神の降臨
だいぶ変えました!もはや別の物語になっていると思います。
そこは、高次元の存在――いわゆる「神」と呼ばれる者しか通れない世界と世界の境目。
そこにいたのは、神々の中でも一際大きな力と権力を誇る「月詠」家の娘、月詠霞だった。
彼女の趣味は異世界巡り。様々な世界を訪れ、その地で対価や信仰を集めては自身の能力を増やす――そんな気まぐれな旅を続けていた。
「あら、いいわねここ。私の対価になりそうなものがたくさんあるじゃない」
境目を通りかかった霞は、一つの世界に目を留めた。
「決めたわ。今回はこの世界で楽しみましょう」
そこは【世界#144】。
突如発生したダンジョンと、そこから溢れ出した魔物によって支配された世界だった。
発生当初、人々はダンジョンを危険視して封鎖し、見なかったことにしようとした。しかしその結果、溢れかえった魔物によってダンジョンブレイクが発生。多くの人命が奪われることとなった。
ブレイクから三年。
はじめはスライムやゴブリンといった低級の魔物だけだったため人間も対処できていたが、次第に中級以上の魔物が現れ始め、人々は次々と住処を追われていった。
「ふふ、日本のスイーツ、また食べられるかしら」
霞はそのまま地上へと降り立った。舞い降りた場所は、かつて日本の首都であった東京都。ちなみに「霞」という名前も、彼女が気に入っている日本の文化から取ったものだ。
空を抜けた先に広がるのは、瓦礫と焦げた煤の匂いが充満する廃墟の街だった。
かつて人々で賑わっていたであろう通りは見る影もなく崩れ去り、ひび割れた石畳には黒い焦げ跡がこびりついて
いる。折れた鉄骨や崩落した壁が積み重なり、かつての街並みの残骸が虚しく転がっていた。
霞は衣をなびかせ、地上から少し浮いた状態で悠々と進んでいく。
途中、彼女の気配を察知した大きな狼型の魔物が疾風のように襲いかかってきた。
「魔物ね。見るのは久しぶりだわ……世界#658ぶり?」
霞は退屈そうに呟くと、差し伸べた手に僅かな力を纏わせ、飛びかかってきた魔物を軽く払いのけた。
一瞬の閃光。魔物は悲鳴をあげる暇もなく灰へと変わり、地面にはコロンと小さく透明感のある石だけが残された。
「うーん……見たところ、この魔石はEランクかしら。大した力は吸い取れないわね」
霞は拾い上げた魔石から力を吸い上げ、つまらなそうに眉をひそめる。
「まずいし、力にもならない。やっぱりEランクね。……まあいいわ。それより、そろそろ人間に会わないと」
生存反応が多く感知できる東の方角へ、霞は飛行速度を上げた。
◇
「圭! 上空に未確認生命体だ! 高ランクの魔物かもしれん、戦闘態勢に入れ!」
「くそっ、了解! 本部へ応援を要求します!」
東京都の防衛線を警戒していた自衛隊員の真斗は、上空から急速に接近する影を察知し、相棒の圭に怒号を飛ばした。
現代の銃器では高ランクの魔物の皮膚を打ち破れないため、二人は剣を構え、警戒を最大にする。
見回りを始めて一時間。珍しく平和だと思っていた矢先の出来事だった。
だが、上空から緩やかに降り立ってきたのは、異形の魔物などではなく――一人の可憐な少女だった。
「止まれ! なんだ貴様……高ランクの人型魔物か……!?」
剣を構えたまま困惑する真斗に対し、少女――霞は心底心外だと言わんばかりに眉をひそめた。
「魔物? 失礼ね。そんな下等生物と一緒にしないでくれるかしら。私は神よ」
「は……? 神だと? 何を言っているんだ貴様は……」
突拍子もない言葉に二人が絶句した、その時。
「んーそうね。じゃあ、そこの影に隠れている魔物でも片付けたら、納得してくれるかしら?」
霞が小さくクスリと笑い、彼らの背後にある巨大な岩陰を指さした。
「なっ――!?」
慌てて振り返った真斗と圭の顔が絶望に染まる。
そこから姿を現したのは、人間など一溜まりもなく噛み砕く巨躯を持った中級魔物――オーガだった。
「オーガだと!? くそっ、本部の応援もまだだというのに……!」
存在に気づかれたオーガは凶暴な咆哮をあげ、丸太のような棍棒を振りかざしながら、一直線に二人へ向かって走り出した。
圭と真斗が剣を構えようとした、次の瞬間――。
霞がいたずらっぽく指を弾く。
パチン、と軽い音が響くと同時に、オーガの頭部に唐突な風穴が穿たれた。
物理的な衝撃も、銃声すらもない。巨大な体躯はそのまま、見たこともない謎の『輝く赤い結晶』だけを足元に残し、霧のように消え去っていった。
「は……? 何だ今の……兵器も、何も使わずに……?」
呆然と呟く圭の胸元で、無線機がギャーギャーと騒ぎ立てていた。
『圭! 何が起きた、応答しろ! 圭!』
だが、怒号のような通信すら今の二人には届かない。人類の常識を遥かに超えた光景に、ただただ言葉を失っていた。
「ふふん、これで信じてもらえたかしら? わたしが“神様”だってこと」
霞は満足げに胸を張り、満面の笑みを浮かべる。
その解明不能な力を目の当たりにし、圭は深く溜め息をつくと、ようやく胸元の無線機を手に取った。
「……こちら圭。対象に敵意なしと判断。応援は不要だ、繰り返す、応援は不要」
通信を切ると、圭は地面に転がる不気味な結晶――魔石から視線を外し、霞へと鋭い目を向けた。
