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30 アムノリアの襲撃者たち

 ニニギは、地上に飛び出した枯れ井戸から少し離れた場所に広場を見つけた。

 特に疲れてもいなかったが、夜どうし地下にいたニニギは、土魔法でテーブルと椅子、さらにはパラソルまで作り出し、オープンテラスよろしくくつろいだ。


 土魔法は土に関する一切を扱う魔法で、低位では岩や泥を生み出すことができるため土魔法に分類されているが、高位になると金属や宝石まで生み出すことができる。そこまで極めれば、むしろ物質魔法と呼んだほうが良いというまでになる。

 ニニギが作り出したテーブルや椅子も、淡く青色に輝く大理石でできたもので、パラソルは鋼鉄の骨組みにガラス張りである。


 残念ながら、現在のところナイロンなどの化学繊維を魔法で作り出すことはできなかった。

 この世界に現物があれば試してもいいし、ニニギとしてはコツさえつかめれば作り出せるのではないかと思っていた。それを可能とするのには、もっとゆっくり研究する時間が必要だ。

 この世界に転移してから、ずっと忙しかった。ゲームの中で戦いにしか使用できない魔法が、生活をいかに便利にしてくれるか知ったのも、転移してからのことだ。


 ニニギが育てたチェスの駒たちも、使用できる魔法はきちんと最終段階まで習得させてあるはずなので、ニニギと同じことができるはずだが、ニニギのように上手く操ることができないらしい。

 それが、ステータスの何かが足りないのか、経験の差か、または別の要因か、ニニギにはわからなかった。

 だが、ゲーム上でできると説明されていたことはできた。ならば、そのうち慣れてくるのではないかと思っていた。


「ニニギ様、お食事をお持ちしました」


 椅子に腰掛けてただのんびりしていると、人間に擬態して帽子とサングラスで特徴を隠したチェスの駒の1人、ルークのグァヒーラがトレイを運んできた。先程から、もう1人のルークであるファルーカは隣の椅子に腰かけている。普段は黒い鎧で全身を覆っている霧状生物だが、今日は人間の死体を操ることにしたらしい。人間の街に溶け込もうとしているのだろう。良い心がけだと、ニニギは感心する。


「ああ。助かる。それよりお前たち、今日は一日、好きなことをしていていいと、街に入る前に言ったはずだが?」


 ニニギの前に置かれたのは、焼いた肉を、小麦を練って焼いたもの(パンといっていいもの)で挟んだ食べ物だ。野菜もほしいところだが、贅沢は言っていられない。一日中地下を歩き回り、疲れてはいなかったが腹は減っていた。


「ですから、お言葉に甘えまして、したいことをしております」


 ファルーカが恭しく頭を下げる。人間にはわからないだろうが、ニニギには死体だとはっきり分かるため、不気味極まりない。もちろん、そんなことは口がさけても言わない。


「それは、椅子に座っていることか?」

「ニニギ様のそばにお仕えすることですわ」


 グァヒーラが言いながら、ガタガタと椅子を引き寄せ、ニニギの隣に座った。トレイから、肉を挟んだパンのようなもの、ハンバーガーもどきを持ち上げた。

 自分の口元に捧げられたハンバーガーに噛み付く。グァヒーラが嬉しげに首を傾けた。

 実に可愛い仕草だ。もっとも、うっかりすると食事だと言って芋虫を生きたまま持ってきかねない危うさがある。本人にはまったく悪意がないだけに、扱いに困る。


 ニニギが食べたハンバーガーは、素朴だがしっかりと味が乗って美味かった。全てが天然の食品だと、これほど味がしっかりしているのかと驚くほどだ。ここ数日、焼いた獣の肉を食べたことは数え切れないが、パンはなかったのだ。


