カルナトス電影戦 中編
え~とあるキャラたちが、『もっと出番を寄越せ』と作者のプロットを無視して暴れた為、3部に分かれてしまいました。
カルナトス編は次回で終了し、その後マスコットキャラゲット回を挟んでから、いよいよ冒頭のアトネス=メドゥ戦争(ア=メ戦争)編へ突入します。
時間は少し戻って、救出チーム視点
メイスンの助言により、突入は太陽が姿を見せるギリギリのタイミングで行うことになった。
月明かりがあると言っても、やはり日中よりは視界は暗い。そこへ僅かに朝日が差し込めば、明順応により視覚はさらに制限される。
不審者が現れても、確認の為には凝視する必要があり、ダッキの幻惑が効きやすくなるというのだ。
オレはさらに、敵の注意を引き付けつつ容易に制圧できるよう、一芝居打つことにした。
ダッキと二人で遭難者を装い、堂々と砦へと近づくというものだ。
「おいそこの!いったい何者だ!?」
門の上から見張っていた男が、こちらに気付き声を掛けてくる。同時に、左右から別の歩哨2人が、壁上を移動しながらこちらを視認した。
当然、ダッキは魔法を発動しており、彼女は手応えを感じると小声でそれを伝えた。
これで目標3人の視界には、オレ達2人だけしか映らなくなり、その後ろから近づく他の冒険者たちを認識できなくなっただろう。
ダッキ曰く、幻惑魔法と自称しているものの、実際は魔物としての能力というか、性質のような物らしいとの事。
例えるなら、コーヒーを沸かした部屋では、蜘蛛がまともな巣を張れなくなるのと同じ原理だろう。
アレは気化したカフェインを吸収し、人間でいう酩酊状態に陥った所為で起こる、らしい。
彼女の魔法・・・というか能力は、簡単に言えば相手の思考を麻痺させ、一種の催眠状態に陥らせるのが主な効果。
そこから何もしなければ、相手は効果中の記憶が曖昧になり、何か情報を吹き込めば、それをあっさりと信じるのだ。
そして欠点として、相手の警戒心が強ければ強いほど、効き目が弱くなる。
彼女と最初にあった夜、オレ以外の人間が覚えていなかったのは、こういうカラクリだった。
周りは、城の給仕たちに対して無警戒だった為能力にハマり、オレは本能が知らせた警告に基づき、彼女を含めた全員に疑いの目を向けていた為、偶然にも能力に対抗したのだ。
これまでの説明を聴けば、侵入者を警戒している歩哨たちには、ダッキの幻惑が効かないように思えるだろう。
故にオレは確認として、背中でハンドサインを作り、ヴィンスに塔の上の見張りを射させた。
彼のクロスボウは狙い通りに、こちらを覗く人影の頭部に命中した。
矢の勢いにより、見張りは塔から落下せず、後ろへと倒れ込んだ。
「アレク!そっからも見えるだろ?」
ギリギリのタイミングで、門の上に居た男が塔を振り返った事に、一瞬ひやりとしたのは、皆には内緒である。
帰ってこない返事を居眠りの所為と判断した男は、そのままこちらへ問いかける。
「何モンだ?怪我したくなかったらうせな!」
どうやら幻惑はうまく機能しているようだったが、オレは保険として、さらに手の込んだ芝居を始める。
「あの、お水を少々分けてもらえませんか?野盗に襲われ、命辛々逃げだし、道に迷ってしまったのです」
ダッキを抱き寄せ(洒落ではない)、庵としての声色で返す。ちょっと喉に力を入れて、ワザと掠れた声にしてみる。
そしておまけに、足を折り曲げ、軽く振るわせてみたりもした。
「・・・ちょっとやりすぎじゃない?」
男に口元が見られないように首を動かし、ダッキが尋ねる。
その拍子に、フードの中にしまった前髪がほろりとはみ出した。
しかし彼女の不安は外れ、男は一拍考える仕草を見せた後、中へ入るよう促した。
何やら下品な内容の言い争いを聞き流しつつ、オレ達は足早に建物へと向かう。
「ひっく、嬢ちゃんらぁ、何しに来たッテェ?」
さっきの男より年上な、赤ら顔の男が絡んできた。周りからは、猛烈な酒の臭いがする。
なるべく口で呼吸するようにしつつ、オレは即席で作った悲劇を語る。
「はい・・・私どもの居りましたキャラバンが襲われ、仲間は散り散りに。私は妹と逃げるのに必死で、飲まず食わずで一昼夜、この辺りを彷徨さまよっていたのです。どうか一時、落ち着く事の出来る場所か、せめて水の一杯をこの子に・・・」
そこまで告げた所で、オレは悪臭に耐えかね、膝をついてしまった。
無意識のうちに顔をそらすと、向いた視線の先では、歩哨3人が後続組に倒されるところだった。
アンジー姐さんとミラ姐さんがそれぞれ一人ずつ、門の上に居た賊を射抜き、地面に降りてこちらへ来ようとした男が、アーノルドさんの大剣に貫かれていた。
「(うわ、人間の串刺しとか初めて見ちゃった・・・うっぷ!?)」
酒臭さとグロさのコンボで、胃液がこみ上げてくる。
それをどうにか口内までで留めると同時に、下卑た笑いを浮かべた酔っ払いが、水の入った小さい樽をオレ達によこした。
「おう!そうかぁ、そりゃ大変だったなぁ。水ならタンマリ在るからよぉ、お前さんも飲みな」
気持ち悪さを押し戻そうと、オレはその中身を夢中で掬った。
そして、その表面の文字に目が留まる。
「アントーニオ・・・商会?」
それは襲われた隊商の所属元の名前だった。
するとこれは、彼らの持ち物・・・?
