075.肝試し
「肝試し?」
「肝試しだって……!!」
いまいちピンと来ていないパーティメンバーと違い、オレは大仰に驚きの声を上げた。
「知っているのか、ディグ?」
「ああ、シトリン。肝試しとは、そう、若い男女が──」
「もぐもぐ……いいわね! やりましょう!」
オレが説明するよりも早く、アンシィが串肉を頬張りながら、嬉々として手を上げた。
「よっしゃ、ノリがええな! ルールはシンプルに2人1組で、この島の森の奥にある古いお社から、うちが用意した秘密のお札を取ってくることや」
「なるほど、そういうゲームか」
「あ、オレの説明……」
えーい、出鼻は挫かれたが、肝試しなんてイベント願ってもない!
いわゆる学園物のラブコメでは、男女どちら向けでも登場する恋愛イベントの一つだ。
怖がる彼女に男らしいところを見せて、あわよくば密着! なんていう、むふふな体験ができるのが、肝試しの最大の利点!
「さあ、ほな、さっそく、ペアを決めるで。この中から一本選ぶんや」
取り出したのは、おみくじ箱のような六角柱の木箱だ。
これを振って、同じ文字が出たら、その人同士がペアになるらしい。
「まずは、ディグはん。あんたから」
「えっ、オレから!?」
うーむ、誰とペアになるのがベストだろうか。
フローラは怖がりそうだから、めっちゃ密着してくれそうだよな。
水着姿であの爆乳を押し付けられでもしたら、オレ自身が驚かす側になるやもしれない。つまり昇天しちゃう。
シトリンはきっと怖がらないだろうが、なんとなくだが、手ぐらいつないでくれそうな気がする。
ゲームだから神視眼は使わないだろうけど、彼女が一緒なら心強さもあるな。
アルマは、あの性格の明るさがあれば、暗い森の中でも、全然怖くなさそうだ。
コルリは……予想がつかないな。
「ほら、早く!」
「あ、はい……」
えーい、なるようになれだ。
オレはガラガラと木箱を振ると、逆さにして、中から木の棒を一本取り出した。
「えーと、これは"松"……ですかね?」
「ディグはんは、松やな。ほな、他の娘もいってみよか」
うちのパーティメンバーもそれぞれくじを引く。
まず、フローラとシトリンの仲良しコンビが同じ、"竹"を引き当て、ペアが成立した。
続くアルマが引いたのは"梅"。
となると、残ったのは2人。アンシィとコルリだ。
と、そんなタイミングで、艶姫さんが、突然身をかがめた。
「いたたた……。持病の癪が……」
「だ、大丈夫ですか!? ヒールしましょうか?」
「フローラ!」
止めとけ! パーティメンバー以外で爆発させたらシャレにならん。
「ああ、大丈夫や。もう治まった」
ゆっくりと立ち上がる艶姫さん。
あれ、なんか今、一瞬、木箱に何かしてなかったか……?
「さて、じゃあ、続きやったな。コルリ、あんた先引き」
艶姫さんに指名されて、仮面に水着というおかしな性癖を疑われそうな格好のコルリが木箱を受け取ろうとして……アンシィが先に木箱をかすめ取った。
「あ、アンシィはん……!?」
珍しく慌てた様子の艶姫さん。
「最後なんて、おもしろくないじゃない! アタシが先に引くわよ!」
「えっ、ちょ……!?」
「うぉおおおおおおおおお!!!」
抱えた木箱を全力でシェイクするアンシィ。
すると、スッポーンと抜けるようにして、一本のくじが宙を舞った。
アンシィは見事な動体視力で、そのくじをキャッチする。
「えーと……"松"ね!」
「あーっ!!」
艶姫さんが、明らかに動揺している。
ははーん、さては、やはり何か細工していたようだ。
大方、コルリとペアになるようにでも仕込んでいたんだろうが、突然のアンシィのインターセプトで仕掛けが裏目に出てしまったようだ。
まあ、こいつとペアだとドキドキはないかもしれないが、少なくとも、変に緊張することもない。
「それでは、残ったコルリが"梅"……つまりアルマとペアということだな」
シトリンが確認するようにつぶやくと、艶姫さんは、ぐったりとうなだれた。
さて、いろいろあったが、とりあえずペアも決まったということで、肝試しスタートだ。
それぞれのペアには、一つの提灯だけが持たされている。これが唯一の道しるべってわけだな。
フローラのライティング魔法やシトリンの神視眼は、もちろん使用禁止。オレもスコップダウジングとかは使わないつもりだ。
ちなみに、雑魚ではあるが、魔物が出る可能性もあるということで、オレ以外の仲間達はそれぞれ水着に武器というスタイルだ。
なんだろう。武器持った途端、どこかソシャゲの夏ガチャ感が増したような気がする。