「今日中にサクヤからの報告を受けて、明日以降の行動を決めるつもりだった。今日は、することもないから街の中を散策するつもりだが、2人はどうする?」

「ニニギ様にお許しいただけるなら、同行したいと思いますが」


 ファルーカが再度頭を下げる。まあ、そう言うだろうと予測した答えだ。グァヒーラに目を向けると、グラスに水を注ぎながら答えた。ニニギも二口目を噛みつきながら聞く。


「私も同じですが……トーキン城の人間たちが住む家ならば、この近くに空き家がたくさんあります。そちらを使わせてはいかがでしょうか」

「ほう。ならば、住む場所はありそうか。だが、勝手に移住させては問題になるかもしれない。できれば、この国の王の許しを得たいものだ」


「国の王にしても、人間が多い方がいいと思います。このあたりの家はあまり綺麗とは言えませんが、ニニギ様の配下の人間たちであれば、すぐに綺麗にしてしまうでしょう」

「……そうだな。では、お前たちが見つけた空き家を見せてくれ」

「はいっ!」


 グァヒーラは嬉しそうに立ち上がった。

 小さな少女が嬉しそうに誘導する後に続き、ニニギは寂れた家の中で大量の死体の残骸を見つけて絶句した。






 確かに空き家は多い。どうやら、グァヒーラが住人を呼び寄せては殺したらしい。グァヒーラの召喚した眷属たちが食べ荒らした後だと考えると、散乱した残骸から想像して、数百人は死んだはずだ。

 どうしてそんなことをしたのか、ニニギは聞かなかった。すでにやってしまったことだし、ニニギのために空き家を増やそうとしたのだとは言われれば、怒るのもかわいそうだと思ったのだ。

 まさか、帽子とサングラスが似合っているのか聞くために、まともに答えない人間たちを次々に殺していったとは、ニニギは夢にも思わなかった。


「人間を殺さなければならないときもあるだろう。だが、簡単に殺してはいけない。友好的な関係を築ける相手でもあるし、俺の配下にも人間たちはいる。俺が、配下の人間たちを大切に思っているのは知っているだろう」


 貧民街らしい街中を歩きながら、ニニギはグァヒーラとファルーカを諭す。どうやら実行犯はグァヒーラのようだが、一緒にいて止めなかったファルーカにも言い聞かせる。

 ニニギ自身、地下世界に生息していたシロウジからシロボクという名の魔物を作り出し、人間を皆殺しにしろと命令をしたこともあり、あまり偉そうなことは言えないと自覚していた。


 だが、地下世界の魔物も住人も、人間に復讐する十分な理由があった。ニニギ自身、罪もなく罪人のように穴に落とされた。外見が異形なだけの人間であれば、本当に死んでいたところだ。

 それほどの屈辱を与えられたこの街の人間に、さほど寛容になる必要も感じなかった。グァヒーラに限らず、殺す理由があったのであれば、ニニギは何も言うつもりはなかった。


 だが、グァヒーラがつくり出した大量の死体の残骸を見て、ニニギはグァヒーラがただ遊びのために楽しんで殺したのではないかと感じた。ありえないことではない。

 人間の子供が、ただの遊びでアリの巣に水を注ぐように、想像力が乏しい子供というのは残酷なことを意味もなく行う。ニニギはそれなりの年月を生きているが、ニニギの配下、チェスの駒たちでさえ、戦闘の経験はあっても個体としての経験はあまりにも少なく、生きた経験もないのに最強の能力と肉体を保持している。

 ニニギが教え導いてやらなければ、本当に世界を滅ぼしてしまうかもしれない。それも、ただ楽しいからという理由で。


「いいか? なんども言うが、理由もないのに命を奪ってはいけない。攻撃するにしても、命を奪う必要があるのかどうか、しっかりと考えるのだ。生かしてこそ、意味があるという場合も多々あるだろう」

「ニニギ様……あの……その辺で……」


 先頭をあるいていたニニギは、ファルーカのものとなった男の声が、あまりにも弱々しいのに驚いて振り向いた。

 死体を操作しているのでもともと顔色は悪いが、これほどまでに落ち込んだ人間の顔は見たことがないと思えるほど、ファルーカの顔は落ち込んで見えた。

 その隣で、グァヒーラが小刻みに震えている。


「どうした?」

「ニ、ニニギ様……申し訳、ございませんでした」


 言いながら、グァヒーラがへたり込んだ。地面に手をつくと、地面が手の形に凹んだ。地面は舗装されておらず、平らにされただけの土の地面だったが、それでも、驚くほどやすやすと指が突き通った。


「ああ……言いすぎたか」


 ニニギは、激昂したわけではない。ただ淡々と、グァヒーラが得意げに見せた死体の山に対して命の大切さを解いていたつもりだった。

 それが、2人のルークをこれほど落ち込ませるのかと思えるほど、2人は沈んでいた。

 失敗したとニニギは思ったが、言ってしまったことは仕方がない。


「ニニギ様のお気の済むよう……いかなる処罰でも……」

「罪は我にあります。グァヒーラは、ただニニギ様に気に入られようとしていただけなのです。罪であれば、我に……我であれば……たとえ……ルークの地位から外れようと……」


