4 火曜日・前
朝早くから、スバルに叩き起こされた。俺の家なのに、俺に自由はない。休暇中に午前六時に起きることになるとは。その時間に起きるのは習慣になっていたから、目は冴えていたから良いけど。スバルは何時に起きていたんだろう。
用意されていた朝食をゆっくり食べながら、正面に座って優雅に紅茶を飲むスバルを見た。久しぶりに彼の料理を食べたけど、やっぱり美味しい。
「集会が始まるまではどうするんだ?」
「家で待機。集会に行ってみるまでは、特にすることがないし」
それもそうか。まずは集会に参加しないと、革命同盟の動きがわからない。今から調べるよりも、参加した後の方が有益だろう。
箸を置き、両手を揃えた。
「ご馳走さまでした」
「お粗末さまでした」
手を合わせて感謝すると、スバルは口の端を上げた。挨拶は礼儀だ、と彼は言っていた。食事には感謝を。感謝には答えを。そういう教えを彼から受けていた。
「昼は魚が食べたい」
昼食は俺が作ることに決まっているようだ。朝食の後に昼食の話って。満腹で考えたくないけど、今のうちに何を作るか考えておくか。
食器を流し台に運び、洗っている間に献立を決めた。魚だったら、朝市に行って新鮮なものを買ってきた方が良いかもしれない。家で待機と言っていたけど、買い物くらいは行ってもいいだろう。スバルに声をかけて、一緒に市場に行くことになった。
昼食を終え、ゆっくりと集会に向かった。
入口では、数値測定器を持った人が立っていた。三十センチほどの棒は黒く光っている。こんな機械を持っているなんて、財源は豊富なのかもしれない。チップを確認するだけの機械はありふれているけど、数値を測る機械は高価なため、特定の場所にしかない。これも、あの盟主の力か。
それにしても、数値を知ってどうするのか。勧誘でもするつもりなのか。優秀な人材を発掘するとか。
選んでいるのかもしれない。勧誘するべき数値の高い者を。それとも、組織に必要ない人間を除けるためか。
スバルが先に検査を受けた。女性は棒を頭から足にかけて翳した。数値測定器は、チップで数値を確認するとともに、危険物を持ち込んでいないかも確認できる。
「かなり高いですね」
「どうも」
スバルは軽く手を振って答えた。
彼の数値は知らなかった。知ろうとも思わなかった。知る必要はない。数値なんて知らなくても、彼を知っていれば十分だ。そう言ったのは彼だ。
次は俺の番だ。何度受けても慣れない。視線を横に向けると、女性と目が合った。が、すぐに逸らされた。どこかで見たことがある気がした。でも、思い出せない。記憶に残る顔に、重なるものは何なのか。
「平均、ですね」
聞き慣れた単語だった。思わず深く息を吐いた。
平均。上でも下でもなく真ん中。本当の真ん中だった。そんな俺が王宮で働いているなんて、誰もわからないだろう。
スバルは、俺の様子を見て不敵に笑った。
「セイジらしいね」
女性の隣で数値を記入していた男が、馬鹿にしたように笑い出した。
「盟主と同じ名前なのか! いや、王子と同じか。笑えるな」
嘲笑った男に、溜め息を吐いた。名前は数値以上にどうでも良い。王子と同じ名前なんて何人もいる。名前なんて、ただの固有名詞だ。それに、俺が大切にしている名前は別にある。
呆れて視線を逸らすと、人混みの中から盟主が近付いてきているのが見えた。
「平均以下の人はここにはいないのかな?」
スバルは腕を組んで男を小馬鹿にした。男はスバルより数値が低いはずだ。自信があるみたいだし、スバルはそれほど数値が高いんだろう。本当にどれだけ高いんだか。
平均は真ん中の数値だから、参加者の中にはそれより下の人がいるだろう。集会は思想を発表するだけなのに、入口で数値を測定している。
それは、別の目的があるといっているようなものだ。数値が必要な何かが。
「それは」
「すまない。ここでは数値なんて関係ない。せっかく来てくれたのに悪かったね」
男を後ろに下がらせ、盟主は軽く謝罪した。盟主の後ろにいた付き人のような青年は、男を睨んでいた。
スバルは小さく「付き人かな」と呟いたが、それは俺以外には聞こえなかったようだ。あだ名は付き人に決定。
俺を悪く言われて怒る必要なんてない。俺のことは、彼が知っていれば良い。数値がどうして平均なのかも。
「気にしていない。事実だからな」
「アンタは……いや、関係ないか」
「何?」
付き人が言いかけたことが気になるのか、スバルは追及した。
確かに気になる。俺は、の後に何が続くのか。途中で言うのを止めるなら、最初から言わなければいい。
迷いながらも、付き人は先を続けた。
「王宮で働いてんのか?」
「は?」
思わず間抜けな声が出た。この場でその単語が出るとは思わなかった。数値の高いスバルならまだしも、俺が王宮勤めなんて。
無表情で良かった。動揺は気付かれていなかった。
「いや」
「お前こいつの数値見ただろ? 有り得ないって」
男は下品に笑った。そうだ、そう考えるのが普通だ。数値が低い者は王宮にいない。それが国民に知らされていることであり、事実だ。
スバルは静観していた。
「王宮で見たことがあったんだけど、働いているわけじゃないんだな」
付き人は、一人で納得していた。
王宮で見られていたのか。俺は普段制服を着ていないから、王宮にいても一般人に見える。守衛のように見える場所に武器を携帯していないし。見学者だと勘違いしてくれたようだ。
この付き人、顔を覚えるのが得意なのかもしれない。気を付けないと。
「重ね重ね悪かったね。じゃあ、後で」
盟主は、男を引き連れて去って行った。付き人と女性も後に付いていった。
疲れた。まさか、こんなところで気を遣うとは。溜め息を吐くと、スバルが軽く肩を叩いた。
「情報は、カオルが集める。僕たちは、この集会だけ参加することにしよう」
「悪い」
「謝る必要はないよ。お前が悪いんじゃない」
スバルはフッと笑った。
俺が悪いんじゃなくても、力になれないことが辛かった。何のためにここにいるんだ。確かに、情報収集は専門のカオルに頼むのが確実だ。
でも、俺だって。
「お前は僕と行動するんだ」
「ああ」
真っ直ぐな視線に、即答した。
そうだ。俺がここにいる意味なんて、一つしかない。
何のために、じゃない。何故ここにいるのか、だ。
王宮で働くと決めた時に腕に刻まれた忠誠の印に手を当てた。
「さて、お手並み拝見と行こうか」
スバルは、口の端を上げて会場の中に入っていった。