィもいつまで保つかわからない。戦闘は最小限。走り抜ける」
そう言うなり、コルリが双剣を握りしめ、走り出す。
オレもそれに必死について行く。
空洞の壁面をグルグルと回るように伸びる道。
その道をひたすらに駆け抜ける。
レベル99のコルリ。職業は双剣士。
素早さと身のこなしに特出した職業らしく、走るスピードも圧倒的に早い。
オレはまともについて行くことすらできずに、ただただ、その背が遠ざかっていくまでの時間をできる限り長くすることしかできない。
しかし、コルリは、オレの進路上の敵を一匹残らず始末してくれている。
会敵し、殲滅する時間を取られるおかげで、ただ走っているだけのオレは、なんとか彼女の進軍速度について行くことができていた。
いや、もしかしたら、これでもスピードを緩めてくれているのかもしれない。
それほど、彼女の強さは圧倒的だった。
EX職業を持つジアルマのような例外ばかりを見てきたせいで、感覚がおかしくなっていたが、EXじゃない一般的な職業でも、極めた者はここまで強くなれるのだ。
驚嘆するとともに、なんとか彼女の足を引っ張らないようにと、オレは必死で、その背中を追った。
やがて、彼女の足がぴたりと止まったことで、オレはようやくその背に追いつくことができた。
「はぁ……はぁ……はぁ……どうした……?」
「来るよ」
「えっ……?」
瞬間、何かどす黒い瘴気のようなものが凝縮したかと思うと、目の前に鋼鉄の鎧を身に纏った巨人が顕現した。
何もないところから魔物が現れるのは初めてだったので、オレは思わず口をポカーンと開いて固まった。
「大空洞には瘴気が充満してる。満ち満ちた瘴気は、時折こうやって形を成し、冒険者達に襲い掛かる」
「な、なるほど……」
と、そんな会話をしてる間に、大きく振りかぶった巨人の腕がオレ達の足元へと振り下ろされた。
オレとコルリは左右に跳躍してその拳を躱す。
すると、オレ達が元いた場所の地面がまるで重力で押しつぶされたかのように陥没し、亀裂が入った。
元々は霞みたいなもんから生まれたくせに、なんつうパワーだ。
「こいつはかなり高レベルな魔物。一人じゃ時間がかかる」
「わかってる……!」
オレは、剣先スコップを構えると、あえて奴の懐へと滑り込む。
再び振り下ろされようとする拳が落ちる前に潜り抜けると、地面に手をつきスキルを発動する。
「落とし穴設置!」
地面の穴を隠蔽し、落とし穴に変化させるスキル。
何もその穴は、自分が掘った穴でなければならないというルールはない。
オレは奴が陥没させた地面を落とし穴に変化させると、今度は奴の足元の地面へと別のスキルを放つ。
「天地返し!!」
地面の中に埋まった物を地表へと引きずり出す攻撃スキル。
しかし、このスキルはそれだけではなく、相手の体勢を崩すことにも使える。
さすがに相手が巨体すぎるので、大きく転げさせることはできなかったが、それでも、バランスを崩された巨人は一歩後ろへと下がった。
そして、その後ろには、オレがさっき設置した落とし穴がある。
「グォオオオオオオオ!?」
一歩引いたその足が落とし穴へとはまる。
そのまま奴は後ろに倒れるようにして、落とし穴へと半身を落とした。
穴から出ているのは、右腕と頭のみ。
「はぁああ!!」
無防備になった頭に一閃。コルリの双剣が閃く。
しっかりと大地を踏みしめて放ったコルリの剣戟は、ただの一撃で、巨人の胴と頭を切り離した。
鈍色の巨体が、まるで溶けるようにして、再び瘴気へと戻っていく。
瞬間、オレとコルリの身体が輝いた。
「レベルアップ……した!!」
コルリが自身の輝く身体を見て、喜びの声を上げた。
この迷宮を攻略するにあたり、すでに、オレとコルリはパーティを組んだ状態にある。
つまり、オレの限界突破スキルが適応されているということであり、コルリはついにレベル99の壁を越え、100へと至ったのだ。
同じく、高レベルの魔物を倒したことで、オレのレベルも上昇した。
少しでも強くなれれば、その分、攻略も容易になるはずだ。
「コルリ、この調子で行こう」
「うん……でも、ディグ、思ったよりもずっと強いね」
「いや、弱いよ」
強ければ、アンシィがこんな目に遭うこともなかったんだから。
「さあ、早く行こう!」
「うん」
コルリに先導され、オレはさらに空洞の奥深くへと足を踏み入れた。




