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生活の改善

「長々と説明すんのも面倒くさいわね……。要するに、そっちが魔石を寄こせば、代わりに食料でも物資でもあげる。それだけ理解してりゃ十分よ」


「……分かった?」


一瞬の静寂。

海斗をはじめとする幹部たちはあまりの大雑把さに唖然としていたが、圭は力強く頷いた。


「ああ、いいだろう。今の俺たちにとっては、食料が手に入るだけでもありがたいからな」


「話が早くて助かるわ。それじゃあひとまず、さっき私が放り出した食料でも配ってきなさいな。本格的な取引の話は明日からよ」


海斗も即座に頷き、近くの部下へ命じた。


「話は聞こえていたな? すぐに地下の住民を集め、届いた食料を分配するんだ。一粒たりとも無駄にするなよ!」


「は、はいっ! ただちに!」


指令を受けた兵士たちが走り出す。



地下基地の避難区画――そこは、光もろくに届かない湿っぽく薄暗い空間だった。


何百人もの人々が、泥に汚れた毛布にくるまり、力なく身を寄せ合っている。生きる希望を失い、飢えと恐怖で誰もが骸骨のように痩せ細っていた。子供たちは腹の虫を鳴らす気力すらなく、親の腕の中でぐったりと瞳を閉じている。


そこへ、非常用スピーカーから兵士の声が響き渡った。


『全住民に告ぐ! ただちに中央広場へ集まれ! 食料の分配を行う! 繰り返す、食料の分配を行う!』


「食料……? どうせまた、カビの生えた乾パンか、あの苦い昆虫の粉末だろう……」


男の一人が力なく呟く。誰もが半信半疑のまま、重い足取りで広場へと集まっていった。


だが――広場に足を踏み入れた瞬間、全員が言葉を失った。


そこに広がっていたのは、ここ三年間の絶望の中では絶対にあり得ない「匂い」だった。

香ばしい焼きたての小麦の香り。ジューシーに炙られた肉の脂の匂い。そして、甘く瑞々しい果実の香り。


「な……なんだ……この匂いは……!?」


広場の中央には、兵士たちが運んできた巨大な木箱が並べられていた。その中には、黄金色に輝く大きなパンや、湯気を立てる肉料理、透き通った水がなみなみと入ったボトルが山積みになっている


「ただいまより、救援物資の分配を開始する! 順番に並べ! 全員の分が十分にある!」

兵士の叫び声に、静まり返っていた広場がどっと沸き立った。


「本物のパンだ……! ママ、本物のパンがあるよ!」


「嘘だろ……夢を見ているんじゃないか!?」


押し寄せる人々に対し、兵士たちは手際よく温かい料理と冷たい水を配っていく。


母親から焼きたてのパンを手渡された幼い少女は、震える手でそれを大切そうに受け取った。ここ数年、彼女が口にしてきたものといえば、泥水の混ざったスープや、カビの生えた乾パン、不味い昆虫の粉末だけだった。


少女は目を丸くしながら、恐る恐るパンを一口かじった。


「あ……甘い……! すごく柔らかくて、美味しいよママ……!」


口いっぱいに広がる香ばしさと小麦のやさしい甘み。少女の瞳から、ポロポロと大きな涙が溢れ落ちた。ただ空腹を満たすためではなく、「美味しい」と感じながら食事をすることが、どれほど幸せなことだったかを思い出していた。


母親もまた、涙で視界を濡らしながら、夢中でパンを頬張る娘の頭を何度も何度も撫でた。


「よかったね……よかったねえ……」


隣では、かつての戦闘で脚を痛めた老兵が、透き通った水の入ったボトルを大事そうに両手で抱えていた。一口口に含むと、塩素や薬品の匂いすらない、純粋で冷たい水が乾ききった喉を潤していく。