 そこまでいって、ファルーカの声も掠れた。声が掠れ、震えた。チェスの駒、第一パーティーの地位は、それほどまでに重いのだろうか。

 ニニギにはわからない。


 落ち込む2人があまりにもかわいそうになったのは、ニニギの親バカである。ニニギは、ファルーカの肩を叩き、へたり込むグァヒーラを抱き上げるようにして立たせた。特にグァヒーラはぶるぶると震えていたので、自分の胸に抱く。


「……ニニギ様?」

「すまないな。責めるつもりは当然なかった。ただ……俺のためを思ってくれるのは嬉しいが、そのために殺していては、逆効果になることも多いだろう。これが、たまたま貧民街の人間だったし、この街の人間は罪もない俺を殺そうとしたほど、救いのない連中だ。だが、そうでない場合は、俺は自分の身を守るため、お前たちさえ切り捨てなければならないことも起こりうる。それが、人間の社会というものだ。だから、少しくどく言った。許してくれ」

「許すなど、とんでもない。全ては、我々の不徳の致すところ。グァヒーラもこのように……」


 グァヒーラは、ニニギの胸に顔を押し当て、それは服の上からだが、それでもうっとりとして脱力していた。


「困った子だな」


 ニニギがグァヒーラを抱っこする。本人は気づかない。もっとも、擬態した顔にはあまり表情がない。ニニギがグァヒーラを抱いたまま街を歩く。ファルーカがその様子を嬉しそうに眺めていることも承知していた。






 ほぼ無人の貧民街を眺めていても面白くなかったので、ニニギは大きな建物が見えた方向に行くことにした。

 貧民街から出たところでグァヒーラを下ろしたが、地面に降りたグァヒーラは、どうやって移動したのか全く覚えていなかった。


 ニニギに抱っこされていたのだとファルーカが教えると、そんなはずはないと全力で否定したあげく、ニニギに肯定されて、覚えていない自分を呪った。

 そんなこともありながら、ニニギは街の中を堂々と歩いた。


 3人とも人間ではないが、現在もっとも人間には見えないのはニニギだろう。ニニギは超人であり、外見はごく普通に人間だが、全身を覆う金色のナノアーティストファクトは、最高レベルに達し、なおかつ数え切れない戦闘経験を積み上げた者の証であり、そのことをこの世界の者は知るはずがないのだ。全身が金色に輝く人間がいるはずもなく、現に街の入り口で、兵士たちは迷わずニニギを魔物と決めつけた。


 だが、ニニギが注目されることはなかった。そもそも、街に人がいなかった。正確には、外に出ている人間がいなかった。ほとんどの人間が、息を潜めて建物の中でじっとしている。

 日はすでに高い。昼間だというのに、あまりにも外に出ない人間たちに、ニニギは首をかしげる。


「この街の人間たちは怠け者なのか?」

「人間ですから、そうなのかもしれません」


 さらりとファルーカは酷いことを言ったが、ニニギの真意を理解しているとは思えなかったので、ニニギは付け加えた。


「夜行性でもあるまいし、どうして家の中でじっとしているんだろうな。安息日か?」

「まるで、猫に怯えるネズミのようですわね」


 グァヒーラが楽しそうに答えた。グァヒーラが楽しそうなのは、多分ニニギと腕を組んで歩いているからだ。ニニギに怒られたと思って落ち込んでいたのとは一変して、許されたと確認できた途端、ぎゅっと距離を縮めてきた。

 そのうち、虫に自分の貞操を奪われるのだろうか、などと邪推しながら、ニニギは目に見える大きな建物を目指して歩いていた。


 一番大きな建物は王宮だろうと思われたので、二番めに大きな建物を目指していた。王宮を避けたのは、サクヤに勇者ロベルトとの交渉を任せたため、ただ見学に行って、真面目に仕事をするサクヤに出くわすのは気まずいかもしれないと思ったからである。

 二番目に大きな建物は、雰囲気からして神殿のようだ。神殿ならば、この世界の神や宗教、ひょっとして魔法のことも知ることができるかもしれない。


 魔王ゴルゴゾーラは、魔法の名称を口にして炎を呼び出していた。

 ニニギが知らない魔法の使い方だ。魔法そのものは、同じことをニニギはより簡単に、効率的に発動できると確信しているが、魔王の使った魔法が、この世界の魔法の全てであるはずがない。ニニギが極めたのは、あくまでもキューブ大戦というゲーム世界の魔法にすぎない。ニニギでは不可能な魔法があれば、把握しておきたい。


