064.辻斬りの正体
光の巨人、ホーリーゴーレムを弱点属性をつくことで撃破したオレ達は、ついに59層……最後の青いワープゾーンへと飛び込んだ。
一瞬のち、オレ達が転移したのは60層、つまりこの塔の最上階だ。
「ついに……」
陽光がオレ達を照らし出す。
異空間ではなく、実際の塔の頂上。
聳え立つ壁の上には天井はなく、ちょうど天頂に座する太陽が、オレ達の偉業を讃えるかのように、燦然と輝いている。
その光をひとしきり浴びると、オレはパーティが並び立つ正面へと視線を向けた。
そこには、真っ白い大理石でできた台座のようなものがあり、その上には、明らかに道中での宝箱とは違う、プラチナに輝く宝箱が鎮座していた。
あれが、持ち主の欲しいと思うアイテムを与えてくれるという、神域の宝箱。
ついに……ついに、オレ達はそれを得ることができるところまでたどり着いたのだ。
「やったな、みんな!」
「はい!」
「ああ!」
フローラ、そして、シトリンと顔を見合わせあって喜ぶ。
さあ、あとは、誰が、この宝箱を開くかだ。
オレはアンシィ以外の武器を装備できないし、シトリンはすでに上層で自分専用の弓を手に入れている。
となると、やはりフローラだろうか。
彼女の今使っている杖は、初心者の頃から使っていたもので、特別性能が高いものではない。
魔力制御能力のもっと高い杖を得ることができれば、フローラだけでなく、パーティにとって大きな戦力アップとなるはずだ。
「フロー──」
相談しようと、改めて振り向いたその時だった。
アンシィが勝手に動いて、何者かの攻撃を受け止めた。
しかし、不格好な姿勢で受けたために、オレの身体は数メートルも吹き飛ばされる。
「くっ……!?」
なんだ!? 何が起こった……!!
「お前は……!?」
目の前に一人の少女が立っていた。
紫色の髪をポニーテールにまとめ、まるで巨大な鉈のような刃物を右手に垂らした女性。
間違いない。こいつは……。
「辻斬り……」
「正解だ。よく俺様の一撃を受け止めたな」
そう、その見た目の特徴は、伝え聞いていた辻斬りそのものだった。
だが、そんなことよりももっと驚いたことがある。
「お前、その恰好……」
「ははっ、そりゃ気づくよなぁ」
辻斬りがしていた恰好、それはさっきまでアルマが着ていたメイド服そのままだった。
身長からして体格が違うので、服が限界まで引き延ばされて、豊満な胸元や太ももなど、身体の部分部分が大きく露出はしているが、間違えなくこれはアルマの着ていたものだ。
一瞬、思考が飛びそうになるが、オレはすぐに結論に至った。それと同時に目の前の女も口を開く。
「そうさ。俺様はアルマだ」
「なんで……!! アルマはユニデュアルだって……!?」
「そりゃミナレスのやつの勘違いだ。アルマは至って普通のデュアル族だ。もっとも、お前らの知るアルマは、オレという人格がいることさえ認識してはいないけどなぁ」
完全な別人格ということか……?
確かに今までのアルマがオレ達を欺いていたとはとても思えない。
完全に自分の中にこんな奴がいることを知らなかったという方が自然だ。
アルマの特殊性は、ミナレスさんの言うようにユニデュアルであることじゃなかった。自分のもう一つの人格を完全に認識できていないことだったのだのだ。
「う、うぅ……ディグ……」
「フローラ!!」
奴の足元で、フローラがうめき声をあげた。
シトリンはいつの間にか気絶させられている。完全に不意を突かれてしまった。
「黙ってろ。スイーツ女」
「うっ……」
「フローラ!!」
足蹴にされて、フローラもついに気を失う。
こいつ……!!
「お前、何がしたいんだ!!」
「俺様がやりたいことは2つだ!!」
巨大な鉈をもって、奴がオレに襲い掛かってくる。
アンシィを使ってその攻撃を受け止めるものの、あまりに重たい攻撃に、受け止めるオレの足元で床に罅が入った。
なんて、バカ力。
「へぇ、やっぱりまあまあやるじゃねぇか」
「くそっ……!!」
「おっと!」
アンシィを無理やりに横薙ぎにするものの、奴はひょいっとその攻撃を避けた。まるで、遊んでいるかのようだ。
「もう一人の俺様が世話になったからな。殺すのは止そうと思っていたが、多少は楽しめそうだ……。殺っちまうかな」
猛禽類のように、舌なめずりをする姿に、背筋に悪寒が走った。
本能的に、本当にこいつにはそれができる力があると気づいてしまったのだ。
なんとか……なんとか、打開策を見つけないと……。
「待てよ。そのやりたいことってやつを教えてくれ」
血の気が引いて少し冷静になった頭で、オレはなんとかその言葉を絞り出した。
攻撃のモーションに入ろうとしていた奴の腕がだらりと下がる。
「いいぜ。減るもんじゃないしな。教えてやるよ。……オレがやりたいことは強いやつと戦うことだ」
「強いやつと戦ってお前に何の得があるんだよ」
「知らねぇよ。ただよ、心の奥で誰かが叫ぶんだ。もっと強く! もっと壊せ! ってな。俺様のEX職業、破壊者がそうさせるのかもしれねぇ」
「ただのバトルマニアかよ……」
ヒールジャンキーであるフローラと同じだ。
破壊衝動を抑えることができない……。こいつも自分のEX職業に半ば引っ張られている。
だが、オレの質問に答えてくれたことからも、話してみて、話の通じない相手ではない。