「――で? その神様が、一体こんなところに何をしに来たんだ」
「私わね、あなたたちを助けに来たのよ。だから本部に案内してくれないかしら?」
未知の現象と未知の力。正直なところ、圭も真斗もまだ彼女を完全に信用できたわけではない。けれど、この規格外の存在が人類の希望になり得るかもしれない――そう思い直し、二人は視線を交わした。
「いいだろう、案内する。……ただし、妙な真似をしたら容赦なく撃つからな」
真斗たちは装甲戦車へと乗り込み、本部を目指して履帯を響かせた。
道中、幾度か魔物が襲いかかってきたが、すべては戦車のハッチから顔を出した霞の「パチン」という指音ひとつで撃破された。そして霞は、残された魔石から淡い光を吸い上げると、用済みと言わんばかりに結晶を外へポイと放り投げた。
「なあ……さっきからその魔石から何か吸い取ってるみたいだが、何をしてるんだ?」
覗き窓から外を見ていた圭が、不審そうに尋ねる。
「あー、これ? 魔力を補充してるのよ。まあ、足しにもならないレベルだから、わざわざやる必要もないんだけどね」
霞は退屈そうに言いながら、車内を見回して目を輝かせた。
「それより! あなたたちの基地ってお菓子とかあるの? チョコレートとかケーキとか!」
「……あるわけだろ。あるのは汚染除去したマズい水と、乾燥させた昆虫食くらいだ」
「えーっ、なにそれ! 一気にやる気なくなったんだけど……」
あからさまに肩を落とす霞だったが、すぐに何かを思いついたように顔を上げた。
「……ま、いっか。料理人とか職人は残ってるんでしょ?」
「ああ。……まあ、生き残ってはいるがな」
そんな会話を続けること5分ついに目的地に着いたのか戦車の速度が落ちていった。
戦車が重厚なシャッターをくぐり抜け、薄暗い地下基地へと入っていく。
「着いたぞ。ここが俺たちの『中央本部』だ」
ハッチが開き、圭が先に降りて周囲を警戒する。続いて霞がひらりと車体から飛び降り、もの珍しそうに周囲を見回した。
地下基地の中は、パイプや配線がむき出しになった無機質な空間だ。行き交う人々は誰もが疲弊した顔をしており、ボロボロの服を着て作業に追われている。彼らは戦車から降りてきた見知らぬ少女――霞の姿を見ると、怪訝な表情で遠巻きに視線を送ってきた。
「うわぁ……本当にどん底って感じの場所ね」
霞が眉をひそめて呟く。
「文句を言うな。人類が生き残るために使える場所は、もう地下くらいしかないんだ」
圭はそう言い捨てると、突き当たりの重厚な防壁の前で足を止めた。電子ロックを解除すると、重い警報音とともに厚い鉄扉が開く。
その先に広がっていたのは、無数のモニターと通信機器が並ぶ司令室だった。
「圭! 真斗! 無事だったか!」
部屋の中央から、厳つい顔つきの司令官が歩み寄ってくる。その背後には、銃を構えた数人の武装兵がずらりと控えていた。通信で「害なし」と報告は受けていたものの、人類の常識から外れた存在への警戒は解かれていない。刺すような緊張感が室内に満ちる。
「はい。報告の通り、彼女の協力により帰還しました」
圭が起立して敬礼すると、司令官の鋭い視線が霞へと注がれた。
「……君が、圭の言っていた『神』を自称する者か。目的は何だ」
張り詰めた空気の中、兵士たちの手が引き金にかかる。だが、当の霞は一切意に介した様子もなく、優雅に髪をかき上げた。
「目的? 圭から聞いているでしょ。あなたたちを助けに来たの」
霞は一歩前に出ると、司令室の全員を見渡しながら自信満々に笑ってみせた。
「助けに来ただと……? 戯言を。貴様のような正体不明の子供に、一体何ができるというんだ」
司令官である海斗は苦々しく顔を歪め、鋭い視線で霞を睨みつける。
だが、霞は怖がるどころか、くすりと楽しそうに微笑んだ。
「そうね……じゃあ、まずはご挨拶代わりの特別サービス。一週間分のおいしい食べ物と、綺麗なお水を用意してあげるわ」
「な……!?」
「だけど、タダで甘やかすのはそこまでよ? その後はあなたたちが集めた『魔石』を対価に、いろんなこと……そうね、戦い方とか、新しい技術とかを叶えてあげるわ」
「何を言っている……水と食料だと?」
海斗が不審感を露わにしたその瞬間、霞がぱちんと優雅に指を鳴らした。
――シュ!
司令室の中央に光の粒子が集まり、次の瞬間には湯気を立てる焼き立てのパンや肉料理、果物が山のように積まれたテーブルが現れた。その横には澄み切った水が満たされたタンクまで鎮座している。
香ばしい料理の香りが一瞬で広がり、兵士たちは銃を構えたまま目を見開いて絶句した。
「だけど、タダで甘やかすのはそこまでよ? その後はあなたたちが集めた『魔石』を対価に、いろんなことをしてあげるわ」
呆然とする海斗に向かって、霞は小悪魔的な笑みを浮かべる。
圭の毒見によって料理が本物だと証明されると、海斗は深々と息を吐き出し、覚悟を決めたように霞を見つめ返した。
「……分かった。認めざるを得ないようだ。貴様がただ者ではないということをな。提示された条件に乗ろう」
こうして、絶望の淵にいた人類と、気まぐれな“神様”による、魔石を巡る契約が交わされたのだった。
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