 途中で何度か兵士を見かけた。深刻な顔で走り去ったが、ニニギのほうをちらりと見ても、声をかけるでもなく走り去って行く。

 どうやら、事件か事故が起こっているようだ。

 ニニギは歩きながら、雷魔法と振動魔法を発動させ、広く、ゆったりと、周囲の様子を探った。


「……なるほど。ゾンビとシロボクか。それで、人間たちは恐れて出てこないのか? あの程度の魔物に、随分警戒しているな」

「シロボク、ですか?」


「ああ。2人には言っていなかったか。地下で、俺を襲った白い魔物の体から、一部を切り出して別の魔物を作成した。人間を恨んでいたようだったが、そいつ自身は体が大きすぎて地上に登れないというので、代わりに俺が作った魔物を放って、人間を襲わせることにしたのだ」

「なんとお優しい。さすがはニニギ様です」


 ファルーカが感心してくれる。グァヒーラが囁いた。


「でも、どうしてそこまでのお情けをお掛けになるのでしょう? ニニギ様を襲った魔物なのに」

「ああ。それは、これが原因だ」


 ニニギは、アイテムボックスから卵を一つ取り出した。人間の頭ほどのサイズで、真っ白だった。卵の内側で、生物がゆっくりと成長しているのを感じる。


「……ニニギ様の?」

「どうして俺が、卵を産めると思うんだ?」

「いえ、ひょっとして、産ませたのかと……」


 グァヒーラの声が動揺している。冗談で言っているのではないようだ。確かにニニギであれば、生命魔法を駆使すれば、数時間で卵を産ませることも不可能ではないかもしれない。試してみたいとも思わないし、地下にいる白い魔物に欲情するほど人間を捨てた覚えは、ニニギにはない。


「違うよ。俺が地下に降りた時には、もう産んであった。面白いことに、単性生殖が可能な魔物にも見えなかったが、たった1匹で百もの卵を産んだのだ。それも、自分が地上に登れないので、地上の人間に復讐させるための兵士として産み落とした。復元力が強い魔物だったからこそできたことだろうが、その魔物が産んだ卵からどんな雛が生まれるのか、見てみたくなった。親と全く同じ姿なのか、育て方で変わるのか、卵のうちに細工ができるのか、色々と試してみたいと思ってな。卵をいくつか譲り受けるかわりに、復讐の手伝いをして、俺を襲ったことを許してやったのだ」


「……そうですか。私に言ってくだされば、いくらでもお生みいたしますと言いたかったのですが……ニニギ様は子供が欲しかったのではないのですね。子供はお嫌いですか?」


 話の論点が完全に違う感想を返されたので、ニニギはどう言っていいかわからなくなった。

 自慢げに取り出した卵に、思いの外反応が薄かったのを残念に思いながら、卵をアイテムボックスに戻す。


「嫌いとも好きとも、わからないな。考えたことはない。ただ……グァヒーラの子供は可愛いだろう」

「私が望むのは、私の子供ではなく、ニニギ様と私の子供ですが……」

「なら、なおさら可愛いだろう」


 グァヒーラは、自分の腕で絡め取っていたニニギの腕をぎゅっと抱きしめながら、顔を伏せた。照れているのかもしれない。ニニギの腕がナノアーティファクトで守られているのでなければ、腕が潰れていたかもしれない。

 話しているうちに、神殿と思われる大きな建物が近くに見えてきた。神殿を囲むように、四つの建物が配置されている。中心の神と、属神の神殿だろうか。


 日本人であるニニギには、神の数が5人なら、少ないとも感じる。中心の神殿と、周囲の五つの神殿は、異なる印を掲げていた。

 中心が光、周囲が火、水、土、風の印象だろうと想像できる。

 よく見ると、周囲の四つの建物は、中央の神殿とは屋根の形からして違う。


 中央が神殿で、周囲にあるのは魔術を研究する機関かもしれない。ニニギが知る世界の歴史でも、古代や中世では神学は最も大事な学問だとされてきた。全ての学問は、神学に従えられるべきものだった。この世界に、魔法というものが実現されているとして、神の力を借りる魔法が最も偉大な魔法であり、その他の火、水、土、風を扱う魔法は下賎な技だと考えられているとしても、不思議ではない。


