29話 人形の楽商隊
少し長めです
2025/8/27 加筆修正
翌朝、千歳さんの予想通り雨はあがっていた。雨でしっとり濡れている草木に朝日が当たり、爽やかな香りとともに湿気が晴れていく。
ギッシ、トン、ギィ、トン、ギッシ、トン、ギィ、トン
軽い散歩のついでに、昨日購入したお洒落な杖の使い心地を確かめている。少し長いが、手を通す輪っかのお陰でしっかり体重を預ける事ができるので、歩行が凄く安定している。
(これなら、木の根で凸凹な道でも楽に歩けそうだ。高かったけど、良い買い物したな)
借金を背負ったことは一旦置いておいて、QOLの向上によって前向きになるワンダ。
ギッシ、トン、ギィ、トン、ギッシ、トン、ギィ、トン
散歩から帰ってくると、ちょうど洞の中に朝日が差し込み、奥にいる猫草の所まで明るく照らされている。せっかく仲良くなれたらしいので、朝の挨拶をしにいく。
「グラ~、イイてンキダヨ~!…エ?し、しンデる!」
目に飛び込んできたのは、しおれて茶色く変わり果てた姿で植木鉢に鎮座する猫草の姿だった。変色してピクリともしない猫草は、とてもではないが生きているようには見えない。
「カれチャッた?あンなニゲンきダッタのニ!なんデ…?」
ギィィィィ…、ギギギィィ…
動揺するワンダが騒ぐのを聞きつけて、千歳さんが顔を出す。
「何を騒いでるのかと思ったら、猫草のことかい。昨日、受粉したから実になったんだねぇ。しばらくしたら成熟して種になるから、土に植えてあげればまた生えてくるよ~」
千歳さんはいたずらっぽくニヤッと笑った。本当に人をからかうのが好きな人だ。
(説明してくれれば良かったのに、またか!心臓に悪いドッキリは止めて欲しい…)
いきなりショックな光景を見たことと、からかわれたモヤモヤで、せっかくの爽やかな朝の空気を台無しになってしまった。
(良い人ではあるけど、癖が強い人だな。千歳さんなりのコミュニケーションなのかな?)
ドリアードジョークと言ったところか。数千年単位の年上相手では、今後も手玉に取られることは必至だろう。あまり深く考えても、相手の思うつぼになりそうだ。
(ふぅ。猫草の事は一旦忘れよう。そうだ、雨の日の作業どうするかな…)
雨に濡れたお店の周りを見ながら考える。屋外作業は、根が生えてきてしまうので難しいだろう。朝の散歩の時も、水たまりを避けてなるべく落ち葉などの上を歩いていた。それでも、同じ場所で動かずにじっと立っていれば、いずれは根がはって動けなくなってしまうだろう。
昨晩、雨天時の作業について千歳さんに相談したところ、雨の日はボーっと過ごすか、商品の手入れだそうだ。雨が続くとカビが生えてしまうので、棚卸のように定期的にチェックしているらしい。
(となると、掃除かな?人間時代、ほぼやったことないから何をすればいいんだか…)
エルフの里だと、自分の家は自分で掃除を行っていそうだ。森小人族の家なら、手が届かない所なら手伝う余地はあるかもしれない。
(俱知安さんに会ったら、隠れ里で出来る事が無いか聞いてみようかな)
◆ ⁂ ◆
日が登って足元がしっかり見えるようになったので、枝葉の収穫に遅れないように出発の準備をする。
(薪拾いも、日が昇ってから1時間くらいやっていたと思うから、到着したらそのまま収穫場へ行けば大丈夫かな?)
背負子に母恋ちゃんへのお土産、昆布さんへのお礼、液肥、防虫剤と買った物に加え、昆布さんにもらった棒を落ちないように差し込む。
食品に液肥の匂いが移らないように丁寧に梱包していると、千歳さんが見送りに来てくれた。
ギィィィィ…、ギギギィィ…
「おや、出発かい?頭に生えてるから分かると思うけど、苔は滑るから足元に気を付けてねぇ」
(生えてなくても分かるけど…)
「きヲツけマす」
「そうだ、これ美唄ちゃん宛ての手紙なんだけど、お願いしても良いかな?次に納品して欲しい物リストって言えば分かるから」
手紙と言って渡されたのは、木の幹を薄くスライスしたような、円状のペラペラした物だった。昨日言っていた、商人が持ち込んで来る品物の一つの紙だろう。見た目は木なのにサラサラしていて、地球の紙と変わらない感じで不思議だ。
「折ると割れちゃうかもしれないから、丸めるといいよ。お茶の所に挟んでおくねぇ」
「ありガとうゴザいマす」
外套を羽織り、背負子を背負うと、新しい相棒のおしゃれ杖に手を通す。
(買ったばかりだけど、使い勝手も良いし見た目も良いなぁ。結構気に入ったし、名前でも付けようかな?)