この手の輩は合目的的だ。
受け答え次第であるいは……。
「だがよ、残念ながら、オレはこれ以上強くなれねぇ。少し前、オレはレベル99になっちまった」
「レベル99……」
ごくり、と唾を飲み込む。
EX職業持ちのレベル99。それが真実なら、オレはもちろんのこと、おそらくミナレスさんよりも強い。
「だからよ。俺様はより強い装備を求めることにした。それが俺様の2つ目のやりたいこと。もう一人の俺様を上手く誘導して、お前たちと一緒に塔を昇らせることができた。西ギルドに所属していない冒険者は、塔に昇ることはできないからな。案の定、作戦は図にはまって、俺様はもうすぐ俺様に合った、最高の武器を手に入れられるってわけさ」
なるほど、そういうことだったのか。
アルマがあれほど塔に昇りたがった理由、それは、このもう一人のアルマによる刷り込みだったのだ。
そして、オレ達についてこさせることで、塔を攻略し、神器級の武器を手に入れようと画策した……と。
「さあ、お前をなぶり殺したら、じっくりと最強の武器をいただくとしよう」
「ま、待てっ!?」
今度こそ、オレの静止の声も無視して、奴が再び大鉈を振りかぶった。
一瞬で詰まる距離、嵐帝の加護を纏った風のスコップでなんとか受け流すものの、長くは保たない。
「ほらほら、もっと力入れて頑張らないと、すぐ死ぬぞ」
「くそっ!?」
伊達に破壊者なんて、いかにも強そうなEX職業を持ってるわけじゃない。
奴が無造作に大鉈を振り下ろすだけで、オレの身体のどこからか血が噴き出し、肉が裂け、骨がきしむ。
受け止めるアンシィもそれは同様で、一撃一撃を受け止めるごとに、刃こぼれが生じ、わずかながらもひしゃげていく。
「うぅ……」
「アンシィ……!!」
アンシィの痛々しい姿に、受け止めるのがはばかられるようになって、一瞬できた隙、その隙を見逃す奴じゃなかった。
「おら、おしまいだ」
声が聞こえたと思った時には、オレはもう斬られていた。
あの盗人と一緒だ。
袈裟懸けに真一文字に斬られ、オレはそのまま背中から地面に倒れ伏した。
「ディグ! ディグ!!」
「うるせぇよ、スコップ女」
人間体になってオレを助け起こそうとするアンシィ。スコップの時に受けた傷のせいか、ボロボロになったその身体を奴が蹴り飛ばした。
数メートルも転がって、うめき声を上げるアンシィの姿に、オレの脳がカッと熱くなるが、ダメージを受けた身体の方はピクリとも動いてくれない。
「アン……シィ……」
「へぇ、しぶてぇな。まだ、息があるのか。まあいい。そこで見てな」
奴はオレを引き裂いたことで、血の滴る大鉈を無造作に放り投げると、大広間の中央にある宝箱へと歩を進めた。
そして、そのプラチナ色にきらめく宝箱の蓋を力任せに蹴飛ばす。
光が弾け、宝箱の中から、おおよそこの白亜の塔には似つかわしくないような、まがまがしい見た目の大剣が出現した。
大きさは、ミナレスさんが使うバスタードソードよりもさらに一回りほども大きい。
巨大な鍔から生える刃は、片方が直刃、もう片方の面にはギザギザとノコギリのような形状になっている。
相手を引き裂き、磨り潰すための剛剣。
「ははっ、これが俺様だけの武器か……。なるほど、よく手になじむぜ」
ぶぅん、と一振りするだけで、空気が引き裂かれ、真空の刃が塔の壁面に真一文字の傷をつけた。
「これで俺様はまた一つ強くなった」
そのまま街へと帰るワープへと歩を進めるもう一人のアルマ。
ダメだ。あいつをこのまま行かせちゃ……絶対にダメだ。
オレはなんとか立ち上がろうと、震える腕で、ウエストポーチの中に入っていた小瓶を取り出す。
スパローティアーズ……ほんのわずかだけ体力が回復すると言われるこの薬を飲み干すと、オレはなんとか立ち上がった。
「はぁ……はぁ……待て……」
「てめぇ……」
もう一人のアルマは振り返ると、どこか苦々しそうな視線でオレを見下した。
「立つな。殺すぞ」
「無理だ。お前に人は殺せない」
「何……?」
「知ってるぞ。お前の被害に遭った冒険者達で、亡くなった者は一人もいない。お前、本当は人殺しとかできないんだろ」
「ああぁ?」
奴の表情に怒りの感情が混ざる。
「舐めてるのか? 俺様が相手を殺さなかったのは、殺すまでもない相手ばかりだっただけだ。なんなら、お前でこいつの試し斬りをしてやってもいいんだぜ」
「無抵抗なオレを嬲り殺せるならそうしろ。破壊者の名前が泣きそうだがな」
「挑発か?」
オレのわざとらしく安い挑発に、相手はかえって冷静になったようだ。
口八丁手八丁。戦っても勝てないのは確実、ならば、口で奴を拘束する。
「いや、正直殺されるのは勘弁だ。それより、一つ提案がある」
「あぁ? 提案?」
「お前の目的は、もっと強くなること、だったよな。オレ達と来れば、お前はもっと強くなることができる」
「……どういうことだ?」
よし、食いついた。
「アルマが知っていることを何でも知っているとすれば、オレが転生者だということはお前も知ってるだろう? オレはこの世界の者には持ち得ないスキルを一つ所持している」
「もったいぶるな、さっさと教えろ」
「限界突破だ」
「限界突破……だと?」
奴の顔に初めて逡巡の色が浮かんだ。




