ジャバウォック
「⋯⋯エンジュ、生きてるか? ゴホッ⋯⋯」
小声でエンジュに問いかける。近くにいる筈だ。
何階層落ちたか正確なことはわからねぇ。ただ落ちた感覚から、そこまで長い距離を落ちた感じはしねぇ。
身体に被さっていた瓦礫を払い除けると埃が舞い、咽せてしまう。
痛みはさほど無い。落下した際のちょっとした打撲で済んでる。
「⋯⋯生きてるよ。ビックリしたけど。あのドロイドなんだったんだろうね」
エンジュも無事だ。まぁ、エラー個体の鱗鎧のお陰だな。
「大声は出すなよ。まだあのドロイドが生きてるかもしれねぇ」
十中八九生きてるだろう。フォトンブレードまで持ってた個体だ。戦闘ドロイドの中でも特記個体だろうことは間違いない。
「————」
ガゴッと前方の瓦礫が揺れる。
落ちたこの階層も、まだ配管だらけの狭い通路。落ちる前との違いは、俺たちの後ろが行き止まりだということ。
変わらないのは、フォトンブレードを持った首無しドロイドは健在であるというクソな現実だ。
奴は視覚もない、音にも反応しない。足元の振動を感知して敵の位置を探ってる筈。
瓦礫を弾き飛ばして立ち上がった首無しは、直立している。黙ってじっとしていれば、気付かれないんじゃねぇかと甘い考えが過るがそこまで事態は甘くなかった。
「くそっ、優先順位が違っただけで補足はされてたのかよ」
ゆっくりと振り返った首無しは、待機状態のフォトンブレードの光が消えていない。エネルギー消費の激しいブレード光が灯っている理由。戦闘は続行。眼紐はくたばってるのはこの眼で見た。
「エンジュ、槍を借りるぞ。お前は下がってろ」
エンジュの横に転がっていたイオド手製の槍を借りる。俺が持ってきた電気槍が効くとは思えねぇ。
聞けば機獣の胸に風穴を開けたらしい。エラー個体の角製だ、誇張ではないだろう。
俺との特訓のお陰で使えるようになってきたとは言え、今のエンジュをあの首無しと戦わせるわけにはいかねぇ。持ってる地力が違いすぎる。
「——待って。こういう時のための切り札があるの。ドロイド相手だからちょっと怪しいけど、試してみる価値はあると思う」
「⋯⋯何だよ切り札って?」
コイツに槍以外に戦う術があるとは聞いてねぇが。
「本当にヤバい時以外は使うなって言われてるんだ」
ガサゴソとエンジュがポーチから取り出したのは、一つの丸薬。
「⋯⋯何だそれ? それ飲んだらエンジュが超強化されるとかそういう感じか?」
ちょっと強くなった程度でどうにかなる相手じゃないが。
「⋯⋯あたしは強くならないよ。———超強いのが出てくるんだ」
カロっと小気味いい音と共に丸薬を飲み込むエンジュ。苦かったのかギュッと目を瞑っている。
どういう事だと訝しんでいると、ドロイドと俺たちの間にいつの間にか何者かが立っていた。
「はっ? 何だいきなりって、イオドか? おい、エンジュどういう⋯⋯お前眼が⋯⋯」
いきなりで何が何だかわからねぇ! 振り向いたらエンジュの眼が金色に輝いてるしよ! そんな禍々しい色じゃなかっただろ!? それにドジ踏んで落ちてった筈のバカが何で急にここに⋯⋯。
「簡単に説明すると、この仔はジャバウォック。イオドっぽいけどイオドじゃないの。この場にいる全員で観る『幻覚』って感じ」
イオドじゃねぇ⋯⋯? 確かによく見れば顔は黒い靄で見えない。雰囲気がイオドっぽいから戸惑っちまった。
「⋯⋯幻覚ってどういう事だよ? あの首無しはドロイドだぞ。下手したら何の意味もないだろ!?」
「あたしはいけると思ってるよ。⋯⋯ほら見て、あの首無し明らかにジャバウォックを意識してる」
マジかよといっそ縋る気持ちで見遣ると、確かに首がないから確かなことは言えないが、エンジュの言う幻覚とやらを警戒してる風に見える。
「え、何でだよ。機械だぞ? 機械も幻覚を見るのか?」
「頭は無くなっちゃってるけど、敵を認識することが出来るし、眼紐みたいな機獣にはフォトンブレードを使う判断もできる。色々狂ってはいても電脳がまだ生きてるんだと思う。脳とそれに類する器官を持ってるなら幻覚は見せられる⋯⋯!!」
エンジュは自信満々に熱弁してるが、俺は不安でならない。確かに首無しは幻覚を認識してるが、何か言いようのない違和感が拭えねぇ。
「——ほら、行くみたいだよ!」
ジャバウォックが攻撃準備なのか、体勢を大きく沈み込ませる。消えた。そう思っちまうくらいの速度。
剛腕が首無しの胴体にぶち当たり、重い機械の身体を吹っ飛ばした。金属の身体にめり込む拳の音が鈍く聞こえる。とても幻覚とは思えない。
吹っ飛ばされ突っ込んだ瓦礫から埃がもうもうと立ち上る。
「⋯⋯もしかして行けるのか?」




