4.野望の行方
【登場人物】
留夏 主人公
亜里沙 ぽわんとしている。陽キャだが優しい。
由衣 見た目ギャルのしっかり者
斉藤翔 神社で会った大学生。同じ高校のOBらしい。
南俊二 由衣と同じ体育祭委員。隣のクラス。
家に帰って仕上げた神社の絵は、翔の手が描いたものではなく、ちゃんと私の作品になっていた。なのに……。
「だあぁーっ、納得いかない」
手を動かすたびに線はぶれ、世界の色はボヤけて濁っていく。
蝉しぐれの大合唱、瓦屋根に降り注ぐ太陽の光、そびえたつ社の存在感……私が描いたの絵からは何ひとつ伝わってこない。
斉藤翔……あいつみたいに迷いなく色を置いていけば、もっとカンッと引き締まった画になるのに。
「絵を見てくれって、無理無理無理。塗れば塗るほど傷口が広がる。描きたい絵からどんどん遠ざかる」
絵を投げだして、畳の上にひっくり返る。
せめてもう一度神社に行けていたら。
せめてもう一度アドバイスが貰えていたら。
「ま、逆に納得したじゃん。これで諦められるでしょ」
ぽつりと呟くと、スマホに亜里沙からメッセージが届いた。
『由衣の浴衣選び、つきあって!』
「行く!」
即レスして、飛び起きる。ようやく雨が止み、外はまた蝉しぐれに包まれている。
夏休みは長いようで短い。亜里沙や由衣とも十日ぐらい会ってない。
待ち合わせのショッピングモールは、涼を求めた家族連れで賑わっている。みんな家にいたくないのだ。
「このヒマワリの柄、かわいい」
「いいねぇ。こっちの朝顔は涼しげ」
「簪とかも欲しくなるよね」
「予算オーバーだよ」
試着をして由衣が選んだのは、紺地にピンクの撫子柄だった。
「ありがとね、留夏も亜里沙も買い物につき合ってくれて」
「いいの、いいの。眼福、眼福」
南俊二よりも先に由衣の浴衣姿を見られた。それだけで夏休みがぐっと青春ぽくなる。亜里沙がエスカレーターを指さした。
「フードコート寄ろうよ。期間限定のアイス食べたい」
いいね……と答えようとした矢先、元気な女性の声がフロアに響く。
「翔ーっ!」
反射的にそっちを向く。さらりとしたロングヘアでメイクもちゃんとしてて、肩紐にフリルがついたサマードレスに、ストラップつきの華奢なサンダル。
綺麗な子だった。
彼女が手を振る視線の先に、カートを押す翔がいた。
カートに肉やら野菜やら、たっぷり積みこんで、一緒に入っているのは多分ビールやチューハイ。
走り寄る彼女を振り向いた翔は、そのまま私と目が合う。
「あ、留夏」
ピタッと止まった彼女が後ろを振り向き、私を見て目を丸くした。
事情がよく飲み込めない私のところまで、翔はずんずん歩いてやってくる。
「あのさ、画材。俺の部屋にまだ残ってて。美大目指すなら要るだろ?」
「あ、うん」
「じゃあ、明後日。神社で」
焦ってうなずくと、翔はまたカートへと戻っていき、女性と話しながらレジへ向かう。どうやら大学生のグループらしく、他にも何人か一緒だった。
私の背後で亜里沙と由衣が会話する。
「ほほーん、留夏も報告があるようですなぁ」
「で、出会いは?」
「えっ、近所に住む大学生で、たまたま夏休みで帰省してる人」
「ふうん。留夏、美大目指すの?」
「いや、チラッとそんな話をしただけで……」
アイスを食べながら、二人に説明する。
絵のアドバイスをもらっただけで、特に接点はないし何も起きていない。
亜里沙は納得しなかった。
「いや、好きじゃん。初対面でキモかったら速攻逃げるよ。それが話が弾んでアイスティーまで一緒に飲んだんでしょ」
「留夏、また会いたいって言ったんだ」
「そうだけど、そういう意味じゃなくて。描いた絵しか知らないんだよ。近所だけど学年だって離れてるから、中学でも接点なかったし。それにもう『翔』と呼びかける彼女さんいるし」
「彼女かどうかは聞いてみないとわかんないよ」
「そうそう、画材貰うんだしさ。明後日って夏祭りが終わった後だね。向こうも夏休みが終わったら大学に戻るんでしょ?」
「うん……」
こんなのが恋の始まりとは思えない。だけどもっと知りたい。それに知らない女の子と話す彼を見たときの、胸がきしむような感覚が心地悪い。
「進路相談、するだけだよ」
否定すれば、由衣はあっさりうなずいた。
「まぁ、そうだよね。大学生になったら、あんなのいっぱいいるでしょ」
「留夏は年上好みだったか」
「そんなんじゃないってばー」
結局、もう一度会ったら報告することを約束させられた。
由衣は夏祭り、浴衣を着て南俊二とでかけ、なんだかちゃんと青春の一ページを刻めたみたいだ。
その翌日、私は描き上げた絵を持って神社へと向かう。