「水だ……雑味のない、本物の水だ……!」

老兵はボトルの水を一滴もこぼすまいと味わい、そのまま広場の冷たい床にひざまずいた。顔を覆い、しゃくりあげるように肩を震わせて咽び泣く。


「神様……神様、ありがとうございます……! 仲間たちが死に絶え、もう人類には絶望しかないと思っていました……! 生きていてよかった……!」


あちこちで上がる歓声と、抑えきれないすすり泣きの声。


泥水をすするような日々の中で失われかけていた人々の尊厳と生きる希望が、霞のもたらした温かい一口によって、奇跡のように蘇っていった。


誰かが叫んだ。


「誰が……一体誰がこんなものを与えてくれたんだ!?」


「救援が来たのか!? 人類は助かったのか!?」


兵士が広場の中央にある高台に立ち、集まった住民たちに向かって力強く声を張り上げた。


「静かに! 落ち着いて聞いてくれ! これは、俺たちの元へ降り立った『神様』――月詠霞様からの恩恵だ! 彼女

は俺たちが集める魔石と引き換えに、食料と未来を与えてくださると約束してくださった!」


「神様……!」


「月詠霞様……!」


「神様が……俺たちを見捨てずに、救いに来てくださったんだ……!」


その名を聞いた人々は、誰からともなく胸の前で手を合わせ、深く頭を下げた。涙を流しながら「霞様、ありがとうございます」「どうぞ俺たちをお守りください」と、言葉にならない感謝の祈りを捧げる声が広場中に満ちていく。


暗闇と絶望にしかなかった地下基地に、三年ぶりに確かな「生の温もり」と「神への深い感謝」が満ちあふれた瞬間だった。


「うふふ、順調に信仰の力が集まってきているわね」


用意された霞の部屋中で、霞は満足そうに自身の髪を弄びながら呟いた。


人々の心からの感謝と祈り――それらが不可視の輝きとなって霞の体内に吸い込まれ、神としての存在感を一層力強いものへと変えていく。魔石から吸い取る無機質な魔力とは違い、人間の感情がこもった信仰心は、彼女にとって極上の蜜のようなものだった。


「さあて、この世界はどれくらいわたしを楽しませてくれるかしら」


霞は窓の外――暗闇に包まれた東京の街並みを見下ろした。


瓦礫の隙間からは、血に飢えた魔物たちの不気味な咆哮が風に乗ってかすかに届いてくる。だが、今の霞にとってはそれすらも、これから始まる壮大な娯楽のBGMに過ぎなかった。


カツン、と軽い足音を立てて、彼女は部屋を出た。


部屋を出た霞が向かったのは、基地の司令室。そこには海斗や圭、そして幹部たちが集まり、真剣な表情で今後の動きについて話し合っていた。


彼女が足を踏み入れると、室内の空気が一瞬で緊張に包まれる。住民たちの涙と歓声を目の当たりにした幹部たちは、背筋を伸ばして霞を迎えた。


「あら、真面目な顔をして何を話し込んでいたのかしら?」


霞が可憐な笑みを浮かべながら尋ねると、圭が真っ直ぐに彼女を見つめ、深く頭を下げた。


「霞様……改めて感謝を伝えます。食料のおかげで皆に活気が戻りました。明日からの本格的な取引に向け、俺たちも外へ出て魔物を倒し、魔石を集める作戦を立てていたところです」


「ふーん、外に狩りに行く作戦ねぇ……」


霞は興味深そうに呟くと、ふと何かを思い出したように首をかしげた。


「そういえば、今まで魔物から出た魔石はどうしてるの?」


問いかけられた海斗が、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら答える。


「それなら奥にしまい込んでいますが……エネルギーを秘めているのは分かっていても使い道がわからなかったので、手を出さずに保管していたんです」


「使い道が分からないから放置? 呆れた、宝の持ち腐れにもほどがあるわね」


霞は呆れたように息を吐くと、不敵な笑みを浮かべて腕を組んだ。


「いい? 魔石っていうのはね、持っている人間が強く願えば、大抵のことは叶えてくれる性質があるのよ。水を出したい、光が欲しい、温かくしたい……そうやって願うだけで力を貸してくれるの」