 全てはニニギの推測だが、予想を立てておくことは悪いことではない。間違っていたとしても、何も予想していない場合より、理解しやすいことが多いものだ。


「この辺りにも、人はいないようだな。それほど怯えているのだろうか。これだけ大きな神殿があって、魔法が使えるのなら、恐ることもないと思うのだが」

「そうですねぇ」


 グァヒーラは神殿を見上げる。どう考えているのかは、あえて聞かなかった。建物が大きいからといって、普通の感想を抱いているとは思えなかった。

 ファルーカは相変わらず、不景気な顔で従っている。機嫌が悪いわけではなく、死体なので明るい顔は作りにくい。どう顔を操っても、不気味にしかならない。


 ニニギが神殿に近づこうとした時、その脇に見事なスタイルをした素晴らしい美女が現れた。上から降りてきたのではないかと思われる、金色の髪を腰まで伸ばした美女は、ニニギに向けて指を伸ばした。


「抜け駆けは禁止よ!」


 アレグリアだった。ドラゴン王が人間の信仰になど興味はないと思うが、一緒にシギリージャがいたはずだ。邪神としては、この世界の人間が崇める存在を知りたいと思っても当然だ。

 指を突きつけたのは、ニニギに対してではなかったようだ。


「早い者勝ちでしょう」

「言ったわね!」


 アレグリアが大理石と思われる白い石畳を蹴り、ニニギの前に迫る。アレグリアの足場となった大理石は崩れていた。

 こんなところで2人が戦い出すと、間違いなく人間の街が滅びる。ニニギは自分の腕に抱きついたままのグァヒーラを背後に隠し、アレグリアの突進を胸で受けた。


 体が小さくなっているだけで、能力は変わらない。ドラゴン王である。同レベルのニニギでなければ、圧殺されていた。さらにニニギのナノアーティファクトも最高水準にある。ニニギにぶつかって、潰れるのはむしろドラゴン王である。

 ニニギの胸で受け止められ、アレグリアはそのまま腕をニニギの胴体に回した。抱きしめたのだ。


「ニニギ様、お久しぶりです」

「まだ、一日も経過していないぞ」

「半日も経過しています。地獄のような時間でした」


 アレグリアはニニギの体を弄るように移動し、ニニギの、金色の肌が露出している首に、自分の顔を押し当てた。ドラゴンは黄金を好む。ニニギの装備は黄金色なだけで黄金ではないが、ドラゴンの好みからするとどちらでもいいらしい。


「地獄なら、快適だったのではない?」

「虫は黙りなさい」

「アレグリア、グァヒーラをいじめるな。抜け駆けが禁止だと言うのなら、この状態もまずいだろう?」

「早い者勝ちです」


 アレグリアはニニギの首筋に舌を這わせた。ニニギのナノアーティファクトは非常に優秀で、快感もそのまま伝えてくる。痛みやダメージだけを除外するのだ。アレグリアの行為が、性的な興奮ではなく財宝に対する執着だとわかっているため、ニニギも興奮することもなく、美女の金髪を撫でながら、地面に下ろす。


「シギリージャはどうした?」

「あ……神殿の中で、つまらない本を読んでいます。弱い生物が信じるものなんて、何が面白いのかわかりませんけど」

「まあ、ドラゴン王からしたらそうだろう。シギリージャは邪神だ。古代の神という背景を持つ者としては、気になるのだろう。本を読んでいるらしいが、人間から聞かないのか?」


 ニニギが神殿に向かいながら尋ねると、アレグリアも横にぴったりと並ぶ。さすがにグァヒーラはニニギの腕を離していた。


「人間の……死体はたくさんありました。生きている人間も、儀式みたいなのをやっていて、話をきけませんでした」

「……死体? 儀式? 何があったんだろうな」

「ご覧になります? シギリージャは、ニニギ様にお見せするのは反対していましたけど、ニニギ様がご覧になって悪いものなどあるはずがありません」


 アレグリアの気持ちはありがたい。感謝を込めて頭を撫でると、アレグリアはニニギの手を掴んで自分の頬にあてた。しばらく離れていたせいか、反応がいちいち過剰だ。


「だが、シギリージャが俺に見せない方がいいと言った理由がわからないな」

「死体がある広場に描かれた、魔法陣が気になったみたいですよ」

「なら……なおさら見てみたい。アレグリア、案内を頼む」

「はい」


 とても嬉しそうに、アレグリアは応じた。






 広間は、ニニギが訪れようとしていた神殿の反対側にあった。

 広い敷地に、一〇万人もの死体が積み上げられていた。その下には、確かに魔法陣が描かれている。

 死体の山で一部しか見ることができないが、ニニギは魔法陣の特徴から、何のために使用するものか推測がついた。


 どうやら、ニニギが知っている魔法とこの世界の魔法は同じ法則や力を利用しているらしい。同一の魔法陣が存在し、おそらく機能したのだ。死体の山は、その結果なのだろう。ならば、なぜ全くニニギが知らない方法で魔法を使っているのか、やはり疑問は残る。

