6 水曜日・前
仕事をしなくて良いと言われると、何をすればいいかわからない。こういう自由は、望まない者には必要ない。革命同盟が動いている中、何もしないという選択肢はなかった。
王子には休暇を楽しめと言われたけど、スバルと行動を共にすると決めていたから、スバルに聞くか。
「今日はどうするんだ?」
「警察署に行く。今の状況を確認しないとね」
スバルは机の上に置いていた手帳を取った。
手帳の表紙には、警察の紋章が描かれている。この手帳は、チップに反応して所有者が触れたときにだけ紋章が光るようになっている。スバルは紋章に触れ、青く光ったのを確認して鞄に入れた。
スバルは警察官の資格を持っている。常に職務につく常勤ではなく、非常事態に活動する特例職員だった。そういう職員は何人かいる。俺が知っているのは、スバルが個人で依頼する情報部隊のカオルだけだ。特例だから、身分を隠していることが多い。スバルから教えられなければ、カオルのことは知らないままだった。
そして、俺も特例の資格を持っている。
手帳は携帯するのが原則だが、特例職員は例外だった。警察官として動かないときには必要ない。昨日みたいな場所では、手帳を持っていることが見つかるとまずいこともある。
「これを使うのも久しぶりだね」
「使う機会がなかったからな」
特例職員が動く事態は限られている。機密性の高いもの、専門知識が必要なもの、そういった特殊な場合にしか出動しない。
王宮にいると王宮の仕事が優先されるため、俺が出動するのはこれでニ回目だ。
手を触れて青く光った紋章が、いつまでも目に残った。
警察署の建物は、三階建てになっている。公共の施設だけは、三階建てを許されていた。他の建物より高くて目立つから、わかりやすい。
入口の上部にチップ測定器があり、来庁者は確認される。一般人は、原則一階までしか入ることができない。職員もニ階までが限界だ。特例職員だけが三階に入ることができる。
「じゃ、管理室に行こうか」
スバルは手帳をヒラヒラと振りながら、階段に向かった。昇降機はあるけど、スバルは使わなかった。あの密室が嫌いらしい。俺も狭い空間は苦手だ。苦手なだけで、嫌いではない。何かあったとき、狭い空間は動きにくいのが理由なだけで。
三階まで上がり、手帳を翳して扉を開けた。廊下を進み、突き当りの部屋に向かった。その部屋は、特定の人物しか入ることができない。
再度手帳を翳し、扉を開けた。ヒヤリとした冷気が緊張させる。
「さ、始めようか」
スバルは機械の前に立ち、画面に触れた。
この機械に、チップの情報が集まっている。
チップだけでなく、統治に関する情報は全て集約されている。国民には知られていない技術が詰め込まれていた。この技術を見ると、技術は国を滅ぼすというのが理解できる。生活には必要ないものだ。
便利よりも平和を選ぶ。
この機械は、王宮にもある。管理するのは王族と警察だけだ。それ以外を許さないから、王子の政策は保たれている。
スバルと俺は、この機械を操作する権限を与えられていた。だから、ここでかなりの情報が得られるはずだ。
「革命同盟、と。えーと、人数は五千を超える、か」
スバルと同じように、革命同盟の情報を表示させた。革命同盟の理念、成員、規模、地域。思っていた以上に規模が大きい組織のようだ。王宮にいたときには、聞いたことがなかった。表立った活動をしていなかったのか。情報の更新日は一週間前だから、今はもっと人数が増えているだろう。
「数値が高いのもいるな。学者や競技選手ぐらいあるか」
成員は、知力、体力共に充実していた。これだけ集まると、ある程度のことはできそうだ。
それがたとえ革命という名の暴動だとしても。
スバルは無言で操作していた。何をしているのかわからない。
俺がやることは一つだ。スバルの指示を待った。
「今やっているのは、チップの調整だよ。体に影響が出ないようにね」
スバルは、必要なことは説明してくれる。言わないことは、知る必要がないことだ。知らなくていい。彼にそう思われたことを、知りたいとは思わない。
スバルはチップの創設者の一人だった。チップの構造を知るのは七人だけで、俺はその中に入っていない。七人だけが、チップを調整することができる。その七人の個人情報は極秘とされており、創設者も互いに顔も名前も知らなかった。情報だけでやり取りをしていたらしい。
悪用されないためには、それくらい制限しなければならないだろう。
「セイジ、情報を頭に叩き込んでおいて」
「わかった」
ここにある情報は、他の媒体に写すことはできない。だから、記憶するしか手段はなかった。元から記憶力は良かったが、より記憶する方法を王宮で学んだ。紙の情報以外に人の顔、言葉、癖など、何でも記憶するようになった。どこで何が必要になるかわからない。
液晶に映し出される情報を全部、残らず記憶していった。
スバルに聞かれたときに答えられるようにしておかないと。
「よし、これで大丈夫」
スバルはパンッと指を弾いて液晶の電源を落とした。
暗くなった画面に自分の顔が映る。相変わらず無表情だった。