17話 壊れた脳は、酒で治せ
皆で壊れれば怖くない
2025/8/26 加筆修正
「ワンダ様、楽しんでおられますか?」
「っ!」
ヒートアップしている母恋ちゃんの背後から、声がかかった。お待ちかねのくー君が突然現れたものだから、母恋ちゃんは肩を跳ねさせると、ワンダの後ろへ隠れてしまう。
「おかゲさまデ。タいグうモかいゼんさレて、よクしテいたダいていマす。ありガとうゴザいマす」
「それは良かった。ワンダ様は召し上がらないと思いますが、間もなく料理がすべて運び込まれて宴が始まります。香りだけでも楽しんでください」
「ありガとうゴザいマす」
さすがの俱知安さんも、昨日からワンダの世話や連絡、宴の準備に追われていて、顔に疲れが見える。労わりの声をかけようとしたタイミングで、背後から『早く紹介しろ』という圧力と共に小突かれた。
「あ、くッチヤんさん。こちラ、ボこいチャんデす。まダいんショうが良くナいにモかかワらズ、ボくのオせわガカりにリッこうほホしテくれタんデすよ」
「おぉ、それはそれは。依然として、ワンダ様へ偏見を持つ者は多い。是非、エルフとワンダ様の橋渡しとして協力して欲しい」
「っ!分かりました!」
「そういえば…母恋さんといえば、ワンダ様の救助に同行していましたね。弓の腕が素晴らしかったと聞いてます。これからも頑張ってください」
「っっ!頑張ります!」
紹介するまでも無く、既に母恋ちゃんのことを認知していたなんて、さすが俱知安さんだ。
(それでも、とりあえずアピールはできたし、少しは役に立ったかな?)
当の母恋ちゃんは、あこがれのくー君を目の前にしてすっかり舞い上がってしまっている。
と、そこへ――。
「あー、くー君いた!」
せっかくの良い雰囲気を蹴破るように、空気を読まない乱入者が現れた。
「も~!ちょっとおつかいしてる間にどっか行っちゃうんだから!」
幼くも天真爛漫な様子が伝わってくる声と共に、少女がパタパタと駆け寄ってくる。
「七飯さん、今は仕事中なので『くー君』はやめてください」
突然の登場に、俱知安さんは少し困惑しているようだ。
「変な呼び方しないで!いつもみたいに『えーちゃん』って呼んでよ!」
随分と俱知安さんに懐いているようだ。大好きなお兄ちゃんに甘える妹、といった印象だ。
「ワンダ様、失礼しました。こちらは七飯さんです。私がエルフの里で、正体を明かせず子供として活動していた時の、友人です」
「七飯です!ワンダ様、よろしくお願いします!」
「ヨろしクおネガいしマす」
母恋ちゃんよりも幼い印象を受けるが、全身から良い子雰囲気が溢れ出ていて眩しいくらいだ。おまけに、俱知安さんのことが大好きなのも、一目で分かる。
(これは…母恋ちゃん、どうす…っ!!)