 アレグリアが言ったように、死体の山を取り囲むように人間が何人か立ち、熱心に祈りを捧げている。儀式の最中かもしれないが、ただ祈っているようにも見える。


 邪魔をしては悪いだろうと思い、ニニギは気がつかれない程度にそっと魔力を流した。

 魔法陣は平面状に描かれる、ニニギたちが使用するものに比べて単純なものだったが、応用させやすいという利点がある。

 ニニギが流した魔力が、広場中をめぐる。広場全体を使用した、大規模な魔法陣だったようだ。


 薄く魔力を流しただけのつもりだったが、魔法陣が青白く光り出した。

 人間たちの視線が、ニニギに向かっている。どうやら、結局祈りを中断させてしまったようだ。

 ニニギは申し訳なく思ったが、口を開かなかった。それどころではなかったのだ。


 足元の魔法陣が何をするためのものなのか、気づいた。ニニギの魔力を吸い上げ、青白く輝く。一つの方角に流れ出していた。

 その先には、トーキン城がある。

 トーキン城は、ニニギが召喚された扉がある。誰もいないのに、ニニギを召喚することがどうしてできたのかと不思議に思ったが、こんな単純な仕掛けだったのだ。


 ニニギが魔力の流出を止めようとしたとき、魔法陣が逆らうような抵抗を感じた。人間では逆らえまい。この魔法陣は、発動されたら目的を果たすまで止まらないのだ。

 ニニギはトーキン城の方向に目を向けた。

 いまも、何かが召喚されたかもしれない。だが、あまり多くの魔力が流れることなく、ニニギが魔力を強制的に遮断する前に、魔力の流出は止まった。


 魔力を送られた側の召喚の扉が、機能しなかったのだと推測される。

 それも当然だ。あの扉の魔法陣は、不完全だ。何を呼び出すのかも明記しないで、機能するはずが、本来はない。

 よほどの偶然か、奇跡でなければ、不完全な魔法陣で召喚するなどということはあり得ない。たまたま、空間的に接していた何かがいればということになる。とそこまで考え、ニニギは思考を中断した。


 偶然か奇跡のタイミングを捕らえられる者がいれば、そのタイミングを的確に捕らえて、ニニギを召喚した可能性はある。ニニギがいたゲーム世界と、この世界が近い関係にあるのだろうか。

 しかも、トーキン城の魔法陣は、召喚する者の魔力が強大であればあるほど、大量の魔力を必要とする類のものだ。


 ニニギは積み上げられた死体を見た。腐敗の具合から、同じタイミングで死亡したのだとわかる。しかも、傷はない。綺麗な死体だ。

 ニニギは、ニニギを見つめていた人間の1人に近づいた。


「俺が怖いか?」

「……恐れる理由がございません」

「賢明だな。門の兵士たちも、そうであればよかったが。では、その賢明なあなたに尋ねるが……あの死体、この魔法陣から魔力を吸い上げれた人間たちだな?」

「……その通りでございます」


 ならば、あの人間たちを死に追いやったのは、ニニギだということになる。


「誰の指示だ?」

「王命にて」

「王は、未来を予測するのか?」

「それができるのは、王ではございません」


「ならば、王に聞くか。俺は、お前からは、どう見える?」

「かぎりなき力を持ったお方かと」

「過大評価だ。そこまでの力はない。ご苦労だった」


 ニニギは人間に対して背を向ける。


「ニニギ様、なにかわかりましたか?」


 不安げなグァヒーラに対して、アレグリアはただ小首を傾げた。会話の内容が理解できなかったようだ。


「真実に少しだけ近づけた。アレグリア、よくやった」

「ありがとうございます」


 どの世界でもおそらく最強の種族に挙げられる力の持ち主は、嬉しそうにニニギをぎゅっと抱きしめた。

 豊かで柔らかい胸の感触は実に心地よかったが、ニニギでなければ体が砕けているところだ。

 ニニギは神殿に足を向けた。

 全てを正直に知らせたアレグリアとは逆に、この魔法陣をニニギから隠そうとしたシギリージャには、相応の罰を与えなければならないと感じていた。


次回は閑話を挟もうと思います。

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