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53.大切な石

 現場監督ねずみは、もうちょっと向こう、少し登って、あの岩、と口うるさく姉御を誘導し、滝から少し離れた場所にある大きな岩に連れてきました。

「えっと……ここだ、きっと。だいぶ岩が埋まってる感じだから、ちょっとここ掘ってみて~」

ちゃっかり購入済みだった、スコップの出番が来たようです。


「マジでクワガタ探すのかよ! いねーよ、こんなとこ」

「違うから! ガチだから! 頼むよ~ほんと、頼むよ~」

「お、おう」

必死な大福ねずみに押し切られて、姉御は訳も分からず、大岩の際の地面を掘り始めました。


 しばらく掘ると、あったあった、この穴だ、ストップ! と監督に制止され、黙って従い腰を伸ばしました。

「ほらほら、そこの岩のくぼみに、石がはまってるでしょ? それを外してから、中の粘土をそっとかきだしてよ。結構深いから、枝か何かでそっとね。奥に、オイラの前世が隠した宝物があるんだ」

興奮して話す様子に姉御が吹き出したので、大福ねずみはふくれっ面を作りました。


「何だよ~オイラ真剣なのに~!」

「いや、すまんすまん。ちゃんとした、深い事情があったのかよ。クワガタ探しさせられてるのかと思ってたぞ。しかも前世の宝物って、すごいじゃないか。何かすごそうなこと思い出してんじゃねーか」

「か、金目のものではありませんが……」

姉御が嬉しそうに笑うので、大福ねずみは頬を赤らめながら照れ隠しを言いました。


 そこから姉御は、手先の器用さを発揮して一生懸命作業を続け、間もなく中から塊を取り出すことに成功しました。土やぼろ布の塊に見えるそれは、芯の部分に確かに何かが存在している硬さが感じられます。


「あった! 本当にあったよ! すごいね! 人だったころに埋めたのに、ずっとここにあったんだ! ずっと、ここに……」

「そうか、そうか……そうだな、すごいな……」


 涙声で震える大福ねずみグローブを、姉御は優しくとんとんしました。かける言葉が見つかりません。大福ねずみの気持ちは、想像すら出来ませんでした。ただ、感動していることは間違いないようで、その感情の中に、少しの悲しみが混じっていることだけは伝わって来るような気がしました。


 しばらくすると、泣き疲れたように見えた大福ねずみが、明るい声を出しました。


「ねぇ、開けてよ、姉御~」


 姉御は、塊にこびりついた土を優しく払いました。ボロボロと、皮のようなものと、布のようなものが一緒に落ちて行きます。

 その中に、三~四センチ程度の硬い感触を感じました。硬い物を指で固定しつつ、朽ちた残骸を一気に払います。


 手のひらに残ったのは、透明がかった、明るい琥珀色の石でした。指でつまんで日にかざすと、キラリと、夏の夕暮れの赤く染まりきる直前、その数分間の黄色い太陽の光のような輝きを発します。


「うわ~、うわ~、やっぱり綺麗だ! ねぇ、綺麗でしょ? オイラは人間だった時、この石をずっと持っていたんだよ。誰にも見せたことのない、大切な宝物だったんだ。そっと一人で、何回も何回も見たよ。たくさん、優しく磨いたよ。ちょっとは、話しかけたりもしてたかな……死ぬ前に、ここに隠したんだ。この滝も大好きな場所だったから。この滝のそばで、この石を見るのが、一番好きだったから。だからここを選んだんだ。また見つかってよかった~。頭使って、どこがいいかちゃんと考えて隠しておいて良かったよ~」


大福ねずみは、鼻をすすりながら、饒舌に話し続けたのでした。


 姉御は優しく相槌を打ちながら、三十郎が、一人で楽し気に石を見つめる姿を想像せずにはいられませんでした。


その姿は、楽しくて幸せを感じている人間のものなのだろうか? 

そうは思えません。それは、寂しくて、悲しくて、必死で石を拠り所にしていた一人ぼっちの男の姿に思えました。男にとっては石の輝きこそが、欲しくても与えられなかった思いの象徴だったのだろうと。


 石の光は柔らかく、温かく、慈愛に満ちているように見えました。

 

 姉御の頬を、涙が伝います。

「……お前は、彼女が引っ切り無しで楽しい思いもしただろうに、そういうことは忘れてしまって、石のことだけ思い出したんだなぁ。この石が、よほど大切だったんだな」

優しい声で、囁くように話す姉御の言葉に、大福ねずみは頷きました。


「そうだよ~、秘密の宝物だもん。一番大切で、一番大好きだったんだ~。悲しい時も寂しい時も、この石を見ていると楽になったんだよ~」


石の色が好きだとか、光り具合が綺麗だとか、楽し気に話し続ける大福ねずみを見て、姉御は、それはすごく寂しいことだと感じました。


 しゃべり疲れて落ち着いてきた大福ねずみは、姉御の体が震えていることに気が付きました。見上げると、姉御の頬を伝ったしずくが、鼻先に落ちてきます。姉御は、大福ねずみが収まったグローブをそっと押さえながら、静かに泣いていました。


「三十郎だったお前とも、一緒にいてやりたかったなぁ」


 嗚咽を抑えながら絞り出すように放った姉御の言葉を聞いて、大福ねずみの心に、丸くて柔らかい何かが広がって行きました。心地良さと同時に、胸が苦しいような、目の奥がぎゅっと圧迫されるような感覚に襲われます。胸から喉、目に向かって、何かが登って来るのが解ります。


 あっ、また涙が出て来た。

 でも、さっきと違う。


 石が見つかった時よりも、ずっと嬉しい。本当の嬉しいって、こんな感じなんだ。


 心が、温かくて優しい気持ちでいっぱいになりました。


「姉御、姉御。この石……姉御にあげる!」

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