「な……願えば叶う、ですか!?」


衝撃を受ける海斗たちに、霞はトントンと指を立てて付け加える。


「もちろん、ランクの高い魔石ほど叶えられることが増えるし、その効果も長く持つわ。……ふふ、そうと分かれば話は早いわね」


霞は集まった幹部たちを見回し、力強く言い放った。


「それじゃあ、明日はその魔石を使って地下の中を快適にするわよ!」


一瞬の静寂の後、司令室に歓喜の声が上がった。


ただ耐えるだけの薄暗い避難所だったこの地下基地が、明日、魔石の力と霞の手によって劇的に生まれ変わろうとしていた。


翌朝、倉庫の奥深くから大量の魔石が運び出された。


低ランクの小さな結晶から、拳ほどもある中ランク、透明度の高い高ランクの魔石まで、テーブルの上にうずたかく積まれる。


霞は集まった人々を見渡し、堂々と指示を出した。


「さて、最初に着手するのは……何と言っても『お風呂』ね! 衛生面も心の余裕も、全部ここから始まるわ」


「お風呂……! 地下で温かいお湯に浸かれるなんて……!」


海斗の目が輝く。霞は転がっていた中ランクの青い魔石を拾い上げ、海斗の手の上にぽんと乗せた。


「使い方は簡単よ。この魔石を握って、水を出したい、それを心地よい温度に温めたいって強く念じるの」


場所として選ばれたのは、地下基地の旧排水設備が残る西側の区画だった。


かつて地下街の管理室や給湯室として使われていた場所で、床には排水溝が残っており、配管もそのまま利用できる。


海斗と兵士たち、そして手先の器用な住民たちが一斉に作業に取りかかった。


まず、崩れた瓦礫やコンクリート片を撤去し、残っていた金属フレームと耐水性のあるプラスチック板を使って仕切り壁を作成。空間をしっかりとふたつに区切り、「男性用」と「女性用」のふたつの浴室を完全に分けた。入り口には分厚いシートで作ったのれんを垂らし、脱衣所とプライバシーを確保する。


浴槽は、かつて貯水用に使われていた大型のFRP(強化プラスチック)タンクを真っ二つにカットして流用した。滑らかな切り口を補強し、木枠でしっかりと固定することで、一度に大人4〜5人がゆったり浸かれる簡易浴槽が男女双方に完成した。


「よし、配管に魔石をセットするぞ!」


海斗が意を決し、魔石をぎゅっと握りしめて目を閉じた。


(温かい湯が湧き出て、みんなの疲れと汚れを洗い流してほしい……!)


海斗の手の中で魔石が温かな青い光を放ち始め、設置した配管とタンクの底へ流し込まれる。


ゴボゴボッ……ザーッ!!


「出た……! 温かいお湯だ!!」


配管から勢いよく湧き出したのは、湯気を立てる透明で綺麗な温水だった。タンクにあっという間になみなみとお湯が溜まり、心地よい熱気が簡易浴室の中に満ちていく。


「最初は子供たちと女性陣から入って頂戴! 脱衣所も別々にしてあるから安心していいわよ」


霞の呼びかけで、案内された母親たちと幼い子供たちが、おずおずと湯気の中に足を踏み入れた。


身体を軽く洗い流してからお湯に足を浸けた瞬間、子供たちの口から「あはっ!」と甲高い歓声が弾けた。


「あったかい……がお湯であったかいよママ……!」


「体の芯まで温まる……。生き返るみたいだ……」


泥と汗が綺麗に洗い流され、三年間の緊張とおびえが湯気に溶けていく。


順番を待っていた男性陣も、女性陣が上がった後に男湯へと向かい、広々とした浴槽に肩まで浸かると「あぁ〜……っ!」と腹の底から感極まった声を漏らした。


入浴を終えて出てきた人々は、さっぱりとした表情で頬を桃色に染め、別人のように生き生きとした目をしていた。


「まさか、今時風呂に入れるなんて、ほんとにありがとな!神様!」


入浴を終えた圭が霞の前で椅子に座りながら感謝を述べる。


「あら、いいわよ。お礼はこの魔石からもらうわ」


霞はそう言いながら奥に眠っていた高ランクの魔石から魔力を吸い取る。


「やっぱり高ランクの魔力はいいわね!味はそこまでまずくないし、コスパ良しよ!」





読んでいただきありがとうございます!今後も投稿が遅くなることが多々あると思いますが完結はしたいと思います。もしよろしければブクマ登録と評価お願いします!

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