艶姫さんを先頭に、森の中に入ってしばらく歩くと、ほどなく三叉路へと差し掛かった。
「さあ、こっからが本当のスタートや。3つの道、どこも最終的にはお社に続いとる。それぞれ選んでいき」
「わ、わかりました」
まずは、右手の道をアルマが進み、そこにコルリがついて行った。
怖がるフローラに腕を抱かれたシトリンは左手へ。
そして、オレとアンシィは真ん中の道へと進む。
そういえば、2人でこうやって連れ立って歩くのも、久しぶりだな。
「案外暗いわね」
「……そうだな」
陽が完全に沈んで少し経つ。
満月に照らされて、砂浜の辺りは十分夜でも歩けるほどの灯りはあったのだが、鬱蒼と茂る森の木々が、その月明りを完全にシャットダウンしてしまっている。
周りの雰囲気からの錯覚か、それとも実際に山裾に入ったことで変化があったのか、どうにも気温さえ下がったように感じる。
このおどろおどろしい雰囲気……まさに肝試しといったところだな。
ゴォオオオオオオオオオオ……。
「ん……?」
なんだろう。どこからか唸り声のようなものが聞こえる気が……。
「なぁ、アンシィ……って、わぷっ!?」
唐突に何かが顔に張り付いて、オレは慌ててそれを引きはがす。
「…………って蜘蛛の巣かよ…………ひゃっ!?」
今度は首筋に何かひんやりしたものが当たって、オレは飛びずさった。
「な、なんだ!?」
「落ちてきた葉っぱが当たっただけよ。あんたビビりすぎ」
「ビ、ビビッてなどいない……!」
警戒心が強いだけだ!
「はぁ……。なんか東に来てからこっち、本当に情けないわね……」
「うっ……」
思い当たる節がありすぎるオレは、言葉に詰まる。
あの巨大ダコとのバトルの一件……あれは擁護のしようがない。
「ま、まあ、たまには調子が悪い時もあるさ……!」
「たまにねぇ……。ねえ、もしかして、あんたさ……」
「?」
アンシィが珍しく言い淀んだタイミングのことだった。
ガサガサと周囲の茂みがいくつか揺れた。
「ひっ……!?」
ゆ、幽霊か!? と警戒して提灯を突き出したが、違った。
茂みから顔を出したのは、齧歯類のように鋭い牙を持つ魔物だ。
嵐帝の渓谷で出会ったハードスクォーロルという魔物に酷似している。あいつの亜種かもしれない。
幽霊じゃないなら、怖くはないぞ。
「アンシィ!」
「…………」
アンシィは一瞬何か言いたげな表情をしたが、すぐにいつものように剣先スコップモードへと姿を変えた。
敵の数は3体。
こう見えても、すでにオレは高レベル帯だ。
1体3とはいえ、こんな雑魚に翻弄されるオレではない。
……はずなのだが、なぜか一向に足が踏み出せない。
「どうしたの? 先手必勝でしょ?」
「わ、わかってる……!」
奴らが仕掛けてこないので、オレは自ら距離を詰めた。
大きくアンシィを振りかぶり、まずは手前にいる一体を──
『……やめろ……!!』
「くっ……!?」
脳裏に声が響き、オレの身体が止まる。
動きを止めたオレに対し、似非ハードスクォーロルは体当たりをかましてきた。
「ぐっ……!!?」
みぞおちに入ったその体当たり。レベル差があるとはいえ、完全に不意を突かれたオレは、膝をついた。
「ディグ……!? もう、何やってんのよ……!!」
「わ、わかってる……よ……!!」
アンシィを支えにして立ち上がる。
しかし、魔物達を目に捉えた途端、再びオレの脳裏に何者かの声が響く。
『やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ』
「くっ、お前こそ……その声をやめろ……!」
「ディ、ディグ……?」
声を振り切り、なんとかアンシィを構えようとするが……ダメだ。力が入らない。
不格好な姿勢のまま、立ち尽くすオレ。そんなオレに魔物達がじわじわとにじり寄る。
アンシィの焦りの気配を感じる。それはオレ自身も同じだ。
でも、声が……身体が……。
「死ねよやぁあああ!!」
誰かの叫びが聞こえた、と思ったその一瞬後には、すでに目の前の魔物は吹き飛んでいた。
いや、それどころか、周囲の木々が何本も倒れ、轟音と共に、地面さえもえぐり取られる。
「なんだ……?」
疑問に思うオレの目の前に、狐仮面の少女──コルリがまるで重さなど感じさせない身軽さでスタリと着地した。
「え、コルリ……?」
突然オレの目の前に着地したコルリ。
彼女は狐面越しに一瞬こちらに視線を向けたが、すぐに正面に向き直る。
そして、その正面には……。
「うぉおおおおおおおおおっ!!!!」
聖塔で手に入れた攻撃的なデザインの大剣を振り上げたジアルマが、こちらに迫ってきていた。