「デは、おセワになリマしタ」
「また、いつでもどうぞ~。気を付けて帰りなねぇ~」
ギッシ、トン、ギィ、トン、ギッシ、トントン
すっかりスムーズになった事で、歩く時の音もリズミカルになった。まるで小さな楽隊のようにも聞こえてくる。
(商品を運んでもいるから、商隊と楽隊で楽商隊かな?)
朝日に照らされてキラキラしている雫で彩られた帰り道を、ご機嫌に進んでいくワンダ。
ギッシ、トン、ギィ、トン、ギッシ、トントン
◆ ⁂ ◆
里まであと半分といった所で、里の方から誰かが駆けてくるのが見えた。
「ワンダ様ー!」
(あれは、昆布さんかな?)
美唄さんほどではないが、昆布さんの足も侮れない。雨上がりのぬかるみをものともせず、滑るように近づいてくる。
(この世界の住人は、みんな身体能力が高いのかな?母恋ちゃんの弓も凄かったしなぁ…)
そんなことをのほほんと考えている間に、ワンダなら10分はかかりそうな距離を、1分足らずで駆け抜けて目の前に立っていた。
「おはヨうゴザいマす」
「おはようございます、じゃなくて!帰ってこないから心配しましたよ…」
軽く息を切らせながら、呆れたように言う昆布さん。
「あァ、ゴメんナさい。チトせさンのトコろにツいテ、すグにフッてきタのデ、トマらセてモらいマしタ」
「そうだろうとは言われましたけど。雨に濡れて、根が生えて、動けなくなってるかもしれないと思ったので、一応探しに来たんですよ」
(行先は伝えてたし、スマホみたいな連絡手段も無いから、そのまま泊まっちゃったけど。心配かけちゃったな)
「ゴしンパいおカけしテしマい、スみマセん」
「いえ、無事でなによりです。さぁ、収穫の時間に遅れないように、急ぎますよ!」
(朝から元気だなぁ)
ここまで走って来たのに疲れていないのか、ワンダの背負子を代わりに背負うと、少し早歩きで歩き始める。ワンダも遅れまいと、相棒を頼りに全速力で歩く。
ギッシトン、ギィトン、ギッシトン、ギィトン
急ぐと言いつつも、チラチラとこちらを確認しながらペース配分をしてくれている昆布さん。お陰で、大きく離されることなく歩き続けられている。
「杖を買ったんですね。お洒落だし、良さそうですね」
歩きながら、昆布さんが話しかけてきた。
「たカカッたけド、はヤくあルけルヨうにナりたカッたのデ、フんパつシまシた」
「なるほど。確かに、このペースに付いてこられるなら、良い買い物でしたね。私が拾った棒は、薪に使ってしまいましょうか」
「すミマせん、おネガいしマす」
「他には何を?」
母恋ちゃんへ干し柿と、昆布さんへ緑茶を買ったと言うと、少し驚く昆布さん。
「私にまで買ってくれたんですか?ありがとうございます」
「マルベリーのケンの、おレいデス」
「そうですか、役に立ったようで良かったです」
液肥を買ったと言うと、背中にしょっている荷物を見ながら嫌そうな顔をする。
「あれ、臭いからあんまり好きじゃないんですよね…。え?飲んだ!?あぁ、植物だから…?なるほど。収穫に効果があるか、後で確認してみましょうか」
(やっぱり、匂いで敬遠されるんだなぁ。飲むタイミングは気を付けよう)
猫草の件で、千歳さんにからかわれた、と言うと。
「あぁ、それ私もやられました。新人に対する恒例行事みたいになってますね。私の時は、実になって数日後でした。既に種がほじくられてバラバラになっている状態を見せられて、泣き叫びましたよ…。でも、あの子の小さい時はほんとに可愛いんですよ!生まれたら見に行きたいので、教えてください!」
などと、買い物の話題で楽しく盛り上がりながら歩いていたら、あっという間に里へ着いてしまった。昆布さんが歩きやすい場所を選んでくれたことと、ペースメーカーとなってくれたことで、一人で歩く時よりも10分近く早く到着した気がする。
『背負子と荷物は自分が片付けてくるから先に向かってください』と言う昆布さんに、お茶の箱に挟んである美唄さん宛ての手紙も一緒にお願いする。
森から歩いて来たペースそのままに収穫場へ向かうワンダを目にした人たちは、歩く速度が上がっている事に驚いている様子だ。
(他の人から見ても早くなっているなら、かなり効果がありそうだな!もっと練習して、そのうち杖も卒業したいな。それまではよろしくね”栗毛”)
馬の毛色に似ているので名付けた相棒の栗毛をお供に、借金を返すために労働に励む日々が始まった。
読んでいただき、ありがとうございました!
貴方に、満月の祝福がありますように…