母恋ちゃんの様子を伺おうとした瞬間、肉体が無いにもかかわらず寒気を感じた気がした。
恐る恐る顔色を窺うと、先ほどのデレデレした雰囲気から一変。感情が抜け落ち、目だけが異様にギラギラしている。グツグツと煮えたぎるような、抑えきれない怒気を発する少女がそこにいた。
(は?なにこいつ。えーちゃん、ってなにその呼び方ムカつく。堂々と彼女面して、何様だよ。くー君ってなに?べたべたすんな。え?え?え?仲良さそうにしちゃってまじムリなんだけど。てか、あざとくしたってバレバレだから。あれ、七飯ってあたしとそんな年変わらないよね?その年でソレは痛すぎ。子ども扱いされてるのが分かんないの?場違いだから引っ込めっての。あー、イライラする。いっそのこと〇〇〇か…)
何やらブツブツ怖いことを言っているが、よく聞き取れない。俱知安さんは、友人と紹介していたが、耳には入っていない様子だ。対する七飯ちゃんは余裕の表情で、仲の良さをアピールするように、笑顔で俱知安さんに話しかける。
「ねぇ!まだ料理運び終わってないんだから、早く行こうよ!」
「七飯さん、先に行っていてください。私はまだ、やることがあるので」
「どうせ後で来るんだから、一緒に行こうよ!」
七飯ちゃんは、倶知安さんの腕をぐいぐいと引きながら、無理に連れ出そうとしていた。
その様子を見た瞬間、母恋ちゃんの怒りが爆発した。『ドンッ!』と錯覚するような音を踏み鳴らし、一瞬で間合いを詰める。そして、七飯ちゃんの肩に手を伸ばすと――力任せに倶知安さんから引き剥がした。
「ちょっと!俱知安さんが困ってるのが分かんないの?子どもは早くお手伝いに戻りなさいよ!」
「はぁ?関係ない人は引っ込んでてくれます?オ・バ・サ・ン」
「あぁん!?あんた一歳しか違わないでしょうが!そっちこそ、その年でソレは痛いから止めときなって」
「うるさい!あんたに関係ないでしょ!」
「関係あります~!あたしは現在進行形でお仕事中です~!ほら!仕事の邪魔だから、語彙力少ないお子様は、ママのおつかいに戻んな!」
「あたしだって仕事だし!あんたなんて、コップに水入れるだけじゃん!そんな簡単な事しかしてないのに、偉そうにすんな!」
「仕事には変わりないでしょ?『お世話係』っていう肩書があるのよ。あんたみたいなお子様とは違うの」
「~~っっ!!うるさい!可愛くない名前のくせに、調子乗んな!」
「はぁ~!?このヤロっ!」
遂に、掴み合いのキャットファイトが始まってしまった。お互いに感情が高ぶっており、騒ぎはヒートアップしていく。
(母恋ちゃん、1歳だけとはいえ年上なのに大人げない…と言うのは可哀そうかな?)
恋愛経験(不足しています!)のワンダは、この場を収めるスキルを何も持ち合わせていなかった。
「あ、あの、二人とも、落ち着いて!」
しごできの俱知安さんも、普段のクールビューティは鳴りを潜めて、どうしたらいいのか分からずオロオロしている。意外と、こういうシーンに免疫が無いのかもしれない。急に親近感がわいてきた。
そうこうしているうちに騒ぎは広場中へ広がってしまい、人が集まって来てしまった。その中に、酒を片手に半分できあがっている男性エルフたちが混ざっている。
(君たち…他人事だけど、後で怒られる奴だぞ?)
赤ら顔のおバカエルフたちは、どうやら俱知安さんなどの、性別不詳森小人族に脳を破壊された者たちのようだ。
(仕事をさぼってやけ酒か…)
俱知安さんを巡る恋の戦闘と分かると、感情移入したのか更に過激な野次を飛ばし始める。
「いいぞ~!もっとやれ~!共倒れしたら、俺がくーちゃんを貰っちゃうぞ~!」「顔はやめとけよ!お互い傷が残ったら大変だから!みぞおちを狙え!」「はっはぁ~!くーちゃんと結ばれないなら、どうにでもなれくそったれ~!」「いけいけー!絶対退くなよ!後悔するぞ!徹底的にぶちのめせ!」
(…ダメな大人がいっぱいいる。教育に悪いな。良い子の皆は反面教師にしてください)
――そこへ、ようやくこの場を収められそうな人がやってきた。