凍りついたオレに、男は自慢げに話しかけてくる。
「ん?ああ、こいつかぁ。昨日襲った隊商の荷車にあった奴だ。なかなかしぶとかったぜぇ。護衛は皆、女だったから楽生だと思ったんだが、意外としぶとくてよぉ。ボスが生け捕りにして、今頃は“お楽しみ”してるだろうよ」
その直後、オレの周囲からとてつもない殺気がいくつも起こる。
それを察したのか、男の背後で寝ていた2人組が飛び起き、1人は剣を持ってオレ達へ近づいた。
「てめぇ、何もん・・・」
「させないよ」
しかし冷徹に呟いたリートの腕が一閃し、男は胸元に斜めの赤い線をこさえ、倒れ伏した。
もう一人の男も、素早く回り込んだメイソンとキャメロンに組み敷かれる。
しかしダッキの幻惑にハマっている酔っ払いは、それに気づかない。
そしてオレも、男の言葉で思考が固まり、周りに気を配る余裕はなかった。
『ボスが生け捕りにして、今頃は“お楽しみ”してるだろうよ』
お楽しみ・・・それが意味するモノが何か、オレは気付いてしまった。
他の冒険者たちと同じく、オレの中にもどす黒い感情が湧き出す。
「襲った・・・?もしやあなたも!?」
「へへへ、気付いても遅いさ。これからお前は俺のもんに・・」
怒りによる声の震えを、怯えと受け取ったのか、男の手がこちらに伸びる。
爪や指の間には、赤黒い汚れが付いている。
こいつらが・・・姐さんたちを・・・・“ユルサナイ”!
気づけばオレは、その腕を横から掴み留めていた。
「ああ、本当に手遅れだよ」
言葉と腕に力が入る。もう芝居はヤメだ、
「ダッキ、幻惑を解除しろ!シラフになって貰わねえと困る」
「解ったわ、“オネェちゃん”」
「・・・てめぇら一体っ!?」
痛みに顔を歪ませながら、男は助けを求めてか、辺りを見回す。
しかしコイツの目に映るのは、ダッキの幻惑が隠していた現実。
それを理解しきれていない男の頭を、さっさと正気に戻すべく、オレは掴んでいる腕をそのまま捩じり上げ、男を地面に押さえつける。
「・・・いいか下郎、一度しか訊かねぇ。地下に繋がれてる女5人は、冒険者ギルドの人間か?」
「がは・・・ぐっ!?」
「答えろ!ギルドカードぐらい確認してるだろう!」
我ながら、こんな声を出せたのかと、後になって引いたほど、その時のオレは殺気立っていた。
だが、それで命の危険を察した男は、あっさりと話す。
「ああ、・・・シレイア、確かシレイアと書いてあった!他4人の奴は、見てないからわからん!」
「全員、ここの地下に居るんだな?」
「そ、そうだ!昔地下牢だったらしい部屋があってそこの壁に鎖で繋いでる。ギルドに、絶対払えねえ金額を身代として吹っ掛けて、日没になったら、堂々と好き勝手やるらしい」
保身のためか、聴かれていない情報までもペラペラと喋りだす男。
その言葉から、“まだ”最悪の展開には成っていないと判断し、オレは少しだけ冷静さを取り戻した。
「・・・そうか、教えてくれた事にだけは、感謝しとく」
「な、なら・・・」
「ダッキ!こいつら2人、魔法で眠らせておけ」
感情を抑えた声でオレが命じると、野盗は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
それからオレは、再び<索敵>スキルを発動させる。
塔の上に居たもう1人は、まだ目を覚ましていない。
建物の構造は判らないが、一階部分で動き回っているのが4人、地下1階では、3人が等間隔で横になっており、その向かい側では残る8人がテーブルを囲むように中腰姿勢で腕だけを動かしていた。
