28話 初め見るペット、初めての外泊
後書きに、挿絵があるのでお見逃しなく
2025/8/27 加筆修正
ザザ…バサバサ…ズリ…ズリ…
何かが体を引きずりながら、洞の奥から出て来た。
「おや、グラ。起きたんだねぇ。雨が降ってて暗いけど、もうお昼だよ?」
のっそのっそという擬音が似合いそうな動きで、グラという生き物が近づいてきた。
「この子は猫草という動く植物だよ。私らみたいな高度な知能はないけど、人懐っこいからよくペットとして飼われていたりするみたいだねぇ」
大きさは中型犬くらいだろうか。二足歩行をしているがあまりスムーズではなく、転ばないかハラハラしてしまう。足はさっきまで植木鉢に植わっていたせいか、土まみれのいびつな大根がそのまま歩いているようにも見える。
「いガいト、ドうルいはおおいンデすネ」
「この子は、同類って感じではないねぇ。動く植物と言っても、犬や猫みたいなもんだねぇ」
「なるホド…」
ここに来る商人が連れて来た時に、寂しさを紛らわすために買ったらしい。種族名のグラ・スラから取ってグラという名前を付けたのは安直な気がするが、猫ちゃん、ワンちゃんといった感じだろうか。猫草は植木鉢から出て真っすぐワンダの方へ近づいてくると、コップの匂いをフンスフンスと嗅ぎ始めた。
「液肥が好物なところは、私たちと同じだねぇ。あんまり沢山あげすぎるとあれだけど」
ワンダの腕をグイっと引っ張って口が届く位置まで下げると、そのまま液肥をピチャピチャと舐め始めた。
「食い意地が張ってて恥ずかしいねぇ。まったく、誰に似たんだか」
千歳さんのふくよかな体型からそっと目をそらして、猫草を観察する。
動きに愛嬌があり、ペットにされるのも分かる気がする。頭の上にラフレシアの様なベタっとした花が咲いていて、花弁は細かく垂れ下がり、髪の毛のようにも見える。
しばらく舐め続けてお腹一杯になったのか、頭の花をワンダの手に押し付ける様な行動をし始めた。
「おや、もうそんな時期か。ワンダさんや、猫草は頭を撫でられるのが好きなんだ。撫でてあげてくれるかい?」
(この頭を、撫でる…?)
猫草の頭は完全に花に覆われている。これを撫でてしまったら、花が壊れてしまうのではないか?そんな疑問を他所に、猫草はグイグイと頭を押し付けてくる。『ええい、ままよ!』と、そっと撫で始めると、頭を激しく振りながらグワシグワシッと撫でられに来た。花は思ったより頑丈で形を保っているが、おしべと思われる部分はワンダの手にかき混ぜられてぐちゃぐちゃになってしまっている。
(これ、大丈夫なのか…!?)
綺麗な花が台無しになっていく様子に慄くワンダを他所に、満足そうに動きを止める猫草。手のひらを見ると、花粉にまみれて黄色く染まっている。突然の出来事に唖然としていると、また腕を引っ張られたのでナデナデの催促かと思いきや…。
パクッ!モッチャモッチャ、モギュモギュ、ネチャ…
「うワッ!タベ…タ?」
口いっぱいに花粉まみれの手を頬張り、一生懸命舐りまわしている。
「アノ…、こレハイッたい…?」
「猫草の頭の花にはおしべ、口の中にはめしべがあってねぇ。体に十分な栄養を蓄えると、こうして受粉して実を付けるのさ」
クスクスと、こちらの反応を見て楽しんでいる様子の千歳さん。
(十分な栄養…液肥か!千歳さん、分かってて撫でさせたな…)
猫草はワンダの手を舐め終わると、植木鉢へのそのそと戻っていってしまった。
(手を舐めるペットに需要があるのか?うわぁ…ベトベト…)
粘液まみれになってしまった手を見て、げんなりするワンダ。
「誰にでも撫でられに行く訳じゃないからねぇ。気に入られたようで良かったじゃないか。植物同士、気が合うのかもねぇ」
手を拭く布巾を持ってきてくれた千歳さんが、そんなことを言ってくる。小動物に懐かれたことが無いから嬉しい気もするけど、毎回ベトベトにされるのは勘弁して欲しいところだ。いたずらのお詫びにと、新しく液肥を注いでくれる千歳さん。
猫草やこの商店について聞いているうちに、いつの間にか辺りは暗くなってきている。商店の周りには、光苔などの淡い光を発する植物があちこちに植えてあるようで、夜中でも真っ暗にはならないようだ。青や緑、黄色と色とりどりの淡い光が雨に反射してとても幻想的な風景が広がっている。
(雨には降られちゃったけど、一人でも行き来出来そうだな)
今日一日を振り返り、また一つ出来る事が増えた達成感を噛みしめる。大樹の洞という隔離された空間で、しとしと降る雨音をBGMに、ゆったりとした時間が過ぎていった。




