死人と獣 漆
俺達が悲鳴のした場所へつくと案の定し爺さん、いや、猫が看護師であろう女の人を襲おうとしている所だった、
女の人は腰を抜かし地面にへたりこんでいる、
猫の方を見つめ小刻みに震えているのが見てとれる。
「間に合った、まだ怪我はおっていないみたいだ、芦屋、早く助けなきゃ!。」
「そんなことわかってる!俺様に指図するんじゃねえ、行け!石宝!。」
芦屋が石宝を唱えると周辺に転がる大小無数の石礫が勢い良く猫へ放たれた。
「チッ、マタオ前達カ。」
猫は苛立ちを現にし、
石礫を難なく避けると鋭い眼光の残像を残し闇へと消えていった。
「まさか俺様の石宝を全部避けるとはな、さすが野生の力、やたら速いぜ、奴を仕留めるには何か策を練らないといけないみたいだ。」
「そうだな、ちょっとやそっとじゃ録なダメージも与えられないだろう、でもまあ良かったじゃないかとりあえずあの女の人も無事だったみたいだし。」
「ああ、そうだな、調度良かった。」
そう言うと芦屋は女の人のもとへ歩きだした、
調度良かった?
「大丈夫ですかお嬢さん、僕が来たからにはもう安心です、さあ起きて、手を貸しましょう。」
芦屋は女の人へ手を差し出しそう言った、
え?なんだあのキャラは、
いきなり人が変わったような喋り口で女の人を立ち上がらせると、
いつもと全く違う爽やかな笑顔で会話をしたと思ったら手をふりこちらへ帰ってきた。
「なんだあの喋り方、かなり気持ちが悪かったぞ?どこかで頭でも打ったのか?。」
「違う馬鹿、女に近づくにはあんな感じが一番なんだよ、とりあえず俺様はあの婆さんの親族ってことにしておいた、それで爺さんも亡くし婆さんが心配なので夜間のお見舞いも許可してもらえるように頼んでおいた、なあに、あの女はもう俺様に落ちたも同然、なんとかなるだろう。」
怖い…猫を被って騙した訳か、
しかもなんという自信!
確かに芦屋は黙って笑っていれば爽やかなイケメンの部類に入るだろう、
しかもなかなかの上位、
女性を惚れさせるなんて朝飯前なのかもしれない。
「騙したとは人聞きが悪いな、捜査と安全の為だ、あの婆さんを見張るのが一番手っ取り早いだろ?。」
「確かにそうだが、俺達がここを見張るのが奴にバレたら標的を変えたりするんじゃないのか?。」
「そこは多分大丈夫だろ、相手は猫だ、猫は執念深い。」
その日から俺達は婆さんの親族ということで毎日病院まで通った、
周りからはお婆ちゃん思いの良い子達だと特に欲しくもないレッテルを貼られ、
ある意味の潜入捜査は順調だった、
本物の親族が来たらどうしようか考えていたが婆さんの親族が来ることはなかった、
あんなに優しくて穏やかな人でもいつかは忘れられ、
邪険にあつかわれていくんだという事を考えると少々寂しく思うところもあったのだがとりあえずいまは猫の凶行を止める事が最優先なので深く考えない事にした、
俺が病院にいる間にも町には謎の切り裂き魔の被害は広がっていき、
俺と芦屋は交代で町の見廻りをすることになった。
病院でお見舞いを繰り返す日々はもう四日目に突入しようとしている、
相変わらず猫は現れないし婆さんも意識が無いまま何の報酬も得られない現状に俺は辟易しながらも空きベットに寝転がり仮眠を取ることにした、
時刻は午後11時40分をまわろうとしている、
最初は夜の病院に少しびくびくしていたが慣れてしまえば何も怖い事なんてない、
元々多少は見える体質だったのを忘れていた、
病室に差し込むの月明かりも今日は生憎雲がかかり婆さんに繋がれた延命機具の電子音が小さく響く病室はいつもより闇が濃く感じる、
あぁあ、結局今日も変化なしか、いつまでこの生活が続くんだ?
心の中で愚痴をこぼしながらウトウトしているとスゥーっと何かが病室に入ってくる気配がした、
見廻りか芦屋か?
気配の方へ何となく目をやると俺の呑気な予想を裏切る結果が待っていた、
もちろん悪い意味で、
婆さんのベットと俺が仮眠を取ろうと寝転がっているベットを仕切るカーテン越しでもはっきりわかる暗闇に浮かぶ二つの眼光が病室の入り口に立っていた。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい
まさか一人の時にこいつと遭遇するなんて、
どうすればいい、
ここで俺が出ていっても多分何も変わらないし何も出来ないだろう、
かといってじっとしている訳にもいかないし、
くそ、芦屋の野郎こんなときに何してやがる馬鹿陰陽師!グズ!役立たず!
俺が芦屋にこの状況の八つ当たりをしている間にも猫は婆さんに近づき、腕を振り上げた、
しまった!やばいっ!
「あらあら、会いに来てくれたんですね貴方。」
そう一言小さく呟いたのはここ最近ずっとずっと意識が戻らなかったはずの婆さんだった。