オレは目を閉じてスキルを解除し、それを皆に伝える。
斬り伏せた野盗から、血糊付きの片手斧を取り上げたリートが返す。
「睡眠中が6人か・・・。起さないように、一階の4人は騒ぐ暇なしに制圧しないと。俺とジェイル、キャメロンとメイスンが先行する。他は後ろからついてきてくれ」
一撃決着を優先した陣形に、異論は出なかった。
******
暫く後、旧ダフニー街道監視塔 内部
建物の中は埃と瓦礫で視界が悪く、その死角を利用して、鳴子や虎バサミ、ワイヤートラップなどが仕掛けられていた。
が、それらはメイソンが楽々と解除した為、障害にはならなかった。
・・・この老人、デカいポーチの中に各種の工具を完備していた上、普通では見逃すようなワイヤーまであっさりと見抜いて見せた。
表の見張りを取り押さえた手際といい、007っぽいのは外観だけではなさそうだ。
順調に奥へと進んでいた為、そんな雑念を浮かべていたオレは、前方からの足音に気付くのが遅れてしまった。
「な、なんだきさまrぁごほっ!?」
だが、曲がり角で鉢合わせた4人目の野盗は、叫ぶ暇も与えられず、キャメロンの拳に意識を刈り取られた。
「・・・おいおい、リーダーさんよ。気ぃ引き締めてくれよ」
「申し訳ない、キャメロン」
オレは謝罪しつつ、切れかけた集中を戻すため、左手の甲をナイフで軽く切りつける。
ジクジクした痛みと、負傷によるアドレナリンで、すぐに気が引き締まった。
(あとから思うと、コレはやり過ぎだと自分でも思うが、当時は思考が変になっていたのである)
今倒した男を含め、地上階に居た野盗は、今も塔の上で動かない1人を除いて排除完了。
いずれも、背後からの不意打ちや喉を狙った攻撃で、叫ばれる前に倒しており、下層の連中に気付かれていないことを、<索敵>でも確認していた。
「さて、・・・いよいよ一番の難関か」
左手から出た血を布きれで拭いながら、“この次”について再確認する。
先ほど倒した内の一人が、新入りだったのか砦の見取り図を持っていた。
それによると、シレイヤ姐さん達が捕らわれている場所へ直接いける廊下は崩落しており、5人を助けるには、野盗の生き残りが陣取っている食堂を回らなければならないらしい。
そして、待ち構えている敵は、ベテランである<アマゾーン>が負けた相手。これまでのように一撃決着、とはいかないだろう。
おまけに、向かいでは別の野盗が寝ており、挟み撃ちにあう危険もあった。
「(・・・最悪、“コレ”を投げ込むか?いやでも、建物が耐えられるか・・・)」
ポーチの一番奥に眠る、自家製アイテムの試作品に意識を向ける。
どこかの平野で実験しようと考えていたものの、なんやかんやで出来ず、高価が未知数なままの代物だ。使用するのが躊躇われる。
すると、オレの肩にポンと誰かの手が乗せられた。
「緊張しなさんな、黒髪の。お前と青髪以外は、この程度の修羅場は慣れっこさね。たとえ待ち構えているのが、20人だろうが25人だろうが、敵じゃねえよ」
リートはそう言って、まさしく不敵な笑みを浮かべた。
メイソンやキャメロン、ヴィンスにアーノルド、姐さん方も同じだった。
「ここまで、全員が怪我無しな上、お前さんは3人も倒したじゃねぇか。ルーキーとしちゃ上出来だ。こっから先は後ろに下がって、先輩の活躍を目に刻んどけ」
「・・・解りました。<鞘なし>リートの実力、拝見させて戴います」
そう言ってオレは、ベテランたちに先頭を譲った。
******
地下一階 食堂
ドン!