「おい!何やってる!何の騒ぎだ!」
配膳係が戻って来ないと通報が来たのか、美唄さんが飛んできた。
やけ酒をしていた連中は、美唄さんに見つかると怒られるのが分かっているのか、そそくさと退散していった。
(美唄さんがしっかり見てたから、時間の問題だろうけどね)
「配膳係!料理が溜まっているぞ!早く持ち場へ戻れ!」
料理を持ってきて、そのまま野次馬していた者達も解散させられ、当事者がその場に残された。
「おい、俱知安。お前がいて、何故こんな騒ぎが起きている。説明しろ」
「申し訳ありません、私の力不足で…」
騒ぎの顛末が俱知安さんから語られ、キャットファイトでボロボロになった両者は、親御さんに引き取りに来てもらった。
今回、こんな騒ぎになってしまったが、二人は元々仲良しだったらしい。二人の両親がお互いに申し訳なさそうに謝りながらも、娘の成長を喜ぶように話しているのが印象的だった。当の二人は、恥ずかしいのか早く帰りたがっていたが、親同士は話が弾んでしばらく話し込んでいた。
(上手いこと、仲直りできるといいんだけど…)
「やれやれ、少し進行が遅れてしまったな。幸い、料理は作り終わっているから運び込めば済むが。倶知安、次期族長として自覚を持ってくれよ?」
「申し訳ありません、精進いたします」
「ボクもこンかいのさわギのイちイんデす。ヨかれトおモってボこいチャんをショうカいしタことデ、こんナこトになるトは…。すミませンデした」
「いえ、そこまで予想するのは難しいでしょう。ましてや、昨日来たばかりのワンダ様には落ち度はありません。こちらの責任です」
自分にも責任があると主張してみたが、逆に俱知安さんに庇われてしまった。
「びばいさん、クッちャんさんはよくはタらいテくレていマす。そノくらいデ」
せめて、時間を置いて落ち着いてもらえれば――そんな願いを込めて、提案してみる。
「ふむ。まぁ、あまり時間もかけていられない。この件についてはまた後で。ワンダ様、せっかくの宴の前に、お恥ずかしい所を見せしてしまいました。申し訳ありません」
「気ニしていマセんカら、ダいジョうブデすよ」
「ありがとうございます。では、私はこの辺で。失礼します」
美唄さんは指揮を執る為に戻っていった。
「フぅ…。おおゴとにナッちゃいマしタね」
「私が早めに対処していれば…ご迷惑をおかけしました」
俱知安さんは、仕事の疲れと騒動のショックでかなり落ち込んでいる。
「二人トモ、クッチャんさんガ好キなあマりボうソうしテしマッたようデす。しカるバかりデなく、かのジョたちノきモちニムきアッてあゲてほシいデす」
「…そうですね。ご忠告、感謝いたします」
少し照れた様子と、しっかりしているようで完璧ではない一面も見られて、俱知安さんの好感度が更に上がった。
「ところデ、くっちゃんさンは、おいクつなんデすカ?」
「今年で、3125歳になりました」
「?!」
(3000歳と90歳の恋愛…?)
あまりの年齢差や、容姿だけなら逆に見えかねない事実に、ワンダの思考がフリーズする。
「それでは、私も仕事に戻ります。ごゆっくりどうぞ」
固まったままのワンダを残し、誰もいなくなってしまった。
ショックから立ち直った時には、料理の配膳は終わり、いよいよ宴が始まろうとしていた。族長たちが簡単な挨拶のあと、乾杯の音頭を取る。
「「「「「ランダーイ!」」」」」
久しぶりの娯楽を貪るように、誰もかれもが浮かれて騒いでいる。
脳を破壊された男エルフたちは、既に美唄さんから雷を落とされた痕跡が顔にあるが、気にしていないのか開き直っているのか、先ほどよりも派手にバカ騒ぎをしている。そんな乱痴気騒ぎを肴に、母恋ちゃんが持ってきてくれたお茶をコクコクと味わっていく。
(色々あったけど、案外悪くない…かも?)
住めば都というが、第一印象が最悪だったエルフの里にも、意外と馴染めそうだな――そう思えたひと時だった。
読んでいただき、ありがとうございました!
貴方に、満月の祝福がありますように…