斉藤翔はIKEAのでっかい青い袋にドサっと荷物を詰め、境内への階段の上り口で待っていた。
「時間、決めてなかったのに」
「夏休みなんて生活パターン、変わんないだろ。初めて会った時より、少し早めにくればいいと思ってさ」
なんだろう、絵を見られる方が裸を見られるよりも恥ずかしい。私の方はまったく気にせず美術室の壁にかかる絵を眺め、裏にあった名前まで確認したというのに。
「期待外れでしょ」
絵から顔を上げずに翔が聞く。
「納得してないの?」
「うん。ぜんぜんダメ。思ったように描けないの」
「……葛飾北斎ってさ、すげー絵師じゃん。そんな奴でも死ぬ間際に『あと十年生きられたら、もっと絵が上手くなったのに』て嘆いたんだってさ。だから納得できなくてもいいよ。やりたいなら続けろよ」
もう絵を描くのをやめた人が、何万もする画材をポイッとくれるような人が、なに言ってんだか。
私は「諦めろ」って引導をしてほしかったのに。
「翔先輩はなぜやめたの?」
「俺、跡継ぎ。ここはじいちゃんの散歩道。毎日、一緒に来てた。俺にとってこの神社は完璧だけど変わらない、閉じた世界で。だから飛びだすためにあの絵を描いた」
翔にとっては決別するための絵で、だから迷いなく描けたのだという。もう一度スケッチブックに目を落とし、彼は続けた。
「留夏が納得してないのはわかる。がむしゃらに描いて、手を動かすそばから後悔してる。こうじゃないのに……って」
「そうだよ。醜いしみっともない」
「みっともなくなんかないさ。下手は下手だよ。でも留夏は自分が描きたい物を、まっすぐに目指してる。俺にはそういうの、なかったから」
「諦めなくても、いいのかな」
それは絵を?
……それとも翔を?
亜里沙たちがツッコミを入れた気がして覚悟を決める。
「こないだ一緒にいた人、彼女さん?」
とたんに翔はへちょっと眉を下げ、情けない顔をした。
「あー、えー、そうなるかもしれなかったし、そうなってほしかったけど、そうはならなかったというか……」
「なにそれ」
翔はわりと正直に白状した。
「同じグループでイイ感じだったし、イケるかな……ぐらいには思ってた」
「つき合う一歩手前?」
「つき合うんだろう、と思ってた。グループの中で見ても、組み合わせ的に自然だったし」
「綺麗な人だったよ」
私は彼の言葉を待つ。
「うん。可愛いし、性格だって悪くない。誰にだって好かれる唐揚げみたいな子」
「唐揚げ、好きなんだ」
「うん、好き。でも彼女とつき合ったら、いらないポテトサラダまでついてきそうで。それはそれで楽しくないなって」
恋愛の話を食べ物にたとえるなんて変な奴。ポテトサラダは苦手なのかな。
「そうしたら、絵のことしか考えてない女が差しだしてきたアイスティー、何にも考えずにゴクゴク飲んだこと思いだした」
「飲んでたね。なんで?」
「差しだしといて、それ言う?」
翔は苦笑する。わけわかんない。散歩道で絵を描いて、アイスティーをくれた女より、私だったら断然、ロングヘアの彼女さんを選ぶ。
「俺にもわかんないよ。別に留夏に一目惚れって訳じゃないし。けど、俺が選んだ色が紙の上に置かれて、絵の中に入っていく感覚、楽しかったんだ。こんな気持ちでつき合ったら、彼女に失礼だろ?」
「そこは……理解できるかも」
自分の興味がそこにない。相手の存在なんてすっかり忘れてしまう。
そんな状態で時々思いだしたように意識を向けても、誠実だとは思えない。
「けっこう真面目に考えたんだ。ちょっと見直したかも」
「これやる。絵を描くのは好きだし、道具は捨てられなかった。あと、よくわかんないけど、留夏と話すほうが面白いし」
「受かるかわかんないよ?」
翔はそんな私に、ニヤッと笑った。
「でも、諦めてないだろ」
「そうだね、翔先輩と話せたし」
私はIKEAの袋の持ち手をギュッと握りしめる。
「俺、別に受験の神様じゃないからな。努力しろよ?」
「誓います」
私は右手の小指を差しだした。
「なんだ?」
「指切りげんまん。彼女でもないし、友達でもない。かといって、知り合いでもないし」
この関係はなんて表現したらいいんだろう。翔も笑って小指を絡めた。
「やっぱガキじゃん」
「大人になったら体で払います」
「美大、入れなかったら針千本飲めよ」
「うげっ」
夏の野望に取り組んだら、不思議な男と出会った。でもちょっと面白い人だった。
そんな人にはめったに出会えないから、ここに記しておく。
お読み頂き、ありがとうございました!
企画ルールの1万字、超えてしまいました。お許しください。