メイソンとキャメロンによって戸が破られた瞬間、レイピアを構えたリートと大剣を握るアーノルドが、室内へと突貫した。
「うぉおおりゃぁ!!」
「ハァァイヤァァ!」
続いて戸を開けた二人、オレとダッキ、姐さん3人とヴィンスの順で入り、壁伝いで左右に展開する。
オレがダッキを庇いながら入った時、先行した2人は食器や料理を蹴飛ばしながらテーブルを駆け抜けていた。
上座にはボスと思われる半裸の男が、杯と炙った手羽を手に固まっており、その周り、右に2人と左に5人居る手下たちも、同様に突然の侵入者を目で追うばかり。
そんな彼らの背後を取るべく、アーノルドが右、リートが左に向けて飛び降り、着地際にパンを踏み潰したアーノルドが、それを気にすることなく声を張り上げる。
「冒険者ギルドの者だ。身代金は無いが、女どもを返してもらいに来た!」
その言葉に、ボスのすぐ左に居た男が悲鳴を上げる。
「なっ!?・・・さてはてめぇら、騙しやがったな!!」
闇に溶ける様な黒い服着たそいつは、そう言ってアイスピックのような細長い針を構える。
・・・あいつが、伝令役を刺したのか。
オレの中に、また沸々と怒りが沸き起こる。
すると、背後から慌ただしい物音が聞こえた。
「侵入者か!?」
「食堂だ!急げ」
「頭領、無事ですかぁほぁ!?」
向かいの部屋から3人の男が剣を構えて飛び出すが、弓を手に待ち構えていたヴィンス達に射られ、廊下に倒れ伏す。
それを見届け、アーノルドがもう一度叫ぶ。
「見ての通り、抵抗は無意味だ。大人しくすれば、命まではとらん!」
「・・・誰が冒険者無勢に、傭兵無勢が調子に乗るな、やれぇ!」
だが、敵のボスは震えつつも、背後に立てかけた戦鎚を手に叫び返しアーノルドに飛び掛かった。
同時に7人の手下たちも、それぞれの目前にいる敵へと襲いかかる。
テーブルを境目に、二つの乱戦が始まる。
******
アーノルド側
人数は3人と、大剣使いのアーノルドには楽な戦いだと思われたが、2人を一薙ぎで討ち倒した直後、その脳天に向けて、ほぼ真上から戦鎚が落とされる。
「なっ!?」
後ろへ飛び、間一髪で避けたアーノルドの前の床に、戦鎚は柱のように突き刺さり、その石突部分では彼と同程度の体格の頭領が、猿のように易々と胡坐をかいていた。
「・・・っち、魔法使い、いや魔導具使いか!!」
魔法の効果をオプションとして持つ武器や防具、『魔導具』。
なるほど、それがあれば<アマゾーン>が負けるのも無理はない、とアーノルドは心中で考える。
鎚から飛び降り、さらにはアーノルドの大剣以上の重さがありそうなソレを軽々と持ち上げ、頭領は笑う。
「ひひひ、この籠手はなぁ、どんな重い武器だろうが木剣程度にしか感じねぇくせに、ぶん回した時にはちゃんと元の重さで攻撃できるってぇ代物よ」
「・・・重さと威力が比例する戦鎚とは、相性が抜群ってわけだな」
「おうよ。おまけに効果は『全ての武器』。てめぇのその得物も、オレの籠手があれば棒キレ同然よ」
そう勝ち誇る野盗のリーダーに対し、アーノルドは落ち着いた様子で、構えていた大剣を下げる。
それを見た頭領は、彼が降参したと解釈したのだが、直後、アーノルドが拳を突き出しながら突進してきた。
頭領はそれを、籠手で受け止めようと軽く腕を伸ばす。
しかし・・・
ゴキっ!
拳は勢いが弱まらず、男の腕は嫌な音を立てて、関節の無い場所で『く』の字に折れ曲がった。
「がっ・・・なぜ!?」
「魔導具の殆どは各国の軍が管理しており、巷には滅多に出回らない。だからこそ、貴様はそこまでのぼせ上ったのだろう?・・・だがな、この程度ならばオレは飽きるほど見てきた」
背を丸め崩れ落ちる敵に対し、冒険者歴40年の男は、冷徹に告げる。
「その籠手は武器の重さを消せるが、それ以外には効果がない。今のように素手が相手なら、ただの籠手でしかなくなる」
「ば、ばかな・・・」
「貴様の力は所詮、道具に頼った物でしかなかったという事だ。・・・聞こえていないか」
アーノルドが言い終える前に、頭領は痛みで意識を失っていた。
彼はそのまま己の大剣を再び握ると、テーブルの向かい側へと目を向ける。
「さて、アチラも終わったか」
視線の先には、野盗5人が転がる中心で、返り血を優雅にぬぐうリートの姿